2017年「枝野立て」から2年数ヶ月 立憲民主党への思い——政治クラスタは語る

2017年は、民進党解体、小池百合子東京都知事の希望の党への合流、そして4野党の共闘崩壊へ、怒濤の一年だった。
「そのとき感じた怒り、悲しみ、絶望と不信感はいまも消えていない」とレジストさんは語る。
そして「枝野立て」からの、ちょっとしたドラマを見ているかのような立憲民主党の結党劇。
民進党時代とは違って、すっきりした感じで始動した立憲民主党だったが、「やっぱりというか、オイオイ(汗)と思うようなことが出始めました」(レジスト)。
多くの人の期待を集めた結党劇を経て、いま立憲民主党が抱える課題とは何か、若い政治クラスタは何を思うのか、語っていただいた。


三宅 雪子(みやけ ゆきこ)
1965年3月5日、米国ワシントン生まれ。玉川学園女子短期大学、共立女子大学を卒業後、民放テレビ局に21年間勤務。元衆議院議員。父は三宅和助元シンガポール大使、祖父は石田博英元官房長官。著書に『福祉と私 ~「支えあう社会」を国政の場から~』

■レジスト∀@yatoukyoutou555
この世の不条理や腐った政治にNOを突きつけたいし、住みやすい日本にしたいから声をあげます。ブラック企業いらない。普段はのほほんとしてますが、毒も吐きます。

「民進党最後の代表選挙が行われた際、私は枝野幸男氏の応援にまわりました」(レジスト) 

三宅 レジストさん、こんにちは。レジストさんは、長く政治に関心が深く、そして詳しい若い政治クラスタです。

レジスト どうも、レジストです。以前は仲間達と共同で使うアカウントで野党共闘を応援する会と名乗ってました。今回は、立憲民主党結党前から今日に至るまでという事で、三宅さんと対談する機会をいただき感謝しています。かなり感情的な言い方があるのは大目に見てください。よろしくお願いします。

三宅 レジストさんとはおつきあいが長くなりました。その間、私もレジストさんも政治に向き合う中で色々考えましたね。特に2017年。

レジスト 立憲民主党が結党される少し前から始めますが、民進党最後の代表選挙が行われた際、私は枝野幸男氏の応援にまわりました。理由は単純。前原誠司氏では反共意識が強く、野党共闘が壊されると危惧したからで、さほど枝野氏に期待を持っていたわけではありませんでした。でも意外と(失礼)枝野氏の演説内容が良かったので、気持ちよく応援できました(笑)。
なぜか、枝野氏には我々のアカウントをフォロー返ししてくれ、こんな面倒くさいアカウントをまだフォロー解除せずにいてくれてまして、心の広い方だなと。もしくはミュートされてるだけかもしれませんが(笑)。

三宅 枝野さんのフォロワーは少ないのでそれは貴重ですね。

レジスト さて話を戻します。我々の危惧は民進党解体、小池百合子東京都知事の希望の党への合流、4野党の共闘崩壊という最悪の形で当たってしまい、議員や政党に対しての不信感、応援してきたリベラル派の民進党議員たちへの怒り、悲しみ、色んなものが合わさり絶望でいっぱいでしたよ。その時の絶望と不信感は時を経た今も、消えておりません。常に信用して良いものかと疑心暗鬼になります。
これはもう共産党と社民党を必死で応援するしかないなと、仲間と腹を括り動こうとしたその時、「枝野立て」からの立憲民主党の結党劇です。最初は意味わかりませんでしたよ(笑)。
いやあなた達、議員総会で希望の党に行くことを全会一致で決めたのでは? 排除されたとは言え、今更なんで? だったら、なんで総会で反対して離党してくれなかったのかと。
ですので、国民民主党の議員達が立憲民主党を見て、「一緒に合流するって約束だったのに、なんであいつらだけ持て囃されるの」と怒るのもわかる気もします、ほんの少しだけね。ちょっとしたドラマ見てるかのような結党劇を見て、前々回の参院選で投票した立憲民主党の江崎孝参議院議員の活躍に嬉しさを感じつつ、でも不信感も抱えつつ立憲民主党も応援しましたよ。比例は共産党に入れましたけど。
だって共産党のおかげで野党候補の一本化も大部分の選挙区でできましたし、普通、立憲民主党の選挙区に共産党が候補者立ててもおかしくなかったわけですからね。4野党の合意を事前通告もなく破棄されたわけですし、その共産党の心意気へのリスペクトですよ。
衆院選が終って、立憲民主党は民進党時代とは違ってすっきりした感じで始動してて、それはそれで嬉しく思ってたのですが、やっぱりというか、オイオイ(汗)と思うようなことが出始めました。

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三宅雪子プロフィール 1965年3月5日、米国ワシントン生まれ。玉川学園女子短期大学、共立女子大学を卒業後、民放テレビ局に21年間勤務。元衆議院議員。父は三宅和助元シンガポール大使、祖父は石田博英元官房長官。著書に『福祉と私 ~「支えあう社会」を国政の場から~』
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