秋空に消えた恋 `84
もう9月だ。新学期。
かつて、ぼくにも後期学期の始まりの頃があった。
大学の学生寮。
携帯電話のない時代。部屋の固定電話も自治会寮則で禁止されていた。
約70名の寮生に緑とピンクの公衆電話がひとつづつあるだけだった。
夕刻になると、この電話の周りにたむろする連中が必ずいた。
十円玉数十枚をポケットの中でじゃらじゃら言わせながら、うきうき、ニヤニヤ。
彼女との長電話のためだ。
彼女のいなかったぼくは、そんな連中を毎日毎日、羨望の目差しで見つめていた。
ある日の夕刻、寮母さんから呼び出しの構内アナウンス。
「宮田さん、お電話ですよ~!」
急いで階段をかけ降りる。
ぼく 「はい、宮田ですが、、、」
電話の向う「あの~、清風寮のI島やけど」
(WAO!ほのかな思いを寄せていた、同じく大学女子寮のI島ヒトミだ!)
ぼく 「えっ、は、ハイッ(((・・;)」
I島ヒトミ「あの~、すみません。○×△☆□研究特講の授業、取ってるって聞いてんけど」
ぼく 「う、うん。と、取ってるけど(汗)。なんで?」
I島ヒトミ「取ろかどうか迷てるねんけど。一緒に授業、出てもろてもええかなあ?」
ぼく 「も、モチロンですっ!」
後日。
キャンパスで待ち合わせたぼくらは一緒に授業に出た。
隣に並んで座るのが気恥ずかしくて、ドキドキしていた。
教授の講義はまったくのうわのそらだった。
ポーッとしたまま授業は終わり、別にお茶をすることもなくそのまま別れた。
結局、そのあと、I島ヒトミはその授業は取らず、彼女とは言葉を交わすこともなく、すぐに学生時代は通り過ぎてしまった。
30年近くたって、そんなことをふと思い出した。
あれは何だったのだろう?
誰かが仕組んでからかったのかも知れない。
それとも、ぼくがちょっと勇気を出して、スイッチを押していれば、青春ドラマの回転舞台が回っていたのかも知れない。
もうそんなことはわかる術もないし、わからなくてもいい。
ほの酸っぱい思い出だけが、心地のいい週末の晩夏の夕べだ。
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