アンバーの『神』ー田中右宙為ー


※『ジャックジャンヌ』田中右宙為の名前の解釈まとめ
※主に希佐√・田中右√・根地√ネタバレ、ユニヴェールや『我死也』の解釈、立花希佐と田中右宙為の対比、田中右宙為の境遇ネタバレを含みます。
かなり「ジャックジャンヌ」登場人物達の名前をこねくり回している為、少しでも気にかかる時は途中離脱推奨です。

⚠︎2022/4/8 大幅更新済。ほぼ倍の字数になりました。☆☆で囲んだ段落は追記した部分になり、★以降は原文のままです。高科√ネタバレは注意喚起あり。アンバー関係の該当段落の内容は全√ネタバレに近い内容があります。

別媒体にて公開していたものを1箇所にまとめたく、こちらにほぼ原文ままコピーしています。


<前書き>

田中右宙為ー私がクォーツ生以外だと真っ先にフルネームを覚えられた名前でした。本人の雰囲気やBGMの重々しさも理由の一つですが、名前の音のイカつさよ。(こいつ……只者じゃない!!)感がバシバシ伝わってきます。
なんやその右って!田中じゃダメだったんか!?(多分ダメです)、チュウイって名前の音でそうそう聞かないよ、お洒落な名前どすなあ!とツッコミ切れない「田中右宙為」の圧倒的圧。
何でこんな特徴的な名前してるんだ、絶対理由あるだろ……ということで、自分なりにあれこれ考えを巡らせてみた結果です。




<田中右宙為の立ち位置/アンバーにとっての『我死也』>

田中右宙為、またの名を玉阪宙為。

彼の真の名前を知ると、彼がユニヴェール歌劇学校でこれほど注目を集め異彩を放っている理由が察せられますよね。

ユニヴェール歌劇学校77期生に間違いない、血縁も相まったまさしく『七光り』の人だと思います。


彼ってユニヴェール歌劇学校やアンバーにとってどんな存在なんだろう?と考えた時、表題としても掲げましたが私は田中右宙為は「アンバーの神様」のような存在だと思いました。

アンバー生達は田中右宙為が目指す舞台の為に身を捧げ、最終公演のキャスティングすらジャックエースの彼の意のままです。

そして具体的に言及される新人公演以降の舞台は、根地黒門のアンバーでの遺作とも呼べる『我死也』のみ。

根地は宙為を「がしゃどくろ」とし、重厚で複雑な復讐劇を書きました。この作品が私にはアンバーという宗教団体に遺された『教義(dogma)』に見えたのです。

確かにJJ作中で具体的に題名を冠する舞台を演じるのはクォーツ/アンバーに限り、しかも全て根地黒門が脚本を担当している作品です。

しかしアンバー担任は脚本・演出家として現在も活躍している箍子先生。メタ視点になりますが、アンバーは正直根地の脚本以外の舞台を演じようとすれば、演技講師が担任をしているクォーツ以上に何とかなりそうだったりします。それほどアンバーには『我死也』が大事な作品……まさに教義そのものなのでは?という発想です。


ちなみに後述する田中右の由来にも引っ張り出すのでここで紹介しておきますが、dogma(教義の意)はとても面白い単語でして。右にアルファベットのiを置き「dogma i」の形にした後、右から読むと「I am god」なんて形になります。この『i』、ただの当てずっぽうでは無く、なかなかユニヴェール歌劇学校では重要な意味を持ちそうなんですよね。


<ユニヴェールと『i』とは>

ユニヴェール歌劇学校、アルファベットに起こすとUniveilと記します。

同じユニヴェールという読みでフランス語にuniversという単語があり、「宇宙」「(心の)世界;領域,活動の場」などの意があるようです。特に宇宙については、いくつかのスチルやスイ先生のイラストが星座を連想させるように見受けられます。


加えてUniveilは「ベールをとる」「(仮面を脱いで)正体を現す」「(秘密などを)明かす」という意味を有する英単語unveilに『i』を加えた単語でもあります。つまりunveil=秘密を明かす、正体を明かすとi=希佐ちゃんが1人残ってしまうような単語なんですよね……

逆に言えば、秘密を知っている人達が隠し続けれればi、つまり希佐ちゃんはユニヴェールの中で守られます。またこのi=アイ=愛と連想し、恋心をunveilしないことも希佐ちゃんを守る手段のようにも見えますね。

またこのiを同音の英単語『eye』と捉えることも出来まして。公演が進んでいくにつれ目隠し組がやたらと増えていくのも、根地の演出としてあるいは彼が無意識に彼女の性別に気付いていたからこそ、希佐ちゃんを守る仕掛けなのかなーと連想したりしました。

