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叶う夢と叶わない夢

なかには持っていない人もいるかもしれないが、たいていの人は夢や将来こうなればいいなという願いを持っているものだ。

なんとなくぼんやり親や世間のいいなりになって、40過ぎまで生きていた私の経験から、過去の私みたいに誰かの期待に沿うような生き方をしている人は、誰かの期待がそのまま自分の夢になってしまうだろうが、ちゃんと自分の人生を生きて、なりたい自分を自分で決めている人は、自分の叶えたい夢がちゃんとある。

そして、世の中にはいろんな立場でいろんな考え方をしている人がいるのだから、私の望む未来が、誰かの望まない未来だということも当然起こる。

私は私の望む未来の実現のためにがんばるから、その人も自分の道でがんばればいいだけのことだが、その夢が叶うかどうか、法則があると聞いたことがある。

ひとつは「できるだけ具体的にその夢が叶った状況を思い浮かべ、すでに叶っている気持ちでわくわくして過ごす」というものだ。

もうひとつは「自分の欲だけで願うことは叶わず、多くの人にとっていいことしか叶わない」ということだ。

私が何かを望んでも、それが自分が多くの人に認められたいからとか、自分だけがいい思いをする未来を望んでもそれは叶わない。逆に言えば、

もし、どんなにがんばっても自分の夢が叶わないとしたら、それは多くの人にとって叶わないほうがいい夢だということだ

私が望む未来は大きくわけてふたつある。

ひとつは「お金や生活のためにしかたがなく働くのではなく、誰もが自分の好きなことをして生きていけるようになる」

これは、私やプライベートの知り合いの多くはすでに実現させていることだが、多くの人、とくに風俗の仕事で知り合った人は「そんなことができるはずがない」と言う。

もうひとつは「風俗が普通の仕事として認められること」さらには「売春の合法化」である

「風俗が普通の仕事として認められること」と「売春の合法化」は必ずしも一致しない。

風俗の現場にいる人の中にも「自分は本番をしたくないので合法化したくない」「本番が認められたら生を求められるようになるからいや」という意見、また「しかたがなくこの仕事をしているけど、認められる仕事のわけがない」「認められる仕事になって欲しくない」という人は多い。

私の夢が叶うべきものかどうかは、今は誰にも分からない。

私は自分の望む未来が実現することを期待し、そのための行動を今日もしたいと思っている。

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