1.「屠殺」


つり革に吊り下がっているのは、身体だけじゃない。

1日分の労働と疲労。ひしめき合う人波の騒音。重力のままに垂れ下がる内臓と、黄色くなった骨の連なり。

孤独の蠢きを膓に閉じ込めて、前を向いている。

一駅ごとに、その蠢きが背骨の隙間、ゼラチンのような椎間板をすり抜けて皮を内側から変形させる。その見えない様々な形に思いを馳せて、暮れゆく陽を眺めている。

この生身の体は、美しく屠殺された牛のように照り映える。生皮を剥がされて、巨大な赤身を晒した背中には真夏の峰にわずかに残る雪のような脂肪と、背骨とが身を寄せ合っている。もはや何ものも掴めない肋骨が、寂しそうに空を向く。

そこまで夢想して、これはさながらフランシス・ベーコンの描く絵画のように露悪的だと笑った。
空っぽになった腹へ、渇ききった食道へ、社会のタールが流れ込んでゆく。

私は窒息するがために、生きている。

凧糸のような神経の束が、静かに背筋を吊り上げて、また明日へ向かえときりきりと巻く。
そこに見えざる手がある。


そういう一切を無音の中から呼び醒まして、葬る。


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