更に深読みという名のこじつけですが、『我死也』の我=私と取れるんですよ。そして英語表現では私=iに帰着しかねないのです。我=瀧姫とすると作者であり初代瀧姫の根地さん、そして宙為がひたすらに自分のアルジャンヌとして求め続ける希佐ちゃんが思い起こされ…

この2人、√中にも生への執着が薄い描写が出てくる面子なんですよね。何とも不穏で田中右先輩個人は嫌いではありませんが、希佐ちゃんは渡しまへんえ!!!と私の中のモンペが発動してしまいます。

先述の『我死也』=iが死ぬ=「dogma (i)」からiを引く……と都合がいい捉え方も出来なくはなさそうだったり。希佐√では彼1人で『我死也』を表現しますしね。


☆<青くなれない高科更文  高科√ネタバレあり>☆

ちょっと話題の主軸があっちこっち行ってしまうですが、根地√で語られる『i』が関わりそうな内容なので高科更文さんの話もここでしておこうと思います。
根地√の最終公演を終え、3/6にフミさんの元へ行くと結構面白い話が聞けます。希佐のダンスとフミ自身のダンスを比較した上で、「俺は(希佐みたいに)青くなれない」という話を彼はしてくれるんですね。

彼が青くなれないのは、彼の√でも仄めかされるような描写がありまして。以下高科√のネタバレになるのでまだ通ってない方は閲覧注意です!!!












高科√のネタバレします!!よろしいですか?



『央國のシシア』作中にて、シシアの髪のリボンの色が唯一青から赤色(朱色っぽいかも)に変更されるのが高科√になります。ヒューヒュー俺色に染めてやるってか!?さっすがクォーツ一の色男だねえ。
この表現、根地√で上記の台詞を読んだ時に妙に納得がいったんですよね。確かにシシアのリボンの色は変わりますし、彼自身も青いというよりは余裕があるように見えるよう、心掛けているように見えます。敢えてこの言葉を使いますが希佐への口説き方といい、ちょっとキザっぽいところが彼の特性の一つだと思うので。

じゃあ逆にフミさんが青くなると何が起こるんだろう?と考えたところ、フミが青い→fumiがblue→fum(i)bl(u)eという単語が頭に浮かびました。
fumbleーファンブルと読みます。クトゥルフ神話TRPGというゲームの内容がジャックジャンヌ考察に顔を覗かせているらしいのですが(あまり詳しくないので今回は省略)、このゲームで主に使用されるワードです。
TRPG(テーブルトークRPG)では主にサイコロの目によってプレイヤーの行動の成功の可否を決定するのですが、ファンブルはそのサイコロの目が「致命的失敗(おみくじでいう大凶みたいなものだと捉えてください)」を指した状態を指します。

で、このfum(i)bl(u)eもフミが青いとアウトってことから来てるので、隠された『i』と『u』があります。
このi、個人的には立花兄妹、特に隠されていることから立花継希へのフミさんの愛情、愛着、執着のようなものに思えます。希佐ちゃんに対しては恋心を自覚してから、「自分は希佐のことが好きだ」と度々口にしていますもんね。
一方で継希に対しては、想いを捨てきれず未だに定期的にメールを送っているようです。個人的にこの描写に重なる短歌がございまして。


急に有隣堂の回し者みたいになっちゃうんですが、この動画(約15分)立花兄妹や高科更文ファンに是非見て欲しいんだ…… 単に面白いからっていうのもあるんですが、特に動画の8:00位〜の短歌とその解釈、めちゃくちゃに立花兄妹だと思うんだ……この動画が一番わかりやすいこの和歌の解釈だと思うし、和泉式部日記〜!!ってなります。

このフミさんからの隠れた愛情を受け止める為にも、継希兄には戻ってきて欲しいなあとしみじみ思いますね。それこそ神隠しみたいに消えちゃったのが継希兄ですし……個人的に田中右先輩と継希兄が接触したことがありそう(コンプリートコレクションの呼称表に、お互いの呼び方載ってましたよね)なので、この時何かあったのでは?と邪推してしまいます。アンバーの彼はタイトルにも持ってきた通り、神っぽいなそれしちゃってるので尚更。

またこの隠された『u』が継希さんなのかもしれませんし、iとuが隠れてるってことは自由が奪われてるってことかな……とも思いました。




<田中右は『神』を表す名前?>

それでは前提情報をほぼ並べ終えたので、ようやく田中右宙為の名前の解釈に移りたいと思います。

まず田中右という名字ですが、なんで『右』なんて文字が書かれてるのか疑問でした。同じ3文字なら神宮寺とか長谷川とか色々あるのに、わざわざ実在しなさそうな名字を付けてます。じゃあなんで田中さんを連れてきたのか?

これ感覚的な問題なんですが、「田中」の字を縦にギュッとまとめると『申』という漢字になる感覚って伝わりますかね?

