獲らぬ狸が皮算用

 大変なことが僕の身に起ころうとしている。

 あとひと月半の後には僕は億万長者になっている。億万長者になってしまっている。

 宝籤というものを買った。これは一枚三百円で販売されている番号札で、後日、然る可き人物により厳正なる抽選が行われ当選番号が確定、該当する番号札を購入した人は見事当選ということになり、何らの努力をすることなく莫大な金銭が貰えるというものだ。

 僕が購入した籤はサマージャンボという種類のものだ。自らジャンボと宣うくらいだからこの籤は当選金額も大きく、一等前後賞という、いわゆる連勝複式で当たった場合には合計で六億円も貰えるという剛毅な内容だ。

 無論これは籤だから番号札を買えば自動的に億の金が貰えるというわけではない。天運に味方されなければ当選は覚束ない。だけども僕なんかはわりと運の良いほうだから(さっきもコンビニに買い物に出たら家に戻った途端に雨が降り出したし!)きっと当選すると思う。まあまず間違いなく億の金が転がり込んでくると思う。

 しかしそうなると大変だ。正規の手続きによって手に入れた金とはいえ、傍目には泡銭としか映らぬだろう。もしもこのことが天下の知るところとなったらマジ大変、一瞬のうちに人々からの嫉み嫉みやっかみに呵まれることとなる。

 そうしてまた、宝籤の高額当選の話題にはとかくよくない話がついて回る。

 曰く、当選の報知を誰にもしていないのに、すぐさま寄付の勧誘が来た。曰く、何年も音信不通だった親戚から突如として連絡が来た。曰く、何故だか近所中が当選の事実を知っていて噂になっている。みたいな、そういうよくない話をふんだんに耳にする。

 加えて個人情報漏洩の話題が囂しい昨今だ。仮に、銀行なり宝籤協会なりの人々の中に、待遇に不満を持っている派遣社員なんかがいたら完全にアウト。その人が僕の当選という個人情報をUSBメモリにコピー、しこうして後、これを持ち出して名簿業者に二束三文で売り飛ばしたりするに決まっている。

 そうして僕の当選の事実は天下の知るところとなる。そうなるとご近所の皆さんの見る目はすぐに変わってきてしまうことだろう。

 暖かいご近所付き合いは急速に失われ、代わりに泡銭を獲得した不埒な奴。と色眼鏡で見られる冷たい関係が構築される。俄分限め。なんて聞こえよがしの陰口を云われて回覧板を回してもらえなくなったりする。仕舞いには村八分にされて夜逃げ同然の塩梅で街を出て行かねばならなくなる。

 これは困る。それあ僕だって人間だからお金は欲しい。億の金があればあとは日永あすんで暮らす。だが、それとて普段の暮らし向きが安寧でなければ意味がない。人々の嫉み嫉みやっかみに晒され、針の筵に座るが如き状況に陥ってまで億の金など欲しくはない。

 しかしながら僕が宝籤に当選してしまう以上、こうしたマイナスに見舞われるのは致し方がないことなのだ。針の筵に座らされるのは必定なのだ。

 ……嗚呼! こんなことなら宝籤など買うのじゃなかった! 

 僕は思う。いまある暖かいご近所付き合いを失うのは嫌だ。人々の嫉み嫉みやっかみに呵まれ、それから身を隠すように、まるで日陰者のように人目を避けて暮らしていかねばならないなんて! そんな思いまでしておくの金なんか欲しくはない! 断固欲しくない!

 僕は決めた。僕は敢然と決意した。

 もう宝籤なんか要らない。当選が決まらぬ今のうちから当選の権利を放棄することに決めた。いまある安寧な暮らしを破壊してまで億の金など欲しくはない。

 そういうわけだから僕は、買ってきたばかりの宝籤をライターで燃やして灰にした。僕は普段煙草を吸わないからライターの購入代金の百円(税別)が余計にかかってしまったがそんなことを気にしている場合ではない。これで僕が当選する気遣いはなくなった。

 僕はいま、嘗て宝籤だった燃え滓を万感の思いで見つめている。億の金の誘惑に負けず、いまある普段の暮らしを守り抜いた。何でもないようなことが幸せだったと思ってそのように采配した。

 これだけ立派なことを成し遂げたんだからきっとまた良いことがあると思う。ぐんぐんに天運が向いてくると思う。宝籤の一等ぐらいなら当たるんじゃないかな。折角だからあとで買ってこよう宝籤。(了)

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 すごく面白い(当社比)僕のホームページ(ザ・ガーベージ・コレクションV3.0以降)をよろしくネ。

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