バリエーションと変動性:ヒトの運動発達におけるキーワード(Variation and variability: key words in human motor development)
【要旨】
この論説ではヒトの脳における発達プロセスと定型・非定型な運動発達の土台となる基本原理についてレビューする.神経細胞群選択理論(The Neuronal Group Selection Theory)が理論的な参照枠として用いられる.脳の連結の豊かさが行為の変動性(つまり,多数ある行動上の解決策のレパートリーのうち,ある特異的な状況に最も相応しいものを選び出す能力)の神経的な基礎になっているというエビデンスが蓄積されている.実際,定型的なヒトの運動行為の発達はバリエーションと適応的な変動性の発達によって特徴づけられる.非定型的な運動発達はバリエーションの制限(運動戦略の限られたレパートリー)と状況の特性に従って運動行為を変化させる能力の制限(つまり,変動性の制限)によって特徴づけられる.バリエーション(variation)の制限は皮質の連結性が重要な役割を果たす構造的な異常と関係し,一方,変動性(variability)の制限は実質的に非定型的な運動発達を伴う全ての子どもに見られるものである.発達上の運動障害を伴う,またはリスクのある子どもの診断におけるバリエーションと変動性の考えられる適用について後述する.
【内容・私見】
ヒトの運動発達に関して,遺伝(nature)と環境(nurture)とが共に重要な役割を果たしています.この相互作用は双方向性です.つまり,環境は遺伝の表現型に影響を与え,同時に遺伝は環境がどのように経験されるかに影響を与えます.運動発達のマイルストーン(〇ヶ月で△が出来る)には個体差があり,それは遺伝と環境との相互作用による結果と考えらえます.
上の図は乳児のマイルストーンを示したものです.横棒の長さがバリエーションの幅を示しています.定頸などの早期に獲得される機能よりも独歩などの乳児期後半で獲得が期待される機能の方がバリエーションの幅があります.
この論文では運動発達を神経系から見る理論的枠組みとして,神経細胞群選択説(Neural Group Selection Theory: NGST)を用いています.NGSTに関しては著者が別の文献で詳しく解説しています.
NGSTでは運動発達を2相の変動性(variability)に分けて理解します.第1相の変動性(primary variability)では運動行為は豊富なバリエーションによって特徴づけられます.第1期では行為にバリエーションがあるものの,特定の状況に合わせた行為の調節はありません.一方,第2相の変動性(secondary variability)では運動行為は特異的な状況に合わせて数ある行為のレパートリーの中から最も適切なものを選び出すことによって特徴づけられます.第1相から第2相への移行(transition)は機能特異的な年齢によって起こります.つまり,スキル(吸啜,座位,歩行,グラスプ等)によって移行が起こる時期は異なるということです.ただし,1つの目安として吸啜やリーチング,姿勢コントロール等の基本的な運動機能は18ヶ月ごろに第2相の変動性へ移行することがわかっています.
姿勢コントロールの発達で考えてみます.姿勢コントロールにおける最も基礎的なものは方向特異性です.つまり,前に倒れそうであれば伸筋群が働き,後ろに倒れそうであれば屈筋群が働くというものです.これは生後1ヶ月の定型発達児にも見られるものであり,おそらく生得的なものです.ここから乳児は試行錯誤を繰り返しながらバリエーション豊かな方向特異的な姿勢調節を見せ始めます.これが第1相の変動性に相当するものと考えられます.そして第1相から第2相への移行が起こり,乳児はその状況に合わせて最も適した微細な姿勢コントロールを徐々に示すようになります.
上図は8ヶ月児の座位での活動を記録したものです.下肢が最もわかりやすいですが,リング座位,左右の横座り,長座位と様々な床座位のバリエーションを示しています.そして,それぞれの座位が各場面での行為達成に適った,つまり状況に適したものとして行われています.
次の図は10ヶ月児の座位での活動を記録したものです.最初の図と比べると下肢の肢位にバリエーションが乏しいことがよくわかります.斜め後方から差し出されたおもちゃに手を伸ばすときも下肢は前方で伸展を保ったままになっています.つまり,状況に最も適したものとは言えません.
早期の脳障害により非定型的な発達を示す子どもには2つの課題があります.1つは運動のバリエーションに乏しいことです.脳障害を伴う子どもの運動行為はよりステレオタイプなものとなってしまいます(reduced variation).もう1つは,限られたレパートリーにより,早期の脳障害を伴う子どもは定型発達児に見られる状況に適した課題特異的な運動行為を選択することが難しくなってしまうことです(limited variability).
前者のバリエーションの制限は脳の構造的な障害にもたらされ,皮質間連結の障害が重要な役割を担っています.後者の選択の問題は脳性麻痺を伴う子どもだけでなく,全ての非定型発達児(発達障害を伴う子ども等)に当てはまる問題です.
臨床での子どものセラピーを考えると,子どもの行為をマイルストーン的に追って出来る・出来ないで判断するのではなく,その中にバリエーションはあるのか,状況特異的な姿勢戦略の変更があるのかを評価することが大切です.また,重度な障害を持つ子どもでは自分自身の力でバリエーションを増やしていくことが難しい場合も多々あります.そういったときはセラピストや養育者のハンドリングによって,または器具を含めた環境設定によってバリエーションを提供していくことも重要ではないでしょうか.
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