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《わたくしごと》五次元視点/何でも在る世界/欲しいものが手に入る世界に突入。

私は今、未だかつて無いほどに重要な場所に立っている。
ここは言葉では、文字では言い表せられない場所であり、言葉が必要ない場所でもある。

一番簡潔に表現するのであれば
ざいの世界』だと思う。

随分とスピリチュアルな話になってしまうけれど・・・
少し前に三次元から四次元に移行している期間があって、そこから五次元に移行している。というか、大方五次元に移行できているような感覚にある。

ずっと勘違いしていたけれど五次元に生きることは、ウキウキでもワクワクでもなくて、絶対的な安心感、確信、むしろそれすら思わないということ。


私たちが無意識に呼吸しているのが五次元の世界観。
呼吸を意識した途端に、鼻呼吸なのか、口呼吸なのか、呼吸の深さや回数が分からなくなり、苦しくなってしまった経験は多くの方があると思う。
人は意識するほどに、混乱したり、力が入ってしまったり、努力が必要になってしまう。


五次元の説明がどうも怪しくなってしまうのは、説明すればするほど嘘っぽくなってしまうから。そして、その話を聴く人の主観・思い込み・概念に委ねることになり、『知らない世界』はすなわち『空想の世界』と認識されてしまう。

本当は『知った時点』で《在る》に変わるのだけど、それを素直に受け容れられるようになるには、自分自身から様々なものを引き算する必要がある。
「引き算」という表現も正確ではなく、ニュアンス。
全部並べて、眺めて、ふーんって思うだけ、が近いかもしれない。


人は、現実に生活に他者に自分自身に【条件】を背負わせている。
そして、上手くいかない現実に【理由という条件】を付けて自分自身を納得させ、【過去の自分にダメという条件】をつけて【こういう考え方をすればきっと大丈夫だという条件】をつけて、また歩き出す。


なぜ、人はそれほどまでに【条件】をつけたがるのか。
それはとても簡単で、言い訳をするため、だろう。

と表現すると、とてもいじわるだけど、真意だと思っている。
人は「思考+行動+プロセス=結果」だと考えている。
【条件】は「思考/行動/プロセス」全てに当てはまる。

何かしらの結果を得るためには【条件】がなければならない、と思っているからだ。

そしてそれを《経験》するために、私たちは人間として生まれている。
ある経験を「良い経験」とするか「悪い経験」とするかはその人自身だ。


ちなみに、五次元の世界には「良い経験」「悪い経験」は存在しない。
すべて「経験」という括りになり、何もジャッジは入らない。
その経験を良い/悪いに分けるのがエゴである。

例えば、私たちがいる世界の多くの人が「人を殴るのはダメな世界」に生きている。だから人を殴ることはダメなことだと皆思っているけれど、「人を殴ることは良いことである世界」にいたら、想像はできないだろうけど、私もあなたも今までに人を殴るということを良いことだとして積極的にしてきたと思う。

そんなことは屁理屈だ、と言われそうだけど、そうなのだ。
だから五次元の世界は言葉で表現するのは難しい。言葉は五次元の世界のものではない、から。


ただ、いくらでも表現はできる。
私の主観になるし、私の語彙力の限りになるけれど。




さて、五次元の世界に立てるようになるとどうなるのか。
多分これが一番知りたいことだと思う。

最初の方に書いたけれど、
ウキウキ!ワクワク!な状態では無い。

ちょっと話がそれるけど、
引き寄せの法則で失敗してしまう方(過去の私も含め)は、ウキウキ!ワクワクで待っていればいいと聞いて、その感情を最初は持っているけれど、そのうち「・・・いつくるの?」「いつまでこうしてればいいの?」という疑念が生まれたり、「いや、ウキウキしていれば叶うんだからウキウキしてなきゃ」と叶えるための条件を付けはじめる。
疑念や条件は『在の世界』と分離する。だから叶わないの。

五次元(在の世界)視点だと《全部在るから得られないという思考が無い》から、ウキウキ!ワクワク!ではなく平常心。ただそれが届いたときに「届いた♡」という喜びはもちろんある。

何かのオンラインストアで品物を注文するとき、注文した瞬間~届く直前まで楽しみはあるけれど、届いた瞬間が一番嬉しいでしょ?
時々注文してたことを忘れることもあるでしょ?
すごく欲しいものほど届くまでの時間が長く感じるでしょ?
でも、届くことは分かっているからちゃんと待てるでしょ?
今夜届くから、とりあえず今日も仕事頑張るかーって感じでしょ?

