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宮藤官九郎、いだてん、木更津キャッツアイ

今更「いだてん」を観た。やっと第1回である。

正確に言うと、昨年、第39回「懐かしの満州」だけはリアルタイムで観た。その日たまたま、イッテ Qが好きな夫が留守だったからだ。「いだてん」とも気づかずに観て、笑って泣いた。

それ以来、ずっと最初から観たいと思っていたが、なにせ47話ぐらいある。他にも観たいものがあって、ずっと先延ばしにしていた。

いや、時間の問題ではない。宮藤官九郎が脚本とあらば、わたしは必ず前のめりで見てしまう。しばらく夢中になってボオッとなってしまうに違いない。それが怖かったのだ。

宮藤官九郎の「木更津キャッツアイ」はわたしの個人的ドラマ史の中で、燦然たる第一位を誇っている。(ちなみに映画版よりドラマ版が好きだ)DVDセットで唯一買ったドラマである。少なくとも3回は観たと思う。無理矢理観ることを強要された当時の友人たちよ、ゴメンナサイ。

名前のとおり木更津を舞台にした青年たちの群像劇なのだが、そういう一言で言い表せない話だった。イケメン俳優・アイドルがずらりと出るドラマであるのに、なぜかうら寂しい。うら寂しいのに笑えてしまう。ダサくて田舎くさくて、なのに、フランス映画のようにオシャレなドラマでもあった。実際に映像の質感はまるで映画である。

(ここからはうろ覚えになるので細かい点に差異があったら勘弁していただきたい。また一部ネタバレを含んでいる。)

「リンパがなんとか」というガンで余命半年を宣告され、地元木更津を一度も出たことのないぶっさん、野球で名をはせた弟のおかげで「アニ」という不名誉なあだ名をつけられ家族にも虐げられているアニ、早々に結婚して嫁にがみがみ言われている居酒屋のマスター、成績優秀だったが都会になじめず童貞を気にしているバンビ、知的障害を持っているらしく何かと仲間たちにコケにされてしまう、うっちー。他の登場人物も一様に何かしら問題アリである。

ここまで字面で見るとなんだか暗い話を想像させるが、とにかく毎回笑って観ていた。

なにせ「木更津キャッツアイ」というタイトルである。

野球チームを組んでいた彼らが、有力者へのはらいせと実利を兼ねて、強盗団を組む。泥棒ならやっぱりキャッツアイだ!俺らは木更津キャッツアイだぜ!ということになる。だが実際に集合時刻に集まったら、全員、服装がシティハンターなのである。キャッツアイのレオタード姿なのはうっちーだけ。しかも腰のリボンまでやたらと再現性が高い。可哀想なうっちー・・・

というのが第一話だったはず・・・。

ぶっさんはVシネの哀川翔が大好きで、哀川翔本人が本人役で登場したり、山口智充が裏社会の人間でありながらモノマネ教室の先生だったり、阿部サダヲ演じる野球監督が若者を指導するには相当難ありの人間だったり、とにかくハチャメチャな話が展開されるのだが、不思議と1つ1つはドラマの中で意味あるつながりを持つ。

そしてぶっさんの余命が半年であるという事実も、そこはかとなく、ドラマの底流に流れているのである。

わたしはこの最後の点がいちばんすごいと思っていて、余命半年だからどうこうと、ぶっさん本人も、家族も、友人も、誰も騒がない。別に黙っていようとか、そっとしておこうとか、考えているわけでもない。ただ何となくそうなのである。時々ぶっさんは倒れる。途端に仲間は一瞬心配する。

案外、死に瀕するときって、そんなものじゃないのだろうかと、当時ぼんやり思った。

このドラマが放送されたのは2002年。不景気で今より時代が暗かった。わたし自身も30歳独身で独り暮らし。仕事だとかこれからの人生だとか、大きな面だけ大きくとらえると、暗い記憶がよみがえる。でもドラマを観ていたときは笑っていたし、他の時間にしたって、会社で、カフェで、居酒屋で、家で、道で、いつも誰かと笑っていた気がする。そう思えば幸せな時間だったのだ。

このドラマ以来、宮藤官九郎は「人生って悪いもんじゃないよ」というのを描く天才だと思っている。笑うときもあれば泣くときもある。幸せも不幸せもひっくるめて、それでいいのだ。

そしてそれを事さらに、声高に、叫ばない彼が好きだ。(←ココ重要)

「いたてん」の第1回、わたしは途中で2回も泣いてしまった。色んな人が出てきて、誰が主役なのかさっぱりわからない。それがいい。

これは「いだてん」も、最後まで観るしかあるまい。NHKオンデマンドで月額見放題パックを使うことにしよう。

クドカンは天才だよね、と言う人とは、なぜか気が合う。安心する。この繊細な感覚がわかる人なんだなと思うからだと思う。

木更津キャッツアイを見始めたころ、高校時代の親友が数日上京してきた。おずおずと彼女が言うには、本多劇場で「春子ブックセンター」を観たいと言う。お互いにクドカンの話はしたことがなかったのに。

今、彼女の家には、認知症の祖母がいる。面白おかしくその話をする。まるで、ぶっさん本人か、その周りの人間のようだ。そして彼女は、誰よりも優しい。

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