そこに「在る」のではなく「そこに居る」、版画と「暮らす」ということ

ライト探しに余念がない深雪えるです。

ここでいうライトとはイラストレーターのミクスドメディア製法の版画に当てる電球の事です。
ちなみに私は今は下記のクリップ式のスタンドに多色ライトをはめて使っています。

スタンドについては私の担当のライト職人と豪語するMさん(実際上手いんです、出した版画をライトを当たらない角度からじわっと落としてその世界を魅せつけてくるのは正に職人芸)がおすすめしてくれたものを購入。
ライトは多色に光るやつはあるスタッフの私物のものかお得意様が持ち込んでるものなので何がいいかわからず値段も機能もレビューも全体的にそこそこのものを使っていて概ね満足してます。

また、イベント参加の際に持ち込んで色による世界観や表情の変化を感じたり家に迎えたときのイメージをつけたりしてます。

が、もう一つ色の変化を楽しむために新しいライトを探し中。もっと色のバリエーションがほしいのとグラデーション発光モードの色の変化がもっとペース早く虹色に変化するやつが欲しいなぁ。あとは別途白色で当てる方は光量がもうちょい強いのもあってもいいかなぁなんて。

特に夜景などの暗め背景や泉などの水辺のある、キャンドルがあるなどの作品は多色ライトでスポットを当てると単色とは全然違って見えるので版画をお持ちの方はお一つ用意しておくと作品の別の顔が見えるのでイベントに行く際におすすめです!
逆に昼間などの明るい絵は単色が一番映えます。

今回はタイトルに触れるにあたってまずは先日行った版画を契約している人が招待されるアールジュネス主催のジャパンイラストレーターズフェスティバル(北海道や九州から出向いた方もいらしたそうで驚き)
で出会ったものからライトを当てた時に印象深かった版画について(ライトだけに)焦点をあてておすすめのものをご紹介させてください。

twinbox「花手水」

イラスト自体についてはインタビュー形式で紹介されてるものがあったので下記からご覧になっていただけたらと思います。

版画って割とイラストで作品がまずあってそこからミクスドメディアで魅力を際立たせていくというのがイメージですがこの作品は版画としての完成度がすさまじいの一言でした。
流れる水と水滴を樹脂加工で立体感とライトを当てたときの煌めきを存分に出しつつ、
背景の夜景の星あかりのようなささやかながら作品を際立たせる輝き、
ネイルにも加工が施されており手元にライトを当てるとキラリと照り返してきて本当に目の前で水をうけているような存在感。

女の子の静寂を感じる表情が相まり、「ミクストメディア」という手法をこれでもかとばかりに活かされた作品だと感じました。

スタッフに話を伺うと、twinbox先生が初めから版画におこす前提で描かれた作品との事で、どうりで欲しいところに欲しい加工が施されてる訳だ…と感銘を受けました。

この絵は版画でなくてはダメだと思わせる作品という観点ではその日見た数ある作品の中で1,2を争うほどの完成度でした。

necömi「キミに奏でる」

こちらは先生の版画展で見てから作風が気に入ってるnecömi先生の作品。
優美であり、吸い込まれるような雰囲気、きめ細やかなイラストが版画という形で登場。
necömi先生は四季の絵も感じましたがミクストメディア加工はおとなしめというか華美にならないような、アクセントを加えるような形で形成されているイメージです。

necömi先生の版画では既に完売した

こちらの「真冬の駆け引き」でも思ったんですが、肌の、たとえばふともも部分の露出が大きいのに不思議といやらしさを感じないんですよね。
綺麗であるけどエロさはない、絵から感じる雰囲気をより際立たせている。

いわゆる女性イラストレーターだからこそ実現できる手足の自然な綺麗さも相まって惹き込まれる要因になっていると思います。
素敵なアクセサリや背景など全体の雰囲気が版画で上手く表現されてて綺麗だなぁ、名前の通り目と目が合って二人だけの空間をそこに作り出してくれる。そう感じました。

