乳児期の姿勢コントロールに見られる変動性:発達、評価、介入における意義(Variability in Postural Control During Infancy: Implications for Development, Assessment, and Intervention)
【要旨】
変動性(variability)は定型的な運動発達の鍵として一般的にみなされている.しかしながら,複数の定義と定量化システムが変動性の臨床的解釈と発達学的研究から評価・介入への移行とを制限している.この見解を示す論文(perspective article)では発達における姿勢コントロールの重要性にハイライトを当て,乳児期や幼い子どもにおける評価と介入についての意義を述べる.運動経験,探索,そして発達全体をサポートする姿勢コントロールに見られる変動性の役割を5つの見解(tenets)から提案する.姿勢コントロールにおける変動性に焦点を当てた評価・介入のエビデンスを紹介する.
【私見】
姿勢コントロールの発達におけるキーワードの1つにvariabilityがあります.ただ,要旨にもあるようにどのような文脈で使っているのか,定義は何か,臨床でどのような現象を指しているのか等,よくわからないことも多くあります.このperspective articleではその辺りの用語の整理が上手く書かれているように思います.ここでは用語の整理とセラピー介入に関する原則を以下に紹介します.
✓用語の整理
・Variability(変動性):日本語で言うバリエーションとほぼ同義と理解しました.
・Behavioral variability(行為の変動性):例えば座ると一口に言っても単座位,長座位,あぐら座位,W座位など様々な形があります.Behavioral variabilityはこの多様性を指しているようです.
・Statistical variability(統計学的な変動性):子どもが座っているとします.COPの偏移を測定してみたとき,その子どもが規則的に前後へ大きくロッキングしているならば,座位の統計学的な変動性は高くなります.逆に,じっと座っているようであれば,その子どもの統計学的な変動性は低くなります.
・Complexity(複雑性):上と同じく子どもが座っているときのCOPの偏移を測定してみるとします.子どもが規則的に繰り返し前後に大きくロッキングしているならば,座位の複雑性は低くなります(統計学的な変動性は高くなりますが).逆に子どもが体節の様々な部分を不規則に使って小さな範囲で座位を保持しているとき,座位の複雑性は高くなります(統計学的な変動性は低くなりますが).
・統計学的な多様性と複雑性との違いは上の図を見るとわかりやすくなります.グラフの縦軸はCOP偏移,横軸は時間としましょう.Aは規則的・周期的なCOP偏移を示していますが,横軸30前後で一度だけ大きな姿勢動揺が見られます.一方Bは不規則的・ランダムなCOP偏移を示しています.姿勢コントロールの質から言えばAとBは全く異なりますが,平均値・標準偏差という意味ではAもBも同じく3.9(±3.0)です.この平均値・標準偏差を表すのがstatistical variability(統計学的な変動性),そして規則性・周期性に着目したのがcomplexity(複雑性)です.
✓セラピーの例
図はセラピーの例です.座位では後方に反り返るお子さんです(A).テーブルを使ったり,おもちゃで興味を惹いたりして前方への重心移動を経験しています(B, C).介入のなかで上手に姿勢を抗重力位に保ちリーチ出来ています(D).このような介入では日本の臨床でもよく見られるものですね.注意点は,あくまでもThのハンドリングは必要最小限であり,子どもの自発的・能動的な動きを最優先させていることです.また,「正常」な座位姿勢を追及しているわけでもありません.その子どもにとって最適な姿勢コントロールの発達に焦点を当てています.
✓姿勢コントロールへの介入原則
1.発達は非線形で子ども一人一人により異なるため,それぞれの子どもは同じ最終地点に向かってわずかずつ異なる経路をたどる可能性がある.
2.小さく・変化のある探索活動は新しい姿勢スキルの獲得にとって必要不可欠な基礎的要素である.この活動は複雑性という変動性の種類の一つでダイナミックな環境内での適応に必要である.多様な運動(複数の戦略)を探索する十分な機会は姿勢コントロールの発達をサポートするのに必要なものである.
3.エラーはこれらの探索と多様な試行とともに起こるものである.ただし,エラーは環境での,または行動上の目標を達成するのにいくらかでも繋がっている限りは価値のあるものである.
4.姿勢コントロールは環境・感覚・知覚・選択的な筋コントロール・その練習の変動性・認知・全体的な健康・そして気質を含む多数の要因から影響を受けうる.
5.姿勢コントロールは主として(反応的とは対照的な)予期的なものであり,環境と連動し,行為システム(操作,注意,移動,活動)をサポートするために用いられる;そのため,介入は乳児が指向する行為に焦点を当てて,セラピーのプランの中に予期的なコントロールが内在しているようにすべきである.
6.姿勢コントロールは全ての行為システムの背景にある.それゆえ,経過のなかで機能的スキルが変化するときに主として焦点を当てられるべきである.
以上です.全体を通じて非常に面白い内容で姿勢コントロールへの理解が一つ深まりました.とくに姿勢コントロールにおけるvariabilityやcomplexityが臨床でどのような現象として見られるのか,新しい視点を持てたように思います.2010年に出た論文ですが,著者のグループはこの後も新しい論文を多数出し続けているので,少しこのテーマに関して追ってみたいと思います.
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