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03. 優しい先輩、強がり後輩

「先輩って、優しいですよね」
「いきなりどうした」
「なんだか、優しすぎて疑っちゃうくらい」
「普通だろ。ってか何を疑ってんだよ」
「なんか、ヘンな組織みたいな。やばいところとか。まあそれでもいいですけど」
「俺への印象最悪だな…。よくねぇだろそれ」
「別に、もう慣れてます。裏切られるのは」
「……まぁ、なんだ。お前も苦労してんだな」
「本当に。聞きます?」
「聞いてやるよ、先輩としてな」
「そういうところですよ」
「ん? なんか言ったか?」
「いえ。私には、付き合っていた人がいて。その人、先輩の数倍はイケメンだったんです」
「ディスられるとはな。まあいいよ」
「その人を仮にAとしますね。Aは本当に私に愛情を注ぐというか、とにかくうまい人だった」
「そりゃよかったな」
「最初は私も喜びました。スキンシップも、言葉も、すべてが愛しいって気持ちにあふれてた」
「だけどだんだん、Aは変わっていきました」
「違和感を感じたのは、付き合って一週間したとき。煙草の匂いがしたんです」
「私は苦手だったけど、でもAは私の前では絶対に吸わなかったし、いいかなって」
「そのうち、Aはよく私を怪しい場所に連れて行こうとしました」
「……行ったのか?」
「いや、行かなかったですよ。でも一か月たったころ、彼の誘いをいつも通り断ると、急に殴られたんです」
「顔のあたりに。口の中が切れて痛かった。私はもうこの人だめだなって思った」
「痛かったな、それは」
「本当に。でもAは必死に謝ってきました。きみのこと大好きだから。きみを愛してる。いなきゃ生きていけない」
「レトリックを並べ立てて私をだまそうとした」
「それでまんまと騙されてやったわけか」
「正解です。よく飲食店の店員さんに怒号を浴びせたり、Aの家でふるまった私の料理を些細なことで皿ごと私にぶつけてきました」
「……」
「傷は増えましたけど、それでも彼は決して別れようとはしなかった。でも、私もなんとなくわかっていました」
「彼は独りになりたくなかったんだと思います。誰かに見放されることに恐怖を覚えていて、それゆえに孤独にならないように努める」
「たまに吐き出してしまうときもあるけれど、そういう人なんだと気づいたときには、私はもうボロボロでした」
「親は、私を見放しました。なにせ姉も兄も超のつく進学校で、親は塾や予備校のお金を払うのに必死でしたから」
「私は独りぼっちになりました。そして、Aがヤンキーのたまり場にいたとき、ついに壊れました」
「何が起きたんだ?」
「……彼に別れを告げました。もう一生会わないと。傷はいたるところにでき、慢性的な頭痛と不眠に悩まされた私は、限界だった」
「彼はわめき散らした。『君がいなきゃ生きていけない。死んでしまう。だから別れないでくれ。一緒に居てくれ』そう言っていた。私は無視した」
「そして一週間後、Aは亡くなりました。バイクに乗って崖から飛び降りたそうです」
「私の中には何も残らなかった。ただただ虚無感の中に浮遊して、私は生きているのか死んでいるのかわからなくなりました」
「どうでしょうか。泣かずに言えたこと、褒めてもらえますか?」
「……ああ、えらいな」
「だから私は、もう絶対に人を信じることができない。誰かを信じたり、期待すれば、絶対に後悔するとわかっているから」
「そうかもしれないな」
「私は、先輩のプレーを見るのが好きです」
「そりゃありがたい」
「穢れを知らない純粋な瞳でコートを見据えたり、誰よりも個人練している先輩が、かっこいいなって思います」
「なんか照れるよ」
「でも、……」
「私は好きになれない、だろ?」
「……」
「ならいいよ。それで。今はまだ傷が癒えてないんだから」
「……そうですね」
「じゃ、そろそろ戻るかね。練習に」
「休憩中に失礼しました」
「いいよ、別に。じゃな」
「……先輩」
「ん? なんだよ」
「先輩って、意外と冷たいんですね」
「そうか? ごめんな」
「……」
「………せんぱい」
「どうして、……んっ、うっ…ひっく……ん……」
「う、ううっ……」
「…っ!? せんぱ」
「いいか、よく聞け」
「…んっ、…先輩? 私泣いてませんよ。迷惑かけないし、全然傷ついてもな」
「もう何も言わなくていいから」
「~~!! くるっしっ……」
「もう、いいんだぞ。だれもお前を見放したりなんかしないから。だから、ちゃんと困ったときは、つらい時は言わなきゃダメなんだ」
「……」
「もう頑張らなくていい。強がるのはやめろ。正直な気持ちぶつけなきゃ、相手には伝わらねぇんだから」
「せん……ぱい……?」
「俺は、お前が思うほどやさしくない。たぶんお前を傷つける。こういうことはよくわかんないから…。だけど、お前が悲しんでるのは、あんまみたくねぇ」
「もう、泣くな」
「ふっ……ううっ……」
「なんでそういうともっとなくんだよ。しっかりしろ!」
「ん……わかった」
「はいはい、もういいよ。今のうち泣いとけ。今日はおごってやる」
「ラーメン」
「わーったから。あんな、一応先輩だって……ってええ!?」
「スー、スー……」
「ね、寝やがった……」