「新書 アフリカ史」宮本正興 松田泰二 講談社現代新書


長いこと積ん読になっていた新書をようやく読めた。かなり分厚い新書だが、刺激的な本だった。一般にアフリカという大陸は、あまり良いイメージでは語られない。内戦、汚職、エイズなどの感染症、貧困など別名「暗黒大陸」とも呼ばれることがある。
だが、こうした紋切り型、特に先進諸国によるこうしたアフリカ観とは実相を捉えているのか?本書は教科書的にアフリカ史を概観する書であるといって良いだろう。アフリカとは、人類発祥の地であり豊かな自然を有する大陸である。それはいつから、「暗黒大陸」となったのか?やはりそれはアフリカの、いやヨーロッパの近代化とは切っても切れないものである。私が本書の中で最も印象に残ったのは、第9章から始まる「大西洋交渉史」である。そこではポルトガルから始まる大航海時代とアフリカとの関係が述べられている。大航海時代とは、新旧世界(アフリカとヨーロッパ)が近代世界システムと呼ばれる一つの構造がまとめられていった時代でもある。そこには、商取引、探検、略奪、植民地化といった負の側面も大いにあった。そして、このことについて語る上で外せないのはやはり奴隷貿易についてであろう。
奴隷貿易自体は珍しいものではなかったらしく、11世紀頃にはカナリア諸島、マデイラ諸島などでアフリカ人奴隷を使って砂糖生産に従事させていたらしい。ポルトガルとスペインは早くから奴隷を本国に連れ帰っていた。15世紀にはポルトガル王はリスボン奴隷局を設置し、奴隷商人に貿易許可証を発行した。結果として16世紀中頃には、リスボンの全人口のうち約1パーセントを奴隷が占めている。さらに17世紀になると、スペイン、ポルトガルに代わりオランダが海上権力を拡大しイギリスとフランスが西インド諸島に地盤を築いていった。18世紀中頃には、カリブ海域が奴隷貿易の主要な目的地となりイギリス人やフランス人の独占事業となった。
こうした歴史的動きは、ヨーロッパとアフリカのシステムを劇的に変えた。それまでのヨーロッパ経済は比較的小規模であり、自給的な単位から構成されていた。西ヨーロッパ諸国を「世界経済」とも呼べる巨大なシステムに引き込んだものは、近代奴隷制と大西洋貿易であった。この世界経済は、16世紀に出現し18世紀中頃に完成した。もう一つ指摘できるのは、世界経済の形成と絶対王政の成立した時期が一致をしていることである。国家そのものが企業を営み商人にとって重要な顧客であった。そして、肥大化する官僚機構を支えたのが農業資本主義であり、対外的な商業進出であったのだ。アメリカの社会学者であるウォーラーステインによれば、近代の新しさとは、地域の区別を超えて地方経済が国民経済へ、国民経済が互いに結びついて世界経済を出現させたことにあるという。これを近代世界システムという。この世界は、国際的な分業システムとして成立しており、中核・周辺・半周辺の3地域に機能が分化している。中核とは、西ヨーロッパで資本主義的経済を発展させながら、周辺と半周辺を統合しながら時代とともにそのスケールを地球規模にまで広げてゆくのである。周辺とは、西インド諸島や南北アメリカ大陸のことである。それらの地域から奴隷制プランテーションを行なって砂糖などを大量生産し中核諸国へと送り込むのだ。
もう一つ重要な指摘をしておきたい。こうした大西洋を隔てた大陸間交渉ではアフリカは常に弱者、搾取される側に置かれていた。だが中核国たるヨーロッパの18世紀とは、一方では啓蒙思想が花開いた「理性」の時代でもある。ヨーロッパの市民社会は、自由と平等を求めながらもそれを不自由で不平等なアフリカ人奴隷を必要としていたのだ。こうした論理的矛盾を説明するために、アフリカ人を文明から意図的に徹底して遠ざける言説が公然と流布された。アフリカ人は人間ではない、野蛮であるとするアフリカ野蛮説はこの時代に発明されたのだ。それによって、自らの強制的な支配や労働を正当化したのである。
こうしたヨーロッパ諸国の行った貿易は、現代にまで深くアフリカ大陸の根に食い込んでいる。


以前何か読んだ本で、ヨーロッパの奴隷商人が親子の奴隷を引き離す時に、親子が泣き叫ぶ姿を見ながら言った言葉がある。

「こいつらにも人間みたいな感情があるんだな」

彼らは本気でアフリカ人を動物か何かであると思っていたのだろうか。間違いなく18世紀は、歴史上の一つの到達点であり転換点の時代であっただろう。それは15世紀から制度化され始めた奴隷貿易と共に支えられた円熟である。現代に至るまで人権国たるヨーロッパ諸国はアフリカに謝罪をしたことはない。
歴史を概観するだけでも、彼らの矛盾は不快なほど感じることができる。当のアフリカ人の中にも自国民を利益のためだけにヨーロッパへ「輸出」した人々も数多くいた。世界経済システムとは、巨大なものとして地球を覆っている。その過程で、何が起こったのだろう。
歴史とは、過去の堆積ではない。それは現代の私たちにまで一貫して繋がる時の流れだ。今の在り方は、過去の在り方によって決められる。人権とはなんなのか、そもそもなぜ人権が私たちにとって欠くことのできないものであるとされたのか?その裏には、間違いなくそれらが全く顧みられなかった時代と、そこに存在した無数の人々がいたからだ。
アフリカとは、それらを体現しているような大陸ではないか。決して暗黒大陸としてではなく、人類にとって最も重要な地域の一つであり続けるだろう。

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