ジョーダン・ヘンダーソンのサウジ移籍(ほぼ確定報道)に際して思うこと

ジョーダン・ヘンダーソンという選手のリバプールでの始まりから終わりまでを見続けたファンとして、まずは、おつかれさま、本当にありがとう、と言いたい。

ヘンダーソンは、加入初年度はチームの停滞に対する失望の矛先、中堅になればジェラード後のキャプテンという無茶な責任、クロップ政権では次から次へとやってくる新進気鋭たちとの競争、それに勝ってスタメンを張れば少しの賞賛ののち大舞台での負けで掌が返りと、本当に批判されてばかりだった。

少しでも何かがうまくいかなければ、彼はワールドクラスではない、キャプテンにふさわしくない、放出しろと言われるサイクルの繰り返し。タイトル獲得シーズンは文句をつける隙もないすさまじい存在感だったけれど、以後も少しでも不足が生じれば、やっぱりね、と言われる。契約延長を勝ち取れば、プレーに見合わない高額そして長期の契約、フロントの気の狂いとまで言われる。つくづく損な巡りのほうがダントツに多かった選手だったように思う。

彼のリバプールでの功績については、ピッチ外の部分を忘れてはいけない。

パンデミックにおける英国内での医療従事者に対する支援運動、同時期に機運の高まったBLM運動、スーパーリーグ発足騒動、カタールW杯を前にした人権意識の盛り上がりなど、彼のキャプテン後期は社会に対するメッセージを期待され、非常に難しいバランスの中でふるまうという、リバプールのキャプテンの誰もがこなしたことのないものだっただろうし、それに応えたというだけで凄い。

クラブの垣根を越えて各キャプテンを束ねて行動を起こしたり、人道に関する積極的な発信を行ったりと、サッカー選手は全員がただ球蹴りが上手いだけのセレブリティではないと世に見せてきた彼だからこそ、中東行きへの失望を綴った記事が英国方面から複数発信されている。

僕自身も、彼の集めた敬意やこれまでの主張との矛盾、結局はお金なんか、といった、ヘンドだけはそういうものに無縁と信じて疑ってなかったのになんでだ、という率直な思いもある。

One loveでも虹色でもそんなアームバンドを巻くことに違和感がない存在で彼はなくなったこと、彼のキャリアにリバプールとサンダランド以外のクラブが登場しない浪漫も叶わないという虚しさに占められる失望は小さなものではない。

一方で、今日までとんでもなく大きな責任を負い続けたのだから、ヘンドはもう十分やってくれたのだからいいじゃないか、という気持ちがわずかに上まわる。

特にパンデミック期間とスーパーリーグ騒動で果たした役割は、すべての不可能を可能に感じさせた、”ピッチ上では”最高のキャプテンであった先代、スティーブン・ジェラードにすら果たせなかったはず。

彼の振る舞いは、それこそヒルズボロの悲劇に当事者として胸を痛め続け、常にその懐の大きさで皆を包み込む、彼を辛抱強く起用し続け、彼にプレミアリーグの優勝トロフィーを手渡した、サー・ケニー・ダルグリッシュのような姿だったかもしれない。

そんな重責をリバプールの主将なら当然であると語り、皆が求めるOur captainであった彼に、また相変わらずな一方的な幻想を重ねて、勝手に失望して、最低だ、嘘つきだと声を上げるのはさすがにあんまりだ。

時代を経て周囲の価値観も変わるのだから、きっとどこかのタイミングで考えを変えれば一貫性がないと言われ、不変であれば時代錯誤だの価値観をアップデートできてないだのと言われるのだろうから、まぁ世知辛い。

かれこれ7シーズン主将を務め、自身に向く批判はリバプールにいる間ずっと付きまとわっていたのだから、もうさすがのヘンドも疲れたのかもしれないとも妄想している。

SNS時代に入って、選手の抱えるストレスは相当膨れ上がっているだろうというのは、UEFAがネット中傷にNOというキャンペーンを打っていることからも想像に容易い。

加えて、チームで規律や責任を分け合ったであろうミルナーがチームを去った。彼は最後の重鎮となり、チームに必要とされているのはサッカー選手よりもむしろ委員長として組織を律する貢献で、チームには世代交代の波が押し寄せるために出場時間は限られたものになる。

そんな中、現状をはるかに上回る好待遇で、雑音から遠ざかりサッカーをプレーできる誘いが表れた。しかも、ジェラードが誘ったのだから断れないのも理解できるといういいわけ、逃げ道まで準備されている。そんな周到で魅力的な誘いに乗って何がいけないのだろうか。

本当はそうあってほしくはないけど、今までこんなにも尽くしてくれた彼が、ほんの一回、自分のわがままを通したっていいじゃないか。私はそんな風に彼の旅立ちを見送りたい。

CL優勝、プレミアリーグ制覇、4冠ロードと、ファンとして最高の思いができたことに感謝、感謝、そして感謝に尽きるこの数年、その中心にいた一人、ジョーダン・ヘンダーソンに新天地でも公私に幸運が降り注ぎますように。


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