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糸とオレンジとシフォンケーキ

【ことのは100】15. 冷戦
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少しずつ歳を重ねて、少しずつ夢を壊していく
そんな君を見てると、切なくなるよ

出会った日を思い出してたの
夕立傘の中二人つながって
結び目は強く、きつくなっていった
あるのが、いるのが当たり前で
時にはすれ違いそうになったけど
なんとか細い糸が絡まらないように丁寧に
LINEの返信もちゃんとするし
一緒にライブも映画もいろんな場所にいって
二人時間が重なるように
重ねていった両手
語ってくれた甘酸っぱいオレンジみたいなお話も
初めて人に話した私のシフォンケーキみたいなお話も
夢物語でも二人共有しあってさ
もし夢が叶ったら二人おそろいの指輪を買おうよなんて
笑いあって少しでも長くいたくて
終電に間に合った腕を引いて君は
重なり合うてのひらが熱くて糸も溶けそうなくらい
間違いなんてなかったって言えるよ

でも君は簡単にオレンジを潰したね
リクルートスーツ着て戦場に出ていく姿は
凛々しいのか、なんなのか、ぼやけてわからなくて
前より愚痴も増えたし笑顔もないよ
そんなこといったら贅沢かな
でも糸は細くて今にも切れそうだよ
冷めたみそ汁じゃ、冷めたお魚じゃおなかは膨れないでしょ
二人でいるときも面接官の不満をたれて
いいの いいんだよ それで
ただ涙があふれてくるだけ
それでも君は糸を無理やりつなげるようにして
キスをするの
そして抱きしめるの
抱きしめたら顔見えないでしょ
この泣きはらした顔を見たくない そうでしょう
オレンジが潰されてぐちゃぐちゃになって
私のシフォンケーキを侵さないで
甘いだけだよ やわらかいだけだよ
でもそれでも君になら、って

辛いことがあるなら話してほしい
心配していることがあるなら話してほしい
言葉じゃなきゃ伝わらないよ
そうやって思ってるこの心も届かなくて
いっそすべて君に投げつけたい
ダブルベッドの端と端に転がる身体
私の好きな映画のこと、君は全然わかってくれない
君の好きなアーティストのこと、私はいいと思わない
そうやってすれ違っていく様が手に取るようにわかる
それに涙も出なくなった私は
もうだめだよ
君がいない部屋で一人
スマホにイヤホンさして聞いてるあの歌
君は好きでいてくれるの
君は愛してくれているの
メロディーは一粒の涙に、歌詞は私の心になってゆく

糸が突然ぷつんと切れて
修復できるかわからなくて
好きだよ
愛してるよ
そんな言葉じゃ埋まらない溝が
どうしようもならないほど深く、深く
LINEの既読スルー
流れる沈黙
抱きしめることもキスもなくて
つなぐ方法さえなくなってしまった

私知ってた
運命の赤い糸なんてないってこと
私が持っている糸を君にのばして
君が持っている糸を私にのばして
それを夕立の雨で濡らしてつないだの
ほどけないようにリボン結びで
でもいくらほどけないように固く結んでも
リボン結びはもろくて
最初から一本の糸でつながれてたらどんなによかっただろう
切れることさえない糸を
私からのびる糸は細くて今にもほどけそう
なのに君の糸は知らない間に太くて強くなってた
それがまた、怖くて
どこにもいかないで
いかないでよ
そう言ったら君はここにいてくれた気がする
でもいいの これでよかったの
私の糸で誰かを傷つけることはしたくない

糸をのばすのには力がいる
その力さえ尽きてしまった私には
もうなにもできやしない
でも最後のわがままを言うのなら いうのなら私は
私のことはどうか忘れてください