思考の棚ざらえ・7
相変わらずいろんなことを考えています。が、やはり考えているばかりで何らの行動もしませんから考えが頭ン中に溜まっていくばかりでとても困ります。このままでは困るあまり死ぬかもしれません。とはいえまあ、人なんてみんないつか死ぬものと相場は決まってるんですけどね。
閑話休題。
NHKのテレビニュースなどでも、今般の広島の土砂災害でお亡くなりになられた方の、お葬式の模様をずいぶん長い時間を割いて放映しているけれども、そんなのニュースでは見たくないよなあ。事故の報道とは本質的問題が別だものなあお葬式の話は。お葬式みたいな個人にフォーカスするような話題はワイドショウでやるべきもんだよなあ。
閑話休題。
しかしそうは云ってもNHKはBSでモンティ・パイソン復活ライブの模様を2週に分けてもなお放映してくれるからえらいと思う。
閑話休題。
横浜ベイスターズを応援してもう三十年になるけれどもベイスターズのことをDeNAと呼ぶことにはまだ抵抗がある。球団名に企業名が入っていないことからくる風通しのよさを二十年にもわたって存分に味わってしまったからね。けれどもDeNAは球団の運営としたら相当に頑張っていてまったく好感が持てる。TBSはひどかった。でもやっぱり応援しているのはDeNA、とは云えずベイスターズと云ってしまう。中畑清が監督なのはやっぱり観ていて落ち着かない。昭和の強大だった頃の巨人の真ん中にいた人だしなあ、なんて、いまだに他所者が監督をやってるように思って見てしまう。けれども中畑清はまことによくやっている。あの腐りきったチームを引き受けただけでも立派なのに、どれほど負けが込んでも明るさを失わず前向きで居るのは観ていて頭が下がる。とまあなんてんですか、世の中にはマジで「愛憎相半ばする」ということがあるのだなあ、と改めて知った今日この頃のラッコの毛です。
閑話休題。
まあ実際は「憎」というほどイヤじゃいないけどネ。いちばん好きな選手だった進藤がコーチでチームに復帰したし。
閑話休題。
やっぱしあれですかね、松尾芭蕉みたいな人が現代に居たら、今年の夏のような激烈な季節を目の当たりにしたとしても、やっぱりなんかこう、按排の良い句を詠んだりするんですかね。
閑話休題。
選挙権を放棄する代わりに税金をいくらか負けてくれる。なんて制度が実施されたら大変なことになると思った。
閑話休題。
歳をとったらまず、程の良いところで死ぬことを考えましょう。それが我が党の方針です。なんてな政党があったら僕は断然投票したいと思う。
閑話休題。
中高生のスマホ依存、なんてな話題がいまや当たり前に聞かれるようになったけれども、そらまあそうだろうなあと思う。だって、昔だってみんな狂ったようにインベーダーやファミコンであすんでたでしょうよ。あれがスマホになったというだけのことで、簡単に云やぁガキに新奇で面白いものを渡せばそりゃあ寝食を忘れて熱中するわいね。インベーダーやファミコンなんていまから見ればよちよち歩きの幼児程度の機能しかなかったけれども、それだってあれだけの大ブームを巻き起こしたんだもの、それらと比べてほぼ万能といっていいスマホにハマらないわけがないものネ。
閑話休題。
テクノロジーの進化は云ってしまえば自然現象と同じで誰かの意思によって意識的にどうにか出来るもんじゃないと思う。これが流行ならば秋元康みたいな並外れた商売人であれば操れるんだろうけど。
閑話休題。
大人AKBのことは江口愛実のことと並んで忘れてはいけないことなのだと僕は思う。まあ憶えておいたところでなんの得もないけど。
閑話休題。
たといばいまの中学生に、かつて我々が如何にエロ本を買いに行くときにどきどきしたか、を正しく説明するにはどう話したらいいのだろうねぇ。恋愛のどきどき感とは明らかに違うしねぇ。
閑話休題。
たといばこの「二四時間マラソンを観て毎年泣いています」なんてなことを口にしてしまったが最後、以降、その人のあらゆる発言は説得力を失うのじゃないか知らん。二十四時間マラソン見て泣いてるような奴が勧める映画なんか面白いわけないもの、みたいな感じで思われちゃうよねたぶん。
閑話休題。
だめよぅダメダメ。の人たち、一発で終わらないで欲しいよね面白いから。世の中に浸透するキャッチーなフレーズを持つのって、こと笑いに関しては諸刃の刃になりがちだものね。
閑話休題。
ではまたそんなことで。お目穢しにてどうもすんずれいしました。
僕のホームページ(ザ・ガーベージ・コレクションV3.0以降)もよろしくどうぞ。いまどきこんなことをやってるという物珍しさだけでも飽きずに見られるページと思いますよ。
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