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地学室のノート

【ことのは100】10. ノート
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地学室、置き去りにされたノート。
そこには、絵が描かれていた。

そのキャンパスのノートの存在を知ったのは、初めて地学の授業があった2年の春。
たまたま机の中に手を入れたら、ノートが置いてあったのだ。
興味本位でのぞくと、そこには多くの絵が描かれていた。
りんごの絵、人の後ろ姿、地球儀、地学室から見える風景……。
すべてが洗練されていた。
そして、ある一つの絵に目が留まった。
しわが丁寧に書かれた、大きく温かみのある手のスケッチ。
私は涙がこぼれた。
先日、急に祖母が亡くなった。
雪かきの最中転落した、という話を父から聞いた。
父子家庭で育った私に家事を教えてくれたのは祖母だった。
祖母にりんごの皮むきを教えられ、魚の焼き方を教えられ、
服のたたみ方、窓掃除の仕方など、すべて教わった。
そして私が誕生日になれば、刺繍を施したハンカチをくれるのだ。
繊細に縫っていくそのぬくもりのある手。
その光景を思い出して、思わず泣いてしまった。
「……おばあちゃん」
 どうしても、伝えたい。
おばあちゃんのもとで教わって嬉しかった。
そのことを改めて感じさせてくれたこの絵に、描き手に。
だから私は、その手のスケッチの横にシャープペンシルでこう書いた。

はじめまして。
とっても素敵な絵ですね。おばあちゃんの手みたいで、泣いてしまいました。
これからも頑張ってください。楽しみに待っています。

本当に待つつもりではなかった。
でもいずれこのノートの主が有名な画家になって、
私がほんの少しの気まぐれでその画家の個展に行って、
お互いを知らないまま、でもどこかつながっているような。
そんな関係でいたいと思った。

そして次の週、地学室の机に座り、机の中を見るとあのノートがあった。
開くと、丁寧な字でこう書かれていた。

そんな風に言ってくれてうれしいです。
中々こんな絵を見せる人はいないから、もしよければ見てコメントしてもらえますか?

私はふふ、と微笑んでしまった。
この絵の主は、この字の主は、このノートの主は、いったいどんな人なのだろう。
そんな想像が膨らむ。

きっと、優しい人であるのには違いないのだろう。