五次元視点に立って明確に感じてることは、在ること、有ること、届くことが確定しているから不安がないし、焦りもない。過去への後悔、罪悪感もないし、未来への疑念もない。

私は過去に何度か、短時間であるけれど五次元視点に立てたことはある。
そのたびに、
【そうなったら、じゃあ現実はどう変わるのよ】
【何も変わってないじゃん】

という思考が湧いて、次元が戻っていった。


五次元の意識よりもエゴのほうが強力で、私の人生はエゴが主導権を握っていた。でも、今は意識が主導権を握り始めている。

※エゴは決して悪者ではない
※エゴは意識から分離しただけで元々は同一
※エゴを悪者にする=意識を悪者にする
※エゴは悪い=五次元悪い=自分は悪いになる


願望がある、願いがある、叶えたい何かがある。
その核に存在しているのは
不安なく安心して生きたい
だと思う。

私たちは願いの条件に意識を向けすぎて、その条件の本当の理由である「安心感」を忘れがちだ。
五次元視点に立つと、その「安心感」を真っ先に得られる。
だからそれ以前に存在している、願望、願い、叶えたい何かは既に含まれていることになる。

五次元は『在の世界』と私は表現したのは、こういう理由があるから。


ここで、
「では現実にどういうことが起きたのか教えて」
といわれて具体例を挙げるとすれば・・・

1万円がなぜか2万円に増えていたとか、
洗濯済みの子どものズボンからなぜかお金が出てきたとか、
車検代が予想より4万円以上安くなってたとか、そういう感じ。
(あえてお金に関することでまとめましたよ)

でもね、こういうことを聞くと
【そうか!五次元の視点に立つとお金が手に入るんだ!】
と思ってしまって、
【お金の不足】に意識を向けたやり方に走ってしまいがち。
そうすると、【お金の不足】を目の当たりにする現実が起きてくる。
で、叶わないじゃん!と辞めてしまう。

私もそうだったから痛いほどよく分かるんだけど・・・。

理解できなくても、
納得できなくても、
腑に落ちなくても良いから、
この言葉をまずは知って下さい。


在る=有る=無い


人は、言葉でも文字でも形でも何でも、認識できたものは全て意識の中に存在する。
意識の中に存在する(有る)から、無い(少ない、足りない等も)も認識することができる。

意味が分からなくても良いから、
上記の言葉を見て、認識してください。
認識した瞬間から、存在します。

無い=有る=在る、にできるということ。


ご質問、ご相談があればコメントか公式LINE(@840cfzef)にてお問い合わせ下さい。
現在個別でのメッセージのやりとりはお休みしていますが、ご質問があれば匿名でnoteにて回答していきます。

ご質問が集まるようなら、Radiotalkで収録したり、ライブ配信で回答していきます。


現在の私は、全てを個別に対応することができません。
なんというか、枠を作って対応をすることは可能ですが、枠外の対応が難しいのです。
(プライベートにおいても急遽の予定は上手く対応できてません)
というのも、事前準備(心身の準備)が必要だからです。
自分をセットする、というイメージです。音楽で例えるならチューニングです。

現時点では、五次元視点から三次元or四次元視点に自由自在には移動できていないので、自分自分が混乱したり、乱れます。
やっと補助輪を外した自転車に乗れるようになったかも!?という状態です。この状態で私はロードバイクには乗りたくないのです・・・。


ご質問をいただく、お答えする、というアウトプットはnote上でできます。
アウトプットすることで、より一層、五次元視点が馴染むでしょう。
noteは五次元視点でいられるので、私も楽なのです。


最後までお付き合いいただき
ありがとうございました。



miwa



余談。
最後になってやっと、私は五次元から降りてきた文章になったことはお分かりですか?
自転車を乗りこなすまでが、一番大変です笑

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