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小説家

小説に住んでいる。
今住んでいるのは24ページの10行目。
主人公の
「うーん。燃やす?」
というセリフを月4万円で借りている。

少し狭いセリフだが
月4万なら仕方がないと納得するようにしていた。

欲を言えば2行とか小見出しに住みたかったな。

先日会社の飲み会の帰り、
潰れた同僚を送るために他の小説に行った。
帰りの電車が同じだからという理由だけで
先輩に押し付けられてしまった。
同僚は俺と同じ24歳で仕事も出来る。
会社からはエース扱い。
どうやら有名な大学を出てるらしい。
高卒の俺とは大違いだ。
肩を並べながら電車に揺られる中
同僚と自分を比べて少しモヤっとした。

同僚の家が近づくにつれてそのモヤモヤは大きくなっていた。

「ここ凄いな、段落も近いし
  至る所に挿絵がある。
 家賃も高いだろう。
  俺なんて月4万の短いセリフだよ。
 同い年なのに恥ずかしいや」

しまった。ついに言ってしまった。
というか溢れてしまった。
こんなモヤモヤコイツに吐き出したところで

「そうかぁ?学生の頃貯金してたからなぁ~
 お前も頑張ってんだから
  こんなところすぐ住めるよぉ」

ほらきた。分かってたよ。
お前は真面目で良い奴だもんな。

自分の醜い劣等感自体にすら劣等感を感じた。

同僚を家に送り届けて帰路につく。
「えぇ~?上がってかないの?
  ちょっと飲み直そうよ~
 同い年だろ~~??」
と言われたが
同僚の住んでるセリフをチラッと見ると
奥に煌びやかな脚注が見えた。
豪華なセリフだった。
家賃何倍なんだろう。
ダメだ。耐えられない。
半ば強引に同僚を振りほどいて逃げてしまった。

最寄りのコンビニで発泡酒を買って飲んだ。

自分のセリフの前で立ち尽くしてしまった。

もう早く寝てしまいたい気持ちと
こんなセリフに帰るのかという気持ちが交差して
身体をフリーズさせた。

「こんばんは…」
背後からの声に固まっていた身体がやっと動いた。
振り返ると眼鏡の若い青年がいた。

「こんばんは」
少し間の空いた挨拶を返すと
その青年は会釈をして
右隣のセリフに入っていった。

そういえば挨拶とかしてなかったな
引っ越しもバタバタしてたし
すっかり忘れていた。

必要な章と段落だけ確認しただけで
この小説の事を全く知らなかったなぁ。

「どんなセリフ何だろう」
先ほどまでの憂鬱が
ウソのように好奇心に変わっていた。

酒のせいかもしれない。
きっとそうだ。酒のせいだ。
ダメだ。ワクワクして仕方がない。

気付いたら人差し指が隣のセリフのピンポンを押していた。

「先ほどの隣のものですけど。
そういえば挨拶がまだだったなぁと思って(笑)
夜遅くにすいませんね(笑)へへへ(笑)」
今思うとこの時通報しなかった青年は防犯意識がかなり甘い。

鍵括弧を開ける音が聞こえた。
「どうも」
と言いながら先ほどの青年が鍵括弧から顔を覗かせた。

俺は適当な挨拶をしながら隙間からセリフを覗いた。

ちくしょう、1行だけど結構長いセリフだな。

目を凝らしてセリフを読んでいく。

「なぁ、もう肉は溶けたけど骨は時間かかるのかな?どうする?」

挨拶を済ませて自分のセリフに帰る。

自分のセリフを見回し、隣のセリフを振り返る。

だからこの小説家賃安いんだなぁと
妙に納得した。


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