そしてこの申という字、どうにも彼のアンバーでの立ち位置『神』の右側(つくり)らしい形をしています。今はかなり強引な考え方をしていますが、田中右という名字自体が神の右側の部分を指す=田中右が神のポジションである理由になると言いますか…… とりあえずこの仮説のまま話を進めます。解説として重要なのは次。


<たすける 田中右宙為と立花希佐>

『神』という漢字は、しめす偏(ネ)に申を合わせたパーツで成り立っています。そしてこのしめす偏(ネ)に右という字を合わせると、『祐』という漢字になります。

成り立ちは「ツクリの「右」は右手で器を持ち、神様にお祈りする様子。これに祭卓を表現する「礻(示)」が組み合わさって、神事の様子を表し、転じて「神の助け」を意味するように」
「『示』は神を表し、『右』は祈りを収めた器を右手に持って祈ること。そこから、神の助けという意味になった」
祈りを収めた器を神に祈る……どこかで見たことありませんか、この構図。「透明な器」を求め続ける田中右がこの様子そのままではないでしょうか。

意味は「神が助ける。神の助け」「かばい助ける。神仏の助け」などの意があり、訓読すると「祐(たす)ける」となるそうです。


では祐で求められた透明な器、立花希佐の名前には彼の名前と左右で対になる『左』を含んだ『佐』という漢字があります。
この漢字、祐と同じく訓読みに「佐(たす)ける」という同じ音を持ちます。
意味は「わきで支え助ける」

成り立ちは「『左』はカタカナの『ナ』のような字に、『工具』の『工』と書く。
『ナ』は左手の形を表し、『工』は神に仕える人が祈りの際に持つ道具を意味する。
そこから『左』という漢字は、左手に祈りの道具を持ち、神の居るところを尋ねて助けを求めることを示すようになった。
人間の動作を表す部首・にんべんを添えて、『たすける』という意味をもつ漢字『佐』が生まれた」


お分かりでしょうか、この奇妙なまでの祐と佐の対比…… 田中右=神=祐だからこそ、確かに田中右エンドも運命的なんだなと思わせるほど見事な対だと思います。田中右先輩の幾度にも渡る希佐ちゃんへのラブコールも然もありなん。曲調が軽やかすぎますが、私の脳内には嵐の『Love so sweet』が流れ始めました。BGMがバグってますね。

ここまで綺麗な対比だと、自分には田中右という名字が『神』を表すようにしか見えないのです。アンバーのみで無く、ユニヴェール歌劇学校を有する玉阪座に突如現れた圧倒的な『天才』が田中右宙為のように見えました。


<ユニヴェールと宙為>

またこの田中右宙為、名字だけにとどまらず下の名前までユニヴェール歌劇学校を意識したようなネーミングです。

先述したようにユニヴェールという単語には、フランス語で宇宙を表す同音の単語universが存在します。宙為って、まさに「(宇)宙(を)為(す)」名前なんですよ。

つまり彼のフルネーム、神様が宇宙を作ったぜ!みたいな創世神話もビックリの強強強強ネームのようです。しかもこの名前が宇宙の意を持つユニヴェール歌劇学校に在籍しているんですから、他の人には手が付けられないレベルの才覚を見せてもおかしくないかあ……と納得させられてしまいました。


☆<自由たれ 宙為と更文>☆

ここからはちょっと上記だけだと物足りない私が更にこじつけまくった感じになります。ちょっと無理矢理感は自分でも感じています。ご了承ください。

この宙為という字を更に分解してみます。まず先に宙為の為の字から。為を音読みすると、イという音になりますね。イ=iとなり、ここでもiが出てきました。このiを素直に英語の主語I my me mineのIとすると、I=我、私、己、そして同義の一字の漢字として、自が出てきそうです。
一方で宙の字はウ+由を縦に合わせた漢字と言えそうです。つまり宙為の名前は、色んな人達が語る「ユニヴェールは自由な場所」の「自由」の意味も併せ持ったりしないかな?と考えました。

個人的に自由になったことで覚醒する人というと、秋公演の高科更文が思い浮かびます。先述の通り、彼は立花兄妹への感情の向け方がちょっと並々でない気がするんですよね。
もちろんそれが希佐への恋心として昇華された点は祝福すべきだと思うんですが、多分お付き合いしてからも継希のことを忘れることは無いのでは?などと思ってます。いつでも捜しているよ、どっかに君の姿を〜してそう。

そこでの彼が更に才能を開花するのが、フミさんの中の継希を消しにいく為のかりうどコンビによるアドリブ祭りです。これ憎い演出だなっていうポイントが、過去の演劇ごっこは世長と希佐と継希兄で行っているので、この場面では継希を消しに行くはずでもフミは継希のポジションを演じているんですよね。

