1. 6DJ8を用いた増幅回路

本節では、前章で作成した真空管6DJ8 (JJ E88CC)のSPICEモデルを用いて増幅回路を設計し、動作をシミュレーションします。

6DJ8を用いた増幅回路の設計

まず、6DJ8のEp-Ip特性の図に負荷直線を引きます。

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電源を12Vとし、プレート電圧の軸上12Vの点とプレート電流の軸上0.6mAとの間に直線を引いてみます。このときの負荷抵抗はRp=12V/0.6mA=20kΩとなります。ここで、プレート電圧6Vあたりがちょうど真ん中になり、左右の曲線の間隔のバランスも良いので、ここをバイアス点としてみます。すると、負荷直線が交わるEp-Ip曲線のグリッドバイアスは-0.5Vで(図に描かれているEp-Ip特性の曲線は、左から順に、グリッドバイアスが0Vから-1.2Vまでのものです)、このときのプレート電流は0.3mAです。よって、カソード抵抗で-0.5Vのバイアスをグリッドに掛けるには、流れる電流0.3mAで0.5Vを割って0.5V/0.3mA=1666Ωになりますが、ざっくりと1.5kΩにしました。

また、負荷直線とグリッドバイアス-0.5Vの交点を中心として、負荷直線と曲線の交わり具合を見てみると、バイアスが±0.2V程度の-0.3Vから-0.7VあたりまではEp-Ip曲線と負荷直線の交点が等間隔になっているので、0.4Vppを入力信号の振幅とします。このとき負荷直線上の信号はバイアス電圧が-0.3Vから-0.7Vの位置まで動き、横軸のプレート電圧で見ると3.5Vから8.5Vまで5Vppだけ動きます。これより、理想的な増幅率は5Vpp/0.4Vpp=12.5倍となります。

さらに、入力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは0.1μFと640kΩ、出力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは10μFと50kΩにしました。

これで、次のような回路図ができ上がります。

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6DJ8を用いた増幅回路の入出力信号

この回路に最大値0.2Vmax (0.4Vpp)の正弦波を入力したときの入出力波形を
次の図に示します。

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この回路では、真空管に対する負荷抵抗は20kΩとして設計しましたが、実際にはその先の50kΩとの合成抵抗が交流信号に対する負荷抵抗となり、

20k // 50k = (20k × 50k)/(20k + 50k) = 1000M / 70k = 14.3k

の計算より実際の負荷抵抗は14.3kΩ程度となります。電源電圧は12Vのままなので、Ipは1.8mA程度となり、負荷直線は上の図で引いたものより立ったものとなります。このため、出力電圧は設計よりも小さくなり、実際の出力信号の振幅は4Vpp程度で増幅率は10倍程度となっています。

6DJ8を用いた増幅回路のFFT解析による高調波の表示

ここで、出力波形のFFT解析を行ないます。まず、次の図のようにSPICE directiveを書き換えます。

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最初の変更点は、「.options plotwinsize=0 numdgt=15」の行の追加です。これは、解析結果出力の圧縮を禁止し、データの桁数を15桁(デフォルトは6桁)に変更するオプション設定です。また、「.tran 5m」を「.tran 0 5m 0 0.01u」に書き換えます。引数は順に0、終了時刻、データ保存開始時刻、最大ステップ時間です。これは、LTspiceのFFTの計算はグラフのデータを用いているため、グラフを細かい時間間隔で描画するための設定です。

次に、シミュレーションを実行して出力波形を表示し、グラフの上でマウスで右クリックし、View→FFTを選択します。次の図のようにダイアログが表示されますので、V(out)を選択し、OKボタンをクリックします。

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FFT解析の結果を次の図に示します。

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入力信号に含まれる周波数成分は1kHzのみですが、出力信号には2kHz, 3kHz, ...といった高調波(入力信号1kHzの倍音)成分が含まれていることが分かります。これを高調波歪みと呼びます。

6DJ8を用いた増幅回路の周波数特性

次に、LTspiceのAC解析を用いて、この増幅回路の周波数特性(増幅率特性と位相特性)を調べてみます。まず、次の図のようにSPICE directiveを書き換えます。1行目の先頭のセミコロン(;)はコメントアウトです。2行目がAC解析用のSPICE directiveです。

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また、上の図のように入力電圧源の上にカーソルを乗せて右クリックすると、次の図のダイアログが出ます。

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上の図のようにAC analysisの値とチェックボックスを設定し、Functionsのチェックボックスを外します。

この状態でOKボタンをクリックして回路図の画面に戻り、シミュレーションを実行すると、次の図のように、入力信号の周波数を変化させたときの増幅率特性(実線、縦軸は左)と位相特性(点線、縦軸は右)が表示されます。

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増幅率特性を見ると、10Hzから1MHzが最大増幅率から-1dB以内に収まっています。人間の可聴周波数はだいだい20Hzから20kHzと言われていますので、この範囲内では増幅率はほぼ一定であると言えます。

位相特性とは、出力信号の入力信号に対する進みや遅れを示したものです。入力と出力の波形は上下が反転しているので、角度としては180度のずれになります。周波数が20Hzから20kHzの範囲で見ると、位相のずれが180度を中心として10度以内に収まっているので、十分な特性と言えます。

6DJ8をパラレルで用いた増幅回路

6DJ8は1本の真空管の中に三極管が2回路入った、双三極管と呼ばれるもので、真空管1本でステレオ信号の左右チャンネルを増幅できます。ところが、ヒーター電圧が6.3Vですので、12VのACアダプターを使用することを考えると、12Vから6.3Vへの変換回路を作る必要があります。

そこで、ここでは左右それぞれ1本の6DJ8を用いることにします。ここでは最も簡単な回路として、1本の真空管の中の2つの回路を並列(パラレル)に接続して用いることにします。これにより、2本の真空管のフィラメントを直列接続することで、12VのACアダプターの電圧を直接フィラメントの電源として用いることができます。厳密にはフィラメントの電源電圧として12.6Vが必要なのですが、ここでは-5%より少し大きい12Vをフィラメントの電源電圧として用いることにします。

回路の設計をするために、6DJ8をパラレル接続した際のEp-Ip曲線を考えてみます。実際には、プレート電圧とグリッドバイアス電圧が等しければ、並列接続した真空管には合計で2回路分の電流が流れますので、単純に最初の図の縦軸の値を倍にして読めば良いと考えられます。このとき、横軸のプレート電圧と、プロットしているグリッドバイアス電圧は同じままです。

すると、最初の図の負荷直線の縦軸の0.6mAは、並列回路では1.2mAとなり、負荷抵抗はRp=12V/1.2mA=10kΩとなります。また、プレートからカソードに流れる電流が倍になりますので、グリッドバイアスを同じにするためにカソード抵抗の値は半分になり、833Ωになりますが、ここでは820Ωにします。このとき入力電圧(グリッドバイアス)とプレート電圧はグラフ上で同じままなので、入出力電圧に変化はありません。では回路の何が変わるかというと、負荷抵抗の減少によって出力インピーダンスが減少します。

以上の結果を反映した回路を次の図に示します。

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この回路に最大値0.2Vmax (0.4Vpp)の正弦波を入力したときの入出力波形を次の図に示します。

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グラフを見ると入出力電圧は6DJ8を1本用いたときと変わりませんが、この回路のメリットは出力インピーダンスの減少です。この回路の出力インピーダンスは、負荷抵抗10kΩと出力に入れてある47kΩの並列の合成抵抗になりますので、最初の回路よりも出力インピーダンスが小さくなります。これによって、次の段の回路の入力インピーダンスを小さくすることができます。

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