7. バッファ回路

次節以降では、半導体を用いたバッファ回路を設計します。ここでは、ヘッドフォンアンプ用にオペアンプを用いたバッファ回路、パワーアンプ用にトランジスタやFETを用いたバッファ回路を作成し、その動作をシミュレートします。特に、SPICEモデルが入手できた上で、実際に国内で購入できる部品を使用することを目標とします。

バッファ回路とは

前節では半導体を用いた真空管回路の動作をシミュレーションしましたが、真空管増幅回路の出力インピーダンスは高いため、インピーダンスの低いイヤフォン、ヘッドフォンやスピーカーなどを直接駆動するには出力電流が足りません。スピーカーの場合には4オームもしくは8オームのインピーダンスを持つものが多いです。イヤフォン、ヘッドフォンの場合には8オーム程度から数百オーム程度で、特に16オームから32オーム程度の物が多いようです。一方、真空管増幅回路の出力インピーダンスは、本書で用いているような電圧増幅管の場合は、数十キロオームから数百キロオームあります。

通常の設計の真空管アンプでは、電圧増幅管の後に出力インピーダンスが低めの電力増幅管を置き、電力増幅管の数キロオームの出力インピーダンスを、出力トランスを用いて4オームや8オームに変換しています。しかし、この際インピーダンスが下がると同時に波形の振幅も大幅に小さくなってしまいます。そのため、大きい(だいたい200Vから400Vの)B電圧を用いて、十分に波形の振幅を大きくしているという理由で、高い電源電圧が必要となるのです。

本書では低いB電圧を用いているため、真空管(電圧増幅管)の出力波形の振幅電圧も小さいので、このような方法で十分にイヤフォンやスピーカーを鳴らすことができません。本書では電力増幅管と出力トランスの代わりに、半導体で構成される回路を用いることで、波形の振幅を小さくせずにインピーダンス変換および電力増幅を行なうことにします。このような、波形を変化させずにインピーダンス変換を行なう回路をバッファ回路と呼びます。

もう少し分かりやすく言うと、バッファ回路とは、出力の波形(電圧)を変化させずに、出力に接続する負荷抵抗の大きさの変化に対応して、より多くの電流を流せるようにする回路のことです。

出力パワーと電圧の確認

ここでは、十分な出力パワーを得るには、シミュレーター上でどの程度の電圧を出力できれば良いかを、スピーカーとヘッドフォンのそれぞれに対して確認します。

スピーカーに出力する場合

まず、8Ωのスピーカーに正弦波で1Wの出力(パワー)を出すには、何Vの電圧を掛ければ良いかを確認します。電流、電圧と電力の関係式

P(電力、単位W) = I(電流、単位A) × V(電圧、単位V)

とオームの法則

V(電圧、単位V) = I(電流、単位A) × R(抵抗(インピーダンス)、単位Ω)

より、

P(電力、単位W) = V(電圧、単位V)^2 / R(抵抗(インピーダンス)、単位Ω)

が導かれますので、この式にP=1、R=8を代入すると、V=√8 = 2√2 [V]となります。さらに、交流において通常述べている電圧は実効値と呼ばれるものであり、最大値はその√2倍であることを考慮すると、8Ωのスピーカーから1Wの音を出す(ロスが無いとして、1Wの電力を消費する)ために入力する交流電圧の最大値は2√2 × √2 = 4Vとなります。

ヘッドフォンに出力する場合

次に、32Ωのヘッドフォンに正弦波で10mW(0.01W)の出力を出すには、何Vの電圧を掛ければ良いかを計算します。上の場合と同様の計算から、

P(電力、単位W) = V(電圧、単位V)^2 / R(抵抗(インピーダンス)、単位Ω)