また脱線するんですけどこのアドリブってad lib等の形で表記されるんですが、元はラテン語のad libitum(思うままに、気の向くままに)の略で「好きなように」を表す音楽単語だそうです。ちなみに新入生歓迎会で主役が決まるあのインプロヴィゼーションも、この類だそうですよ。
で、このad libよく見ると、最終公演の〜アドラにib付けちゃいました〜に見えなくもないんですよね。アドラの名前の綴りはわからないんですけどib→イヴで、フミの理想の女性(希佐ちゃん)が現れたのが高科√の『央國のシシア』なのかなあと思いました。


というわけで話がそれましたが、以上のことからユニヴェールでは「自由であること」が才能の発現条件の1つであるように思っています。
アンバー担任の箍子先生って、担当している生徒の1人である田中右宙為のワガママ……に捉えられそうな好き勝手加減(新人公演は不参加、自分のクラスの優秀な後輩達には目もくれずに他のクラスのジャックを「俺のアルジャンヌにしたい」発言)を、おやおやで済ませてるんですよ。
もうちょっと口出してくれや!と思わなくも無かったんですが、今思うとあの放任加減が一番田中右宙為の才能を伸ばすと理解していたからなのかなーという考えに至りました。そういえば江西先生も、結構な放任主義なんですよね。



☆<i&you で自由だねーユニヴェールのペアの法則?>☆

ここからは更にユニヴェールで指す「自由」にどのような意味があるのか考えていきたいと思います。より私の妄想MAXになっていきますのでご注意を!!

まず宙為の名前に戻ります。宙為→宙(ウ+由)と為(i)→由と自→自由の意味があるのでは?という話を前段落でしましたが、更にこれをこねくり回します。

「自」の字は、私が「為」のiの音から連想しました。それでは「由」は?と考えると、「ユ」「ユウ」と読めると思います。
そしてこのユウを英語に起こすと、『you』という単語が出てくるんですよ。
IとYou……『私』と『あなた』という意味の英単語です。かなり密接な関係というか、&で繋げても全く違和感が無い組み合わせだと思います。

そこで私は登場人物達の名前についてごちゃごちゃ考えているので、各クラスの代表的なパートナー関係について考えてみました。
Kai &Sarafumi
Dakeshin &Kiyoharu
Kiito &Tsukasa
一旦アンバーの1年生達は置いておきまして、
Chui &Kokuto
Tsuki&Sarafumi
……こんなところでしょうか。左にジャックエース、右にアルジャンヌを置きました。偶然の可能性もありますが、少なくともここに挙げたペアは下の名前でi&u(you)が作れるようです。

一旦この法則が田中右宙為に当てはまるとします。彼はChuiという音を持ち、希佐√では単独主演で舞台をこなします。これは彼が1人でもiとuの音を持つからでは?と考えました。


このままだと根拠が弱いので、自分が彼らの名前に拘る理由としてアンバーで彼らと組んだ生徒達を見ていこうと思います。以下アンバー関係のメインキャラ全√ネタバレになります。

まず田中右宙為は先述した通り、1人でi&uが成立する名前です。一方1年生達はUtsuriとKakutoという名前。この2人は「田中右宙為のアルジャンヌ」たる瀧姫の座を目指し、一心不乱に稽古を重ねています。

しかしこの2人、それぞれの単独アルジャンヌ√中だと宙為からの最終的な扱いが、決定的に異なるんですよね。しかも宙為から認められないアルジャンヌの百無はKakutoという名前で、過去に彼の瀧姫を演じてそこそこ懐かれている様子の根地黒門→Kokutoと殆ど音が変わらないんですよ。それなのにこの差は何なんだ……?

ここで私が注目したのが、2人の宙為への呼称でした。
「宙為さん」呼びの写は1人のアルジャンヌとして宙為に最終的には認められてるのに、一貫して「田中右先輩」呼びの客人は決して彼のアルジャンヌとしては歓迎されません。確か希佐ちゃんも同じ呼称なんですが、彼女は例外みたいなんですよね。
一方互いの才能を認め合ってる様子の根地先輩は、彼のことを一貫して「宙為」と下の名前で呼びます。他の後輩のことは√以外だと一貫して「立花くん」「世長くん」「織巻くん」「白田くん」と苗字で呼ぶのに。

まとめると、根地黒門はKokuto→uのみ/「Chui」→i&u
紙屋写はUtsuri→i&u/「Chuiさん」→i&u
百無客人はKakuto→uのみ/「Tanakamigi先輩」→iのみ
と、以上の差異があります。百無は名前の呼び方により、自分のペアである宙為をi&you(自由)な存在では無くiのみ(彼自身のみを見ており、そのペアのyouたる自分の実像が見えていない)のかなあ……と思いました。

