村に出る

 どこかにいるんだと思った。田んぼと遠くに山々、電柱が並んで、それだけくらいで、でもどこにもいない、ように見えた。どこかにいる、のは、見られている感じがするからだけど、こちらからは見えない。不公平だ。
 唐突だけど、この村には妖怪が出る。と言われている。といっても誰が言ってるのかはわからない。たぶん友達が、小さい時の誰かが言い出して、そういうことなんだと思ったんだと思う。だから妖怪が出るのかどうか知らない。森の中にいるから妖怪を思い出した。
 森の中だからどこかにいそうだ。明るいけどよく見たら暗いとこがいっぱいある。暗いところに隠れられたら全然見つけられない。明るくてもそうなのにもっと無理。でも見つけたらどうする。逮捕? いや、人以外で、そうなると妖怪、になりそう。妖怪は見えるの? 見えなそう。
 帰りたくない。帰り道だけど帰りたくない。帰ってお手伝いはもう嫌だ。なんにもない。ここにはなんにもない。豊かな自然だ。きれいな川だ。電柱だけだ。私は電柱が好きだ。電柱ならテレビにも出てくる。おんなじ電柱がテレビに写る。電柱に感電した郵便屋さんを私と入れ替えてもいい。お葬式で泣いていた。やっぱり迷惑はかけられない。
 日は沈まない。どんなに歩いても、アニメのきれいな背景みたいに動かない。本当にきれいだもんなあ。そこを歩いてるの? これがそれなら笑ってたけど作り笑いだったんだな。苦しい。こんなに苦しんでたのかな。笑顔で。かわいそう。かわいそう。
 バスはもう走ってない。お母さんはバスで学校に通ったって、すごくいい思い出みたいに言うけど、隣の県には新幹線が走ってて、それで通学してるなら自慢だろうけど、バスはもう走ってないし、公園で動かないのしか見たこともない。バス停だけが、わざとなのかお金がないのかなんなのか、まだある。お地蔵さんがいるような屋根がついていて雨宿りできる。今日は晴れだ。雲も見えない、たぶん、森を出たらあるかもしれないけど。木で、いつも湿ってるベンチはひんやりして気持ち悪い。でも座る。帰りたくない。スマホに着信履歴。繋がりたくなんかない。スマホはどこにも繋がってほしくない。アニメも見られない。あんなこと考えたらもう見れない。笑顔で苦しんで。最悪だ。あんなにスタイルもいいのに。
 感電死。かっこいい響き。痛いのかな。痛いよね。痛いのは嫌だ。死にたくない。死にたくないんだよ。誰も死にたくない。なんにもないから。ふわふわしてるから。電気みたいに電線をばーっと走って、それでさようなら、こんにちは大都会。
 大都会って大変そうだ。過労死。過労死ってなんだろう。働きたい。お金がほしい。お金。そうか、お金か。

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