にP=0.01、R=32を代入すると、$V=√0.32 = √(32/100) = 4√2/10 [V] となります。これが実効値なので、32Ωのヘッドフォンから10mWの音を出す(ロスが無いとして、10mWの電力を消費する)ために入力する交流電圧の最大値は4√2 / 10 × √2 = 8/10 = 0.8[V]となります。

バッファ回路の必要性

前節では、入力信号がきちんと真空管を用いた増幅回路で増幅されていることを確認しました。本節では、この回路の出力に、実際にスピーカーやヘッドフォンを繋いでみた場合のシミュレーションをやってみます。

世の中で販売されているスピーカーのインピーダンス(交流に対する抵抗値)は一般に8Ωか4Ωです。机の上にスピーカーを置いて音楽を聞く場合などは、だいたい1Wの出力が出ていれば十分です。一方、イヤフォンやヘッドフォンのインピーダンスはだいたい16Ωから100Ω程度で、これらの場合は0.1W(100mW)程度の出力が出ていれば十分な音量で音楽を聞くことができます。静かに聞くには1mW(0.001W)でも良いでしょう。ここでは32Ωのヘッドフォンに10mW(0.01W)の信号を出力することを想定します。

節の回路で、これらの出力が出力可能かシミュレートしてみます。ここでは、簡単のためにヘッドフォンやスピーカーをただの抵抗として出力に接続してみます。実際には、ヘッドフォンやスピーカーは純粋な抵抗だけではなく、コンデンサやコイルの特性も併せ持つので、交流電圧を掛けた場合には単純な抵抗として見ることはできないのですが、それを考慮するとモデリングや計算が複雑になってしまいます。また、特性を計測するときに実際にスピーカーを接続すると、大きな音が出てうるさいですし、スピーカーが許容する入力のパワーの限界もありますので、実際には真空管アンプのテストでは、スピーカーの代わりに単純な抵抗を接続して計測することが多いです。

まず、KORG Nutube 6P1の増幅回路の出力に、8Ωのスピーカーを繋いで、最大値1Vの正弦波の信号を入力する回路を次の図に示します。

画像1

この回路の入力信号と出力信号を次の図に示します。

画像2

出力のグラフを見れば分かるように、入力信号がにきれいに増幅できて出力されていません。

次に、KORG Nutube 6P1の同じ増幅回路の出力に100Ωのヘッドフォンを繋いで、最大値0.1Vの正弦波の信号を入力する回路を次の図に示します。

画像3

この回路の入力信号と出力信号を次の図に示します。

画像4

この場合でも、入力信号がきれいに増幅できていません。

以上のシミュレーションより、真空管増幅回路にスピーカーやヘッドフォンを接続して音を出すには、何らかの対策をする必要があることが分かります。

これらの回路がオリジナルの増幅回路と異なる部分は、出力の負荷抵抗にスピーカーやヘッドフォンなどが並列に挿入れている所です。これらにより、出力の負荷抵抗が、100kΩから、100kΩと8Ωもしくは100Ωとの並列の合成抵抗の値まで小さくなっています。これらの値を実際に計算すると、8Ω、100Ωより小さくなることが分かります(二つの抵抗の並列の合成抵抗の値は、それぞれの抵抗の値よりも小さい)。この値と増幅回路の出力の電圧より、流れる電流の値がオームの法則で計算されるはずなのですが、回路からの出力がこの電流を供給できない場合には、逆に供給できる電流の量と抵抗の値によって、これらの負荷抵抗にかかる電圧の大きさが決まります。よって、回路の出力部分を変更し、電圧に見合った十分な電流が供給できるようになれば、スピーカーやヘッドフォンのような負荷抵抗の値が小さい出力に対しても、想定された電圧が出力できます。

このとき、バッファ回路というものを用います。バッファ回路は、入力された電圧を出力にコピーしながら、出力に対して十分な電流を供給するために用いられる回路です。次節で、各種の半導体を用いたバッファ回路を示し、次章で、それらを真空管増幅回路の出力に繋げたハイブリッドアンプを設計します。

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