そして百無は「からっぽ」「自己がないから、何をやっても空虚に見える」と宙為に指摘されます。自己が無いのって、彼の名前にiが無いことも関係あったりするのかなーとか思ってます。
そして最終的には「悩め」というアドバイスを与えられました。個人的にこの宙為のアドバイスには、パスカルの「人間は考える葦である」のような格言の空気を感じて好きです。

この「自己が無い」という言葉には、何となくOP曲「Jack & Jeanne Of Quartz」のこのフレーズを思い起こします。
高科・睦実: からだに巣食ううつろな渇き
睦実・根地:満たせるものは
根地:自分だけ
ここの最後のパートが根地だけなの、彼が彼自身の『i』を愛する自己愛を得なくてはいけないと自覚していたことや、根地√で希佐へのi(愛、恋心)を得たことで精神的自由を得たことへのヒントのように思いました。


一方、希佐ちゃんはKisaの音なので1人ではi&uが成立しません。その為かなり無理がある考え方かもしれませんが、彼女が1人でもuを持つ方法について考えてみました。かなり自己流なので、話半分に読んでもらえればと思います。

①希佐の側に継希がいる
まず希佐√の特殊セーブ「どこかで見ててね」は、継希が映ったイラストになります。継希の音はTsuki。1人でもi&uが成立する人です。彼が側にいることで、希佐ちゃんはジャックジャンヌたれるのでは?という考え方です。
本当に継希兄、何処にいるんでしょうね……それこそ神隠しのように描かれているので、呼称表から見ても田中右先輩との関わりが気になって仕方がないです。
彼らが関わったことでユニヴェールの歯車に影響があったように思うんですよね。継希兄がアンバーの神と会話したことは『祝い』となったのか、それとも『呪い』となったのか……謎だらけです。

②希佐は『透明な器』である/Quartz生である
田中右宙為曰く、彼女は「透明な器」
立花希佐という存在自体がToumeiな器=透明(i&uを性質として内包している)と考えると彼女の名前なんて問題では無く、彼女はそのままでも十分自由なのかもしれません。

もしくは彼女はQuartz生であることがポイントなのかなと思いました。彼女はOnyxやRhodoniteでは無く、Amberでもありません。
しかしQuartzの文字列にはuが存在します。彼女がクォーツの生徒で天使である限り、自由なのかも?という考えです。


③希佐はプレイヤーが動かす主人公である為、ずっと彼女の側にいる私達プレイヤー(iである希佐から見たところの私達)がyou

はい、自分でも一番無茶苦茶な案だと思います。
私達プレイヤーは絶対に立花希佐として「ジャックジャンヌ」の世界を見ていますよね。つまり彼女が1人でいる瞬間は無いに等しく、実は私達プレイヤー(you)がOver the wallしてはいますがずっと彼女の側にいるのでは……という考えです。いやもう、良い説明が思いつかないので話半分に読んでください……


以下余談です。
何かもうしっちゃかめっちゃかで???な感じになってるので、何故こんなにi&uに拘るのかのちょっとした説明を置いておこうと思います。
個別√『央國のシシア』の最後のシーンにて、狙撃されたシシアのパートナーは皆「シシアの歌が聞きたい。歌ってくれ」とシシアに伝えるんですよね。
私はこのシーンに、バンド「サカナクション」の『目が明く藍色』という曲との共通点を覚えました。

http://blog.livedoor.jp/spitame/archives/21507809.html
↑のサイトに、かなり詳しく考察が載ってるので興味がある方は読んでみてください。制服やPVの描写の解釈がとても面白いです。


<アンバーの神 クォーツの『伸びしろ』>

というわけで、田中右宙為はアンバー及びユニヴェール/玉阪座の『神』的ポジションのようです。では綺麗に彼と対比されている立花希佐は、クォーツ/ユニヴェールにとってどんな立場なのか?


田中右は祐→ネ申→神です。じゃあこれを希佐の佐で同じことをやってみると、佐→イ左→『伸』になると考えました。彼のようにはっきり名詞になってくれないので、彼女はクォーツ生や彼女と同じ78期生の『伸びしろ』の象徴なのではないか?と仮定することにしました。

クォーツ生はこの1年を経て時には摩耗しながらも助け合い、技術的にも精神的にも強く健康的に成長します。

この『伸びしろ』という言葉、根地先輩あたりが使っていたような気もするのですがどうですかね…記憶が薄くて歯痒いです。もしテキスト中に発見した方いらっしゃれば教えてください。


