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「あの子のむかし話」⑦(こうちゃさん著)

 こうちゃさんからいただいた小説連載の続きとなります。今までの話はこちらからどうぞ。


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 7

「栞さんは、その、こっちのひとなの?」
「うん?」
 わたしは、歩きながら聞いた。
「だって栞さん、キレイな人だもん」
「キレイって、そんな恥ずかしいんだから……」
「むふふ」
 こういう時の顔がキレイなのだ。
「わたしはね、東京からこっちに来てるの。きせいっていうんだって。いまいるばしょがお父さんのじっかなんだって」
「へぇー、じゃあ美也ちゃんは都会っ子かあ」
「とかいっこ?」
「ふふっ、こっちだとね、ご年配の方はすんごい訛っていたりするの」
「え~、じゃあわたしは、えどっこなまりなの?」
「うーん?そうなのかな……」
「こう?エボリューション!」
「ふふふっ、そういうことじゃないよ」
「とうきょうっぽいことじゃないの?」
「うーん……あ、蝶々さんだよ!」
「えっ、あホントだ!おいかけてくる~!」
「もう、いってらっしゃ~い!」
 わたしはちょうちょさんを目一杯追いかけた。

 私は、その背後を見送る。蝶々さんを必死に追いかける姿を見て、あんな子に元気づけられたんだなと思った。
 …………、…………。
「……美也ちゃんは、私なんかより、よっぽどアイドルだなあ」
 私は、なんとなくケータイを手に取る。着信履歴には二件ほど、事務所からの連絡が入っていた。
 ブラウザを開いて、ニュースに目を通す。すると、こんな記事が掲載されていた。

 篠原栞 アイドル引退か
 先月の〇月×日頃、アイドルであり数々の番組にてタレントとして務めてきた篠原栞(21)が、事務所との契約の解消を進めているということが判明した。これについての声明は、今月中旬ほどに当事務所から通達される予定であるが、本人からの言及は依然伝えられていない。人気の最中である彼女が辞退をするという前代未聞の事態に、多くのファンから哀惜の声が挙げられている。――……

「……そうじゃないのに」
 私は、事務所との合意の上でこの件を進めていた。だが、芸能活動としての幅を利かせるようにと、私の担当プロデューサーから伝えられたものだった。それは彼なりの温かさを感じる、誠意ある離別であった。
 でも、この件に声明を出すのは、あまりにも時期が早すぎた。どこからリークされたのだろうか。
 私はこの件が、不安で不安で、仕方がない。私がこれについて何を訴えても、ファンはしっかり聞いてくれて、納得してくれるのだろうか。やはり私は、この仕事に折り合いを付けないといけない頃合いなのだろうか。そんなことを思わずにはいられなかった。
 夏の蝉がうるさいくらい、私の耳に響いてくる。美也ちゃんは、まだ蝶々さんを追っかけまわしている。私は、あんな子が昔、小学校の同級生にいたことを思い出す。あの子みたいになりたくて、私はアイドルを目指したんだっけ。
 私は、それを思い返して、はっと我に返った。

(続く)

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