自己紹介草

はい、次の方。
僕は椅子から立ち上がると、
自己紹介を始めた。
鎌倉から来ました田口論平と申します。
今日はオーディションの最終審査。
合格すれば目出たく俳優デビューとなる。
これまでことごとくオーディションに落ちまくり、それでも夢を諦めきれずにいる39歳、そろそろバイト生活はキツい。
いつも思う。
もう諦めた方が良いんじゃないか。
劇団もコロナの煽りをくらい、この冬、解散した。
マイナスの要件しか、ないように思えた。
そんな矢先のオーディション通過の吉報。
僕は小躍りした。
これはきっとまだ諦めるな、の意味だ。
僕の友人は皆都合が良すぎる解釈だと笑ったが。
笑うなら笑うがいい。
大抵そんな奴は有名になった後に、
親しかったと擦り寄ってくるものだ。

では、自分を草に例えて自己紹介をお願いします。

はい?
僕は聞き直した。
くさ、ですか?

はい。
草です。
あの道端に生えてる草です。
審査員はニコリともせずに言った。

僕は、もしかして、笑ってはいけないオーディションという年末の番組かと思って、とりあえず必死に笑いは堪えた。笑ったら、はい、終了、きみ、考えが甘いんだよ、きみみたいな才能のかけらもない奴がオーディション通過するとでも思ってるのか?おととい来やがれ、とか言われそうだった。

審査員はジッと僕を見ている。

ペンペン草です。
僕は咄嗟に答えた。
あ、理由を答えなくちゃ、えーっと、
ペンペン草は見栄えはイマイチですが、
左右に振ると音が鳴ります。
僕も見栄えはただのおじさんですが、中身は〜

じゃあ、振って音を聴かせてもらいましょう、さあ、ほら、ほら、
今まで座って微動だにしなかった審査員が一気に僕の周りに集まり、僕の頭を‥‥‥

そこで目が覚めた。
それにしても、ペンペン草って。
もう少しましな例えはなかったのか(笑)

明日の昇進試験。
上手くやれそうだ。

#毎週ショートショートnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?