ともあれ『伸びしろ』という言葉は伸び白、伸び代(正)という2パターンで当て字ができます。

まず伸び白の彼ら…と言うと、自分が連想したのはユニヴェールコレクションの箱のイラストのように白い王子様のような出立ちでした。一方1周年記念イラストの彼らは、立花希佐を中心に加え何物にも染まらない黒色の服に身を包んでいます。

この立花希佐がなぜ1周年記念には顔を出せたのか、正確にはわかりませんが個人的な解釈は以下。

ジャックジャンヌのソフトパッケージには黒いドレスに身を包んだ立花希佐が大きく描かれています。ユニヴェールコレクションにおいて、他のクォーツ生達の描かれた箱が立花希佐の描かれたソフトを守っているように見えるのです。ユニヴェール入学前あるいは入学して間もない彼らが、オシャレに着飾り撮られた写真にも見えます。

そしてこの1周年記念イラストは、恐らく作中でも入学して1年経ち最終公演『央國のシシア』の壁を越えた面々のようです。皆凛々しく、華麗な力強さを孕んだ出立ちに見えます。彼らは根地黒門の描く脚本を演じ切ったことで、彼の『黒』(何者にも染まらない思考力や、舞台上での振る舞いの核のようなもの)を良い具合に吸収した姿のように思いました。

その上全員が表に立っても希佐が着用していた色を着こなせるほどに、彼らにとって立花希佐がかけがえのない存在になっているようにも感じられて、一人で悶えてました。強いぜクォーツ……

また『伸び代』として、彼らが入学した78期生達もかなりの伸び代を秘めた代と思われます。あるいはこの面子が揃った78期生1年生時が異様な伸び代を見せる年だった、と言えるかもしれません。

あくまで自分の中での感覚なのですが、78期クォーツ生として√で描かれる織巻寿々、世長創司郎、立花希佐の3名はこの1年のあらゆる経験を通して舞台力をメキメキと上達させていく、1→100に成長していく過程が描かれているように思います。そこで立花希佐及び78期生は「伸び代」=「力を伸ばす代」と捉えました。

一方クォーツの先輩方はユニヴェール歌劇学校で既に舞台に立ったことがある為に、舞台に立つ能力を50〜70→100以上に引き上げていく1年だと思うのです。もちろん精神面の成長や周りの人との関わりを通じて数字で測れない成長をしていますが、この一年での舞台に立つ能力としてと捉えてください。

蛇足ですが、『伸びしろ』たる希佐が宙為の手を取り続け彼のアルジャンヌになることを決めた時、彼女の全ステータスがカンストする演出が存在しますよね。初見時あれがバイオハザードレベルに怖くて悲鳴を噛み殺した記憶が今でも残ってます。

自分にはあれ、田中右宙為という神の為にこの血も肉も骨までも捧げる選択をした彼女は、決断した時点で伸びしろを使い切ってしまうように見えますね…… 確かに田中右宙為の世界観を一番上手く表現できそうではありますが、彼女のクォーツに適したポテンシャルは一気に損なわれるようで恐ろしかったです。
もしくは田中右の手をとり続けたことで、彼女が人ならざるものになりかねない扉を開いてしまったような…… そんな不穏さ、不気味さ、盲目になっていく希佐に何も干渉できない無力さを感じるエンドでした。





☆<立花希佐の『瀧姫』適性 シンクロ率200%?>☆
さて、ここでちょっと論点を変えまして希佐ちゃんの『瀧姫』適正について言及したいと思います。
最終公演にて、田中右宙為は繰り返し「がしゃどくろを演じる自分と並べられる瀧姫は、お前にしか演じられない」(ニュアンスです)と希佐を口説き続けます。

で、この『瀧姫』-恐ろしいほどに立花希佐にぴったりなんですよ。というか田中右の言うように、彼女よりも適任はいないような……そんな役名なんです。

「我死也」内では『瀧姫』と呼ばれているアルジャンヌ。この瀧姫をググってみると、真っ先に平将門の娘の『滝夜叉姫』という単語が出てきます。
Wikipediaにも「丑の刻参り」「父を殺された怨念」のように見覚えのあるキーワードが並ぶので、彼女がモデルであることはほぼ間違いないでしょう。

さて、ここで一番注目したいのは滝夜叉姫の本来の名とされる『五月姫』です。
日本における月の異名ってとても沢山種類があるんですが、陰暦5月の異名の中に「橘月」という言葉があります。読みは「タチバナヅキ」。どこかの兄にほぼ合致する名前です。