グラデーションライトがもたらした表情変化


他にも紹介したい版画はありましたがあえて上記2点にしたのにはちょっとした理由があります。

冒頭で述べた通りライトにこだわりがある私。

ライトの当て方、角度や配色を変えて色々堪能し、版画には珍しい暗がりの絵だったのであえてライトを色の変わるグラデーションモードで真下だけから当ててみよう。

でも明度自体は弱くなるからミクストメディアの照り返し、存在感、つやめきはぼやけちゃうかなぁなんて思いながら当ててみて衝撃をうけました。
上からの白色光を同時に当ててたときには気が付かなかったこと。

ライトの光で、彼女達の瞳の色が変わっている…!
青色のライトで当てた時には青い瞳に、それがライトが緑に変化していく中でスゥーっと瞳の色がエメラルドのような緑に変わった瞬間の衝撃たるや...

どの色でもその色に変わるかといえばそうでもない。赤や黄色は余り目立った感じはない。

感じる雰囲気も変わって見える。だが絵そのものの情景を崩している訳ではない。
例えばnecömi先生の「キミに奏でる」は何か違った音楽を奏でていそう、そんな気持ちにさせる変化でした。

後に家に帰ったときに試しにタペストリーで試してみても何も変わった様子はない。
版画だから魅せてくれる表情。ますます版画に惚れ込む発見でした。

こうした変化がただ「在る」のではなく、そこに「居てくれる」、確かにそこに実在しているのではという実感として沸いてきます。

「欲しい」の先にある「暮らしたい」という気持ち


そこまで見てつまるところ私は、
「一緒に暮らしたい、一緒に暮らすことで私の気持ちが豊かになる、そばにいるという生活がしたい」
そう訴えかけてくる版画を探してるんだな、と思いました。
「欲しい」じゃなく、「そばに居てほしい」
心を揺さぶる作品は後者の気持ちを掻き立ててきます。

私がお迎えしている
「たとえば貴方が忘れたとしても」
もまさしく一目見た時そう感じていた。もう頭の中はこれでいっぱいで、離れない。この版画と過ごす生活がしたい。もうお迎えできないなんてことになったら永劫後悔する。

実際にお迎えしてから、版画展で見るのと一緒に暮らしているのとでは感じ方が全然違っているのでよりそうした出合いへの気持ちが強くなってるなぁと思います。

版画になったことで生まれた存在感、ライトの調整一つで無限の絵の表情、世界を魅せてくれる。
私にとっての版画は自分の世界を広げてくれる大事なパートナーです。

「契約を結ぶ」ということ


版画は「契約」を結ぶという形でお迎えします。
勿論それは本来別に深い意味がなく、単純に高額な買い物が故ですが、
自分の中でドンピシャの感動を与える存在と出合い、それをお迎えする決意をする。自分の空間に届き、生活を豊かに、彩りを加えてくれる。
そういう意味でも「購入する」というより迎えるための「契約を結ぶ」という表現がしっくりくる気がします。

当日契約した版画について

ここまで話させてもらいましたが実はこの度契約を結んだ版画があります。
一目見た瞬間も凄かったですがグラデーションライトを当てた時、言葉を失い本気で全身がゾクゾクと鳥肌立った作品です。本気で魂が揺さぶられた。
「たとえば貴方が忘れたとしても」とは違うベクトルの感動がそこにありました。
ですがつらつらーっと自分の怪文書思いを書き下ろした結果3000字近くなったのでそれについてはまた別途ちゃんとご紹介したいと思います。

あとがき

毎回怪文書ですが何処かの誰かの版画への興味や感情にちょっとでも影響があれば幸いです。関東では月末には神絵祭、GWには絵師100人展があるのでもし少しでも興味が沸きましたらぜひ一度ご覧になってみてください。

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