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お金と向き合ったら不安がなくなった話

退職前のお金への不安が家族を分断した

お金の不安が人を変えると強く思ったのは両親の熟年離婚です。私は27歳の時でした。退職を控えた父が専業主婦で持病持ちの母に働けと迫り、「退職金は俺の金」「家のローンはどうやって払うんだ」私達子供には「大学費用を返せ」と迫りました。今思えば、公務員だった父親は暮らしていけるだけの年金や貯金が十分にあったと思います。学費が負担だったこと、家を無理に買ったこと、ずっと母親に働いてほしいと思っていたことも初耳でした。
退職後の就職活動も彼にとって大きなストレスになっていたかもしれません。当時の私は赤ちゃんが産まれたばかりで、何度も話し合いを持ちましたが、父を改心させるまでにはいたりませんでした。結局、退職半年前に給料を新しい口座へうつし、母を家から追い出してしまいました。私達の学費は、「母親への慰謝料だ」という捨て台詞を吐かれ本当に悲しい気持ちになりました。私はこの出来事をきっかけに、「お金が家族をバラバラにした」「お金に振り回される生活はしたくない」、「お金のせいで心が歪むのは嫌だ」と、何冊もお金に関する本を読みました。まだ株は怖いとか投資信託はやめておけという時代です。また、ライフサイクルシミュレーションで、将来どのくらいのお金が必要になるのか客観的に捉えることができました。老後のどこかの時点で、グラフが赤字になる部分がとても印象的でした。

お金が勝手に増えるなんて信じられない、でも親世代のように家も車も持つのは難しい

もともと私は財布の中身を把握し、計画的に使うタイプでした。親からは、いつも「お年玉は郵便局に貯金をしなさい」と言われて、素直に実践して育ちました。
貯金したお金に利息がつくことは知っていましたが、読んだ本の中に必ずと言って良いほど「お金に働いてもらおう」と書かれていました。「銀行に預けているだけではお金は増えない」「投機ではなく投資」「ドルコスト平均法」など、今は理解ができるのですが、最初は全く興味がわかず、節約方法や、必要のない保険の解約など家計の見直しばかりを参考にしていました。しかし、「親世代のような暮らし方をしていたら破産する」という言葉が妙に忘れられませんでした。
制限ある収入をどこに割り振りするか。両親の時代は妻が専業主婦でも、大体の人は家のローンを組み、車も持っていた。しかし、今の時代給料は右肩上がりではなく、ボーナスも当てにはなりません。ライフシュミレーションを何度も眺め、家を買ったら子供達を大学まで進学させ、老後のお金を蓄えることは難しそうでした。
お金に働いてもらうなんて難しそう。そんなうまい話はあるはずがないと信じていました。

保険会社のセールスマンに薦められた変額保険で運用成績が良かった

第二子が生まれたので学資保険を始めようと保険のセールスマンを家に呼びました。夫が公務員だと知ると共済銀行の利回りが学資保険と変わらないので変額保険を勧めてくれました。「72の法則」を交えながら、運用がマイナスになることもあるが長期運用で、得しているときに解約すればいいと説明を受けました。夫が「理解した」というので、半信半疑ながらも契約しました。1年後「今7万円のプラス運用になっているよ。おろして美味しいものでも食べたら?」なんて連絡をもらった時、初めてお金が増えるということを体感しました。

何のためにいくら貯めるか夫婦でお金と向き合いNISA開始

お金を増やしたい。共済銀行の定期金利が下がったこと、変額保険で運用益があったことをきっかけに、お金を本格的に運用してみようと思いました。私達は奨学金と車のローンがあったため、まずはローンを返済してから300万円を貯めることを目標に、子供の学費と老後資金にいくら必要か、それを実現するために月々いくら積み立てる必要があるのかをノートに書き起こしました。また、家計管理では予算立て、収支報告を毎年行い、貯金結果やお金の使い方を夫婦でよく話をしました。「半年間の生活費があれば、残りは全額投資に回しても問題ありません」という本を参考に、1年の生活費を洗い出しましたが、半年分以外を投資に回す勇気は当時の私にはありませんでした。ちょうどその頃NISA制度が開始されたので、仕組みと運用の勉強を並行してすることができました。節約のためネット環境が家になかったですし、NISAを簡単に説明してくれる人が周りにいなかったため図書館で本を借りては読み、理解するまでに相当時間がかかりました。2017年、我が家は、夫婦で一口座ずつ開設し、一つを3人の子どもの大学費用、一つを老後用に分けることにしました。一年で枠いっぱいの240万円を貯めることは無理なので、3万円ずつという小額で投資信託の積立開始しました。