つまり私には、滝夜叉姫(瀧姫)→五月姫→橘月姫→立花継希姫…という繋がりが見えるのです。
しかも希佐ちゃんは女の子なので、言葉は悪いですが立花継希の姫(女性版、というととても聞こえが悪いですね……わかりやすさ重視なので申し訳ないです)そのままに見えます。
まさか「我死也」作者の根地黒門も、この作品を書き上げた1年後に本当に立花継希の妹(恐らく『瀧姫』の適正ドンピシャ。シンクロ率200%超えでは?)が入学してきて、自分の転科してきたクォーツに配属されるとは思いもしなかったでしょうね!!!
……ほ、本当に偶然か?根地、お前タイムリープしてね?千秋ぃ……私にはお前がわからない……キノコをそのお喋りな口に詰めこむぞ……

とにかく上記の理由から、希佐が『瀧姫』として田中右宙為に求められ続けることは必然的に思えます。2人の名前からも結構シンクロ率高いのに、脚本からもシンクロ率の後押しされちゃってるから、右先輩のあの求愛も仕方ないかな〜!!って感じです。
ただなあ、自分にはどうしてもこのペアの組み合わせは『偽』という漢字が浮かんでしまうんですよね。自分なりにアンバー勢にはかなり思いを馳せてるので愛着もあるのですが、これが気がかりかなあ……


<アンバーVSクォーツ 玉阪座の構図>

ここでアンバー→神、クォーツ→伸がなぜ成り立ちそうか?をより深読みしていこうと思います。

ユニヴェール歌劇学校はクォーツ/オニキス/ロードナイト/アンバーの4クラスに分かれてそれぞれ歌劇を作り上げ、年5回の公演で優劣をつけ競わせています。

クォーツは演劇未経験者が入ることも多く、色がついていない無限の可能性に満ちる。オニキスはダンス、ロードナイトは歌唱に定評があり、アンバーは実験作を繰り返し、伝説すら残す奇跡的な舞台を作る……(オニキスとロドナも大好きなのですが、クォーツとアンバーについて主に解説するので端折ってます。)

現在この4クラスの均衡は危うくなっており、希佐√ではアンバーの勢いを支持する玉阪座上層部からクォーツ解体を言い渡されるような状態です。

舞踏や歌唱に傾倒していないいわばオールマイティー(悪く言えば器用貧乏)のクラスがクォーツだから、宙為の登場で良い波に乗りまくってるアンバーだけで良いよね?なんて風向きになったわけです。


ここでちょっとメタい、ユニヴェール歌劇学校はなぜわざわざ4クラス制を採択してるの?という疑問をぶつけてみます。舞踏のオニキス、歌唱のロードナイト、どっちつかずのクラス。この3すくみでもクラスの特色としては成立しそうです。ポケモンだって御三家が定番ですし!

だからこそオールマイティーな特性は共通しているアンバーだけ残したクォーツ解体って話が出てきたわけですよね。

じゃあなぜわざわざクォーツとアンバーの2クラスにオールマイティーな個性を分けたのか?
これにはユニヴェール歌劇学校の母体、玉阪座が大きく影響するのではないでしょうか。

ちょっと玉阪座の家系が作中で小出しにされ過ぎてて、把握しきれないという悲鳴が各所からあがってますね…… 私も全く把握しきれていないのですが、田中右宙為が希佐√中に語る内容はまとめて把握出来るのでこれを元に置いていこうと思います。

初代比女彦の中座月彦は、この辺り一帯を治める大名から寵愛を受け『玉阪比女彦』の名と土地を与えられ、大伊達山の中腹(ユニヴェール歌劇学校や玉阪座のあたり)を一座の拠点としました。その後本家中座家と分家玉阪家に分かれ、分家だが天性の華がある玉阪家が比女彦の名を80年間襲名。しかし11代目比女彦の玉阪志木年の失策により立場を追われてしまった……それでも玉阪の血には中座に無い華があると信じる玉阪座の人間は、中座校長を追い出したいこともあり宙為を後押しするわけですね。


この話からわかるのは、玉阪座にはどうやら中座派(現校長派)VS玉阪派(宙為派)の人間が居るらしいことです。これはユニヴェール歌劇学校にも適用されるようで、玉阪座上層部の一部は宙為のいるアンバーを祭り上げています。

ではその対抗株、現校長の中座秋吏はユニヴェール歌劇学校で誰の後押しをしているか?作中で明らかになっている彼のスカウトしてきた人材は睦実介、立花希佐の2名のようです。彼らは2人ともクォーツに配属されました。果たして偶然なのでしょうか?


