1.21ジゴワットの未来

 気がつけば西暦二〇一四年も半分がところを過ぎようとしている。

 時の速きこと風の如し。この分ではあと一年もしないうちに間違いなく西暦二〇一五年が到来しているだろう。

 そうなると大変だ。二〇一五年といえば十月に、一九八五年の世界からマーティ・マクフライがタイムマシンのデロリアン号に乗って時間旅行してやってきてしまうのだから!

 とまあそれは映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART2』の中の話であって、こんなことを真剣に語っていたら、頭の良い人々から、中学や高校のころに偏差値が六十とかあったような人々からきっと、はは。阿呆なことを云っとるよ。これだから偏差値の低いやつは駄目だね。と定めて侮られることだろう。そうだ俺ァ偏差値三十六だ文句があるならかかってこい。

 が、たとい侮られたとて構わない、というくらいに『バック・トゥ・ザ・フューチャー(以下、BTTF)』シリーズは面白かった。公開時にリアルタイムで鑑賞した世代にとっては、まさに記憶に楔を打ち込まれるような面白い体験であった。

 さて、BTTFの一作目にこんな場面がある。

 一九八五年の世界から一九五五年の世界へと図らずもタイムスリップを果たしてしまったマーティ。そこで、八五年の世界でタイムマシンを発明することになるドクという科学者の元を訪れる。ドクに誰何されたマーティ「自分はあなたが発明したタイムマシンで時間を遡行してきたのだ」と説明するがドクは信じない。

 しかしマーティはしつこく食い下がる。五月蝿くなったドクが「ならば八五年の大統領は誰だ」と尋ねると、マーティは即座に"ロナルド・レーガン"と答える。

 するとドクはそら見たことか! とばかりに、

 「俳優の? それじゃあ副大統領はジェリー・ルイスか? ファーストレディはジェーン・ワイマンか?」

 と、当時の有名コメディアンや女優の名前を挙げて嘲るように云ってのける。当時のレーガンといえば新進の二枚目映画俳優でしかなかったからね。

 BTTFを観返し、この場面を観直すたびに「ううむ。時代が変わるというのはこういうことだよなあ。前の時代には信じられないようなことが、常識として罷り通るものだよなあ」という思いに駆られる。

 BTTFのように三十年も遡らなくとも、仮に現在から、そうさなあ、二十一世紀になったばかりの二〇〇一年に遡り、当時の人々に二〇一四年六月現在の事実を話して聞かせたとしても、まったく信じてはもらえまい。

 「よろしいですか。よろしいですか。よく聞いてください。私はタイムマシンに乗っていまから十三年後、つまりあ二〇一四年の世界から時を遡ってやって参りました。いまから、二〇一四年の世界の現実を皆様に話して聞かせて差し上げます。

 まず、サッカーのワールドカップがブラジルで開催され、NHKの応援公式ソングを椎名林檎が歌唱します。そうです。あのメンヘラ系トップに君臨しているような椎名林檎がNHKの公式応援ソングを、です。信じられないかもしれませんがこれは二〇一四年の真実なのです。

 それから二〇二〇年には東京でオリンピックが開催されます。まじでやるんです。その開催決定のプレゼンテーションで、滝川クリステルというハーフの女性が大活躍します。彼女がプレゼンの場で云った”お・も・て・な・し”、なんて言葉が流行語になります。は? 滝川クリステルというのはいま、つまり二〇〇一年ですと、フジテレビの番組にアナウンサーとして出演している人です。そうです、平たく云えば女子アナです。へ? テレビ局所属の女子アナがなんでオリンピックのプレゼンに出るのかって? いや、ですからそれに至るまではいろいろあって……。

 それから日本でいちばん有名なドラマ脚本家に宮藤官九郎がなります。ご存知ありませんか? 『木更津キャッツアイ』を書いた……あ、あれは二〇〇二年か。だったら『池袋ウェストゲートパーク』とか『ロケットボーイ』とか書いてる人です。そうですそうです。大人計画の人です。その宮藤官九郎が『あまちゃん』という朝ドラを書いて一大ブームを起こして、紅白歌合戦をびっちりジャックします。大人計画の人が朝ドラや紅白を席巻します。

 いま大人気のモー娘。は三年後には見る影もないほどに凋落します。まじです。後に矢口真里は結婚後に間男を自宅に引っ張り込んで一騒動を起こします。いま中学生の年齢で加護ちゃんはやがて喫煙や年長者との不倫がバレて大変なことになります。辻ちゃんは若くして結婚、出産の後にまるで子育てをネットで報告するのが仕事みたいになります。なっちは人の歌詞をパクって怒られます。

 モー娘。と入れ替わるようにAKB48というのが出てきます。これを指揮するのは秋元康です。そうですおニャン子の人です。CDにメンバーとの握手券をつけて売り込むような手段でアイドル業界と音楽業界の在り方をいろんな意味で変えちゃいます。しかもそのAKBの本拠地は秋葉原です。秋葉原にAKBの劇場ができてそこで毎日ライブが開催されるんです。は? わけわかりませんか? 二〇一四年の秋葉原は最早電気街ではなくなりアイドルとオタクの街に変貌しているのですよ。

 テレビの中の王位に就くのは有吉弘行と大久保佳代子です。そうですそうです、有吉ってのは猿岩石の猿のほうの人です。二〇〇一年現在だと”あの人はいま”的な扱いを受けている人です。二〇〇七年ぐらいに毒舌キャラで復活を果たして、それから時を置かずに冠番組を幾つも持つようになります。大久保佳代子ってのはあれです、オアシズで光浦の相方の人です。二〇〇一年現在だと、OLをやりながら『めちゃイケ』に出てるパッとしない感じの人です。あの人が朝から晩までテレビに出まくるようになります。信じられないかもしれませんがこれはまじなんですって。

 他にも色々変わりますよ。

 日本を代表する俳優の一人にピエール滝が数えられるようになります。そうです電気グルーヴの顔のでかいほうの人です。数多の映画賞を独占して大河ドラマに当たり前に出るようになります。

 島田紳助は黒い交際がスッパ抜かれて突如として芸能界から引退します。絶頂期でしたのに。

 『笑っていいとも!』は二〇一四年の春に終わります。まじです。タモリがいないお昼がやって来るんです。

 松井秀喜はアメリカに行ってそこで現役を終えます。イチローはまだ現役でヤンキースに居ます。松坂大輔はアメリカでさんざ苦労します。大魔神佐々木は榎本加奈子と再婚します。全部まじです」

 こうして並べてみるとやはり、どれも二〇〇一年には想像もつかなかったことばかりだと改めて思う。こんなことを二〇〇一年に話していたならば、人々から不審がられて警察などに通報されて逮捕、取り調べの後に瘋癲院に強制収容されたりするに違いない。

 まったくもって時の流れ、時代の変遷というのは面白いものである。

 こういう視点から考えてもBTTFは面白いんだよ。という話を二〇〇一年に産まれ、二〇一四年のいまJCとしてブイブイいわせている再従姉妹のかずちゃんに話して聞かせたところ、そんなに面白いんならそのBTTFとやらを観してみろ、と要求されたから、これに、とDVDボックスセットを提出したら「ブルーレイじゃないとかありえない」と冷然と云い放たれてとても哀しかった。僕はブルーレイのプレイヤーを持っていない。とても哀しい二〇一四年の現実。どうして時代はこうなった。(了)


※投げ銭でございます。これより先にはもう何もありません。空っぽです。空っケツです。ケツの毛まで抜かれました。全身つるつるです。ミュゼいらずです。

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