コロナショック株に手を出し振り回された1年

年に数回チェックすれば良いというスタンスで始めたNISAでしたが、末っ子が幼稚園へ入園し自分の時間が増えたこともあり、ますますお金への興味が増えました。私は毎日株価をチェックし、経済ニュースを見たり、投資の神様バフェットについての本を借りたり、あの分厚い四季報まで読むほどになっていました。パートを始めたため、計画以上の速さでお金が貯まっていきました。普通の主婦だった私の頭の中は投資運用のことでいっぱいになりました。
そこへコロナショックです。下落していく株価の数字が毎日テレビの画面に現れました。毎日株価を見ていたので、それは株のバーゲンセールでした。慎重な私が、満期を迎えた定期貯金の300万円を崩し、S&P500を一ヶ月で100万円購入しました。また、高配当株や割安株をNISAで初めて買いました。その後、株価が上がる経験をしたことで、夫と舞い上がってしまい、今度は知識がほとんどない状態の夫が信用取引を始めました。パートが休みの日は朝からネットを開き、家事も15時まで手につきませんでした。夫も、歩きスマホで株価の確認、会社から「株が下がっている」など電話をかけてくる始末で、「振り回されるのは、もう嫌だ」と、夫は株をすべて売払い、我が家の資産管理は私だけの役目となりました。
マイナスにはなりませんでしたが、株に費やした時間、塩漬けになった株は痛い勉強代となりました。

NISAの出口とこの1年の資産運用。新NISAが待ち遠しい

今年2023年でNISA口座の新規買付が終わります。実はこの一年も、株価に翻弄された生活でした。NISA口座が万口になったため、新NISAが始まる前に現金化すれば良いかなと、特定口座で株を買ったのです。まさにコロナ時の二の舞いです。「8%値上がったら、2倍になったら現金化」などルールを決めたら良いのですが、その8%に届くことが難しいのです。応援したい会社の株を買ったのでコロナバブルの頃よりも精神衛生上は良いのですが、やはり含み益が膨らむと、悲しい気持ちで日々の生活を送ることになります。含み損が大きくなるにつれ、だめな人間だと思考が間違った方へも向かいます。つくづく私は株よりも、投資信託をコツコツ積み立てるほったらかし投資が向いていると気付かされるたのでした。あと数日ですが、新NISAが始まるのが本当に待ち遠しいです。NISAの期限が2023年までではなく永久だったら、私は含み損を抱えても、「プラスになったら売れば良い」とか「配当があるし株価は気にせずにおこう」とおおらかな気持ちで生活できたと思います。

お金と向き合ったからお金への不安はないし家族で幸せな暮らしができる

私は投資を始めてまだ7年ですが、無理のない目標額で積み立をしているので、今後もこの生活を変えなければ老後の不安はありません。必要な金額もこれからの収支も大体把握ができています。一時多くの時間を株式投資に費やしましたが、長い人生で考えれば無駄な時間ではなかったと思います。自分はディトレードをする時間もないし、億り人になれるような資質もない、ただ子供が三人いて夫の扶養内で働いている主婦です。私にピッタリの投資行動は結局、小さな頃少ないお年玉を郵便局の窓口に持っていき、お小遣い帳を書いては数字とにらめっこしてあれこれ何を買おうと考えたり、あれを買うためにはいくら必要か考えたり、あれがほしいから貯金しておこうと節約しながら貯めていくことと同じでした。夫婦でお金と向き合い続けることは、根気もいるし忍耐もいる作業だと感じます。でもそれ以上に、お金を何に使うかが明確になり、家族の幸せのために使うお金が増えることになります。そして、両親のようにお金が原因で熟年離婚することも、子供達に悲しい思いをさせることもないと確信しています。目標金額も目前です。これから教育費もかかりますが、これからはコツコツ新NISAで頑張っていきたいと思います。

#お金について考える


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