よって個人的な意見になりますが、校長はクォーツ派なのだと思います。現にクォーツ解体の話を必死に食い止めていたのは校長という立場の彼のようですし、スカウト組は2人ともクォーツに配属され才を発揮しました。

言い換えると、ユニヴェール歌劇学校校長の中座家はクォーツ派、玉阪座上層部は玉阪家の宙為の属すアンバー派。クォーツとアンバーというクラスは、ただのユニヴェール歌劇学校のクラスであるだけでなく300年以上の歴史を持つ玉阪座の本家と分家の派閥争いを象徴しているようです…横溝正史の金田一耕助シリーズか何かですかね……??「八つ墓村」とかもろそんな血縁争いですし、某裁判ゲームの「異議あり!!!!」が聞こえてくるよ。

なるほど、わざわざクォーツとアンバーに分けたのは、母体玉阪座の中座家と玉阪家がそれぞれ自分達の血が強いんや!!をアピールする為だったんですね!そりゃあ順位をつけて争わせるわけだ〜!!ハハッ!なんて、後味の悪い結論になってしまいました。ただどうにも否定しきれなくて一人呻いてます。


☆<根地黒門 A→Qの道>☆

いや、もう何回言ってるんやって感じなんですが、お前は何にどれくらい気付いているんだろうか……
「僕は神様より人間のほうが好きだからさ」と彼は転科した理由を田中右に語ります。
しかも彼は基本(√は除きます)後輩達を「立花くん」「織巻くん」「世長くん」「鳳くん」「白田くん」と呼ぶ中、唯一田中右を「宙為」と呼ぶんですよ……

先述した通り、宙為は恐らくユニヴェールたる「宇宙」や「自由」を冠する素敵な名前を冠しています。彼を唯一下の名前で呼び捨てする彼が、彼の名前の意味に気付いてないとも思えないんですよね。


上記の言葉は、哲学者フリードリヒ・ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」の冒頭のシーンとかなり類似点があります。昨年の秋口だったかに冒頭シーン抜き出して「こんなこと言ってるよー似てるねー」とだけ抜き出したふせったー記事書いてるので、気になる方はそちらをご確認ください!

当時は全く気付かなかったのですが、「僕は神様より人間の方が好きだからさ」この言葉はまさしく彼が「神様(が率いるアンバー)より人間(が率いるクォーツ)の方が好きだから」じゃないでしょうか……
転科した理由としてこれ以上ふさわしい説明無いのでは?と思ってしまうくらい、言葉を尽くした的確な理由のようですね。

根地黒門がわからないわからないと数十回呟いているんですが、自分が一番謎なのは彼の転科だったりします。彼はAmber→Quartzへの転科をしていますが、これって頭文字を取るとA→Qという並びなんですよ。
しかし、私の中ではQとAの関係というと真っ先に浮かぶのはQuestion&Answer の関係なんです。基本QuestionがあってAnswerがあるんですよね。しかし彼は逆なんです。なんでなんだろう……ずっとそれが気がかりなんですよね。ここは大して問題じゃないかもしれませんが!



<番外編 中座秋吏のスカウト組>

ちなみにこのスカウト組の名字も個人的に気になってます。

自分は「お寺の和尚さん」っていう童謡の「お寺の和尚さんがかぼちゃの種をまきました 芽が出て ふくらんで 花が咲いて 実になって」みたいな歌詞を思い浮かべちゃいますね。希佐ちゃんのジャックとしての振る舞いはカイさんから学んだようですし、校長のスカウト組はそれぞれ花/実になれる優秀な『種』だったようです。

あと立花と中座も比べると、立つ/座る で動詞が並んでますね。「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」の美人形容詞を連想しました。

また、クォーツの『伸』は、中座の『中』ににんべん(イ)を付けた『仲』に口を並べただけの漢字だったりします。『中』にカタカナの『イロ』を付けると伸になるって方が正しいかも?

希佐をユニヴェール歌劇学校に迎え入れる条件に「他の生徒と信頼関係を築くこと」とありますが、「仲良くしろよ」と捉えられるので、希佐及びクォーツをより伸ばす手段として仲の良さは大事なのかもしれません。

あくまで推測の域を出ませんが、結構面白いなーと思って名前をあれこれこねくり回してます。


<最後に 伸び代の1年間>

まとめると、田中右宙為はアンバー/ユニヴェールの神として皆を牽引するような才覚溢れた名前を冠します。一方立花希佐は彼の名前と対比される『佐』の字を冠しますが、クォーツやユニヴェールで関わる面々をを助ける『人』らしく、『伸びしろ』の象徴のような人物に感じられました。


彼らがそれぞれ頭角を表すことで、アンバーとクォーツが舞踏や歌唱への特化とはまた違ったクラス性を表しているようにも見えます。神への崇拝、伸びしろの限界まで切磋琢磨する人々、アンバーとクォーツの精神性は両極端でやはり「クォーツ解体」なんてされるわけにはいかないんだなーと立花希佐√への理解が自分なりに深まりました。


長文駄文の為、わかりづらい表現がありましたら申し訳ありません。ここまで読んで頂けた方は本当にありがとうございました!

質問や何やこの表現!!等のご意見ありましたら、是非伝えて頂きたいです。共にJJ1周年に狂いましょう!!!

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