見出し画像

「あの子のむかし話」⑧(こうちゃさん著)

 こうちゃさんからいただいた小説連載の続きとなります。今までの話はこちらからどうぞ。


──────────

 8

「栞おねーさん、ただいま!」
「おかえりー」
「ねえ、これおはなだよ!」
「おはな?」
「これをね、うしろからミツをちゅ~って吸うの」
「えー、ばっちいよ?」
「でもおいしいもん!」
「ふふ。じゃあ」
 栞さんは、花をくわえた。
「ふふふ、ちょうちょさんみたいですな~」
「もう!やらされているんだから」
「え~」
「でも、美味しいね」
「うん!」
 少し空が翳って、太陽は段々茜色に染まってきた。すると栞さんは口を耳元に持ってきて、こそこそと言った。
「美也ちゃん、ねえ」
「なに?」
「今日はぎりぎりまで遊ぼ」
「う~ん!いいの?」
「もちろん」
「やった!」
「えへへ」
 栞さんは、ブランコへと手招いた。わたしはそのとなりに座る。
「ねえ、美也ちゃん」
「な~に?栞さん」
 すると、栞さんは改まったように言った。
「そのね、美也ちゃんに会えて、私、……うれしいな、って」
「……?なんで?」
「ふふっ、なんでって、難しいけどね」
「うーん?」
「でもね、幸せ」
「え〜」
 栞さんは、なんでそう言ったのか、その時はわからなかった。そういうわたしも、なんでか知らないけど、なんだか幸せな気分でいっぱいだった。
 木立が揺れる。さぁーと鳴って横切ると、優しい気持ちになっていた。足下を見ると、こぼれた光がゆらゆらとしている。
「……キレイ」
「ふふ、今度は何が?」
「うん、その、――これっ」
 わたしはそこを指した。
「えっと……、その光、のことかな」
「うん」
「……美也ちゃんは、繊細だね」
「せんさい?」
「うーん……、とっても綺麗な目をしているね、
って意味」
「むーん……」
 わたしには、むずかしい表現ばかりだ。
「ねえ美也ちゃん、木漏れ日って、知ってる?」
「こも?」
「こもれび、って言うの」
「こも、れ……び?」
「そう!」
「なんのことだと思う?」
「むーん、むずかしいです~……」
「ふふ。でも美也ちゃんならわかる」
「う~ん……」
 わたしは必死に頭をひねった。その故に、わたしはこう言った。
「ちょうちょさんのすうミツ?」
「えっ? ……すごいね美也ちゃん」
「せいかい?」
「ううん、はずれだけどね」
「むーん……」
 わたしは残念だった。でも栞さんは、こう言った。
「正解は、その今見ていた光」
「え、そうなの!」
「ふふ、でも私は、美也ちゃんの答えに驚いちゃった」
「そうなの……、ですか?」
「うん」
 栞さんは、肯くばかりであった。
 ひぐらしの声が、どこか遠くに聞こえてきた。夏の夕焼けにそよそよと吹く風がよぎる。どことなく快さを覚える。
 ブランコは、ぎぃ、ぎぃ、とかすかになっている。
「ねえ、栞さん」
「うん?」
「栞さんは、なんでこのブランコにすわっていたの?」
「えっ?」
 何気ない質問だった。そのあと、今日ホントに楽しかった、っていうつもりだった。でも、栞さんはすぐ答えない。
 顔を見ると、少し曇った顔をしていた。
「美也ちゃんは、知りたい?」
「うん? ……なんで?」
 すると、栞さんは困っていた。わたしは慌てて、ごめん、って言った。
「ううん、私がごめんなさい」
「栞さん、今日、楽しくなかったの?」
「ううん!そんなことない!まったく!」
「じゃあ、なんで?」
 やっぱり、聞いてしまった。栞さんは、切なそうに話し始める。
「私、こっちに帰ってきたのはね、しばらく、お暇……、休んでいるからなの」
「休んでいる?」
「うん。美也ちゃんは、アイドルはわかる?」
「うん!いつもテレビとかで、せいいっぱい、キラキラ〜とかがやいている人たちだよね!」
「……うん、……そう」
「……栞さん?」
「そう、だよね」
 わたしは、今言った言葉に反して、暗い表情を見せる栞さんに、どう言えばいいのかわからなかった。
 沈黙があった。何か話そうと迷ううちに、栞さんは話しだした。
「……私、実は、アイドルなの。たぶん、元アイドル、になるかも」
「そ、そうなの!?」
「ええっ?」
 わたしは衝撃を受けた。その瞬間、全てに合点がいくように、栞さんのキレイさに納得してしまった。
「だから、美人さんなんだね!」

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?