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感想『浅草ルンタッタ』─あたたかな希望の物語に触れて

劇団ひとりさんが作家として活動されているのは知っていたが、著書を読むのは今回が初めて。
人を惹き込むようなリズム感で語られるこの物語は、時に悲しく、時に滑稽に、息つく暇もなく場面転換を繰り返しながら、一気読み間違いなしの勢いをみなぎらせている。

私が何より感動したたのが、ヒロイン・お雪の躍進劇であるが、その理由を説明するために、いくらか物語の内容に触れなければならない。
その為、以下ネタバレに注意。

雪の降る夜、女郎屋・燕屋の店先に置き去りにされていた赤ん坊が店の中に連れ入れられてくるところから、物語は始まる。
この場面、私には、今敏監督作品『東京ゴッドファーザーズ』の冒頭において、ホームレス達がゴミ捨て場で見つけた赤子を連れ帰ってくるシーンが思い出されてならない。
本来だったら、冬の夜に身寄りのない子どもを見つけた、と言うのは、かなり深刻な状況に違いない。
なのに、どうしてこんなに温かいのだろう。
涙を流しているときのような温かさを、これらの情景からは感じるのだ。
どこかで天使のラッパが鳴らされたような、そんな騒がしい祝福の予兆を感じさせながら、『浅草ルンタッタ』という物語は始まる。

その夜に燕屋にやってきた赤ん坊は「お雪」と名付けられ、千代を中心とした、店の女たちに愛されながら、9歳になる。
お雪のような境遇の子どもが、この先の人生で不自由なく暮らしていくには、遊郭に入り、腹の太い客に見請けしてもらうくらいしか方法がない。
そして、金持ちが見初める花魁のような高級遊女には、才色兼備が求められる。
お雪に幸せになってもらうために、女たちは家事や芸事など、自分の得意分野を彼女に教えていった。
特に、千代との絆は人一倍で、それは母娘のものだった。
ここで既に泣けてしまうやん。
お雪がどれだけ愛されていたか、とか、周りの女たちが彼女に託していた想いとは、みたいなのを考えてしまうと、もう、しんどくて無理。
お雪は、燕屋みんなの愛であり、希望であり、光であり、そんな存在なのだ。

お雪はお雪で、燕屋を切り盛りしている信夫と一緒に、浅草の劇場で「浅草オペラ」の観劇を楽しみにしている一面もある。
普段は客席から、時には屋根裏から(!)舞台を鑑賞して、燕屋のみんなの前に戻ったら、演目の内容を実際に歌ったり踊ったりで再現して、その時の興奮を表現する。
そういうとき、燕屋はいつも花が咲いたように笑顔に溢れている。
しかし、ある出来事をきっかけに、幸せな物語は一気に下り坂を駆け降りることになる。
お雪が千代の客とのトラブルに巻き込まれてしまい、お雪を守るため、千代がその客の命を奪ってしまったのだ。

お雪たちは事件の証拠を隠蔽しようとするも失敗。
千代と、共謀した鈴江は逮捕され、彼女たちを幇助したために信夫も監獄に送られることとなった。
共犯者として捜査の手が回されているお雪は、いつも信夫と忍び込んでいた劇場の屋根裏に隠れて何年も過ごすこととなる───。

そして紆余曲折あり、獄中の千代に会う方法は、劇団員になり刑務所に慰問することだ、と考えたお雪。
しかし最初は、千代の刑務所を訪れる劇団の誰からも相手にされずに帰ることとなる。
その次に劇団と再会したとき、彼らから言い渡された乾坤一擲の大勝負を勢いで制し、見事に入団を果たすのだ。
そして、浅草オペラのスター女優に上り詰める。

この逆転劇を目の当たりにして、私は、息を呑むほかなかった。
その育った環境のために、決して未来に多くの選択肢があったとは言えないお雪。
誰もが、彼女には堅気として生きてほしい、と願っていたはずだ。
だけど、せめてもの希望が、遊郭で頭角を現すことだった。
それしかなかったのだ。
それなのに、そんな状況が一転。
ステージの上で美しい衣装をまとい、歌と踊りで大衆を魅せる、誰もが求めるような人気女優になってしまうなんて。
私は、そんな眩しい成功に胸が打たれた。
だって、お雪の成功が照らすものは、彼女の人生だけではない。
千代も、鈴江も、信夫も、燕屋の誰もが、どんなに足掻いても報われない虚しさとか、悔しさみたいなものを抱えていたと思う。
みんなが愛したお雪が成功するということは、そんな彼らの人生をも照らしてしまうように感じられるのだ。
それは、お雪に関わったすべての人を光で照らす、本当に素敵なことだ。
私は、この『浅草ルンタッタ』という物語の中で、ここが一番ぐっときた。

さて、こんなに大きな盛り上がりを見せたところでページ数を確認すると、まだ物語が残っていることに気付く。
そう、このあとも、ラストに向けて濃厚なドラマが続いていくのだ。
すごい、すごいよ、劇団ひとりさん…。

最後は、魔法に掛けられたように幸せな余韻が残ります。
素敵な読書体験を、ありがとうございました。

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