エルドラド

1.

 これを見ているだけでなんとなく心が癒される。心の健康が回復してゆく。なんてなものが誰にでもあるのじゃないだろうか。

 私の場合、そうした癒しを与えてくれるものとしてまず真っ先に思い浮かぶのが、冬場の野球場だ。それもプロ野球の興行が平素から行われているような立派な野球場を見るのがよい。

 冬場の野球場。寒風吹きすさぶ中、ゲームが開催されることもなく、誰からも省みられることなく、ただただそこに存在している。

 野球というスポーツは無闇矢鱈にフィールドがでかいから畢竟、野球場も馬鹿みたようにでかくなる。そんな馬鹿でかいものがおよそ半年の間、誰にも省みられることなく無為無策な感じでそこに存在している。春が来て再びシーズンが始まるのをただただ待っていてすごく邪魔だ。

 しかしこの無為なままそこに存在している邪魔な感じ、これがたまらなく私の心に癒しを与える。

 無芸大食の役立たず。無駄飯喰らいの穀潰し。無能。馬鹿。低能。

 小供の頃から今に至るまで、そんな風にして「居るだけ無駄」みたいに云われ続けてきた私のようなばか者でも、生きていていいのかも知れない、と、眺めているうちにそう思わせてくれるのが冬場の野球場だ。あんな風になんの役に立っていなくっても世の中に幅を取って存在しているものがあるのだから、こんな無能な僕でもまだ生きていていいのかも知れない。なんて思って伽藍とした野球場を見上げる。心が癒される。心が慰撫される。

 しかし最近では冬場の野球場を見ても慰撫されないケースが見られるようになってきた。

 たといば東京ドームなんかだと野球場としての利用に限らず、各種のイベントにも利用される複合施設だから、冬場に見てもぜんぜん心が慰撫されない。

 しかしこれからの時代はこういうクロスオーバーな施設が当たり前になっていくから、そうなるとどんどん冬場の野球場のような無駄な施設がなくなって、従って、私の心に与えられる癒しも少なくなっていく。いやだなあ。世知辛いなあ。


2.

 同様にして、土日祝日の官庁街の近辺というのも私は大好きだ。皇居の桜田門から霞が関、虎ノ門を通って神谷町まで、ぐらいの道程。

 平日はスーツ姿の立派な人々が大勢、早足で行き交うこれら官庁街も、土日祝日となれば人気が無くなり車通りも少なくひどく深閑としてしまう。ここもまた冬場の野球場と同様、いまは誰からも顧みられることなく無為に存在している場所、として私の心に癒しを与えてくれる。無能者の自分でも生きていていいんだ、と思わせてくれる。荒んだ心が回復してゆく。

 そうして桜田通りをぶらぶらと、気の向くままに脇道に入ったり入らなかったりしながらのろのろと歩を進め、それに飽きたら愛宕山、やはり土日なのにてんで来場者が居らず、だのに無闇に内容が充実しているNHK放送博物館を素見したりしてぼんやり過ごす。そういや神谷町駅のすぐそばにあった小学校は何年か前に無くなったよ。あんなに大きかった結婚式場の虎ノ門パストラルも疾うにない。

 なんてなことをして永らく私は折角の休日を無為無策に浪費してきた。無能者に相応しい無為な場所を訪れては、同病相憐れむような気持ちをひとり勝手に抱いてはそこを眺め、ひとり勝手に癒されていた。

 しかし時代の波は無駄を排除する方向に流れていく。

 あの辺の地域にも土日に人を呼ぼう。土日祝日にこれだけの都市をあすばせておくのは無駄だ。という発想から、虎ノ門ヒルズ。なんていう立派な商業施設が出来上がってしまい、これが為に、いま、土日の官庁街に人が集まり始めているのだ!

 思えばこの十年ほどの間に、日本橋周辺や東京駅の周辺が再開発され、それが為に、これらの地域が急速な変貌を遂げてしまった。

 平日だけが賑わい土日は深閑としていたはずの街に、土日祝日を目掛けてあすびに来る人々、というものが現れるようになった。そうしてそれらの街は平日と休日によって二つの顔を綺麗に使い分ける無駄の無い場所になってしまった。いつなんどきでも人々の役に立つ真っ当な場所になってしまった。


3.

 こうして世の中からどんどんと無駄が排除されていく。無為無策なものは徹底的に、あるいはテッテ的に悪と見做され排除されていく。無駄なところを見つけては、まるで害虫を駆除するようにその無駄を省いていく。それがいまの世の中だ。午後の仕事を効率良くこなす為に、社員に対して昼休みに昼寝を取ることまで強要するのがいまの世の中だ。怠惰の極みであるはずの昼寝までもが効率で語られる素敵な世の中だ。ばっかじゃなかろか。

 嗚呼。私のような無能者にとってはどんどんと世の中が生き難くなっていく。どんどんと息苦しくなっていく。何やら、生きているだけで世の中からダメと烙印を押されるようなそんな心持ちになる。

 駄目な感じで生きていたい。もののついでみたいにだらだら生活していたい。非効率に生きたい。無駄なことだけをやって一生を終えたい。

 しかしそれが無理なのだとしたら、せめてそういう冬場の野球場的な、なんかそういう場所を確保しておきたい。

 嗚呼。どこかにそういう思いを存分に満たしてくれる施設とか無いものか知らん。そういうテーマパークとか誰か作らないか知らん。新横浜ラーメン博物館的な感じで、見終わった後に「なんなんだよこれ」って云いたくなるような無駄なものばかりが集まっているような、そういう施設を誰か作ってくれないかな。あーあ、私が富豪だったらすぐにでもそういう馬鹿みたいなテーマパークを造るんだがなあ。いかんせん私は富豪じゃないからなあ。残念だなあ。(了)

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 折角書いたんで投げ銭と致しますね。よければよろしくしてください。

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