5. 6AS5を用いた増幅回路
本節では、6AS5を用いて増幅回路を設計し、動作をシミュレーションします。ここでは、一本の負荷直線に対してバイアスと動作範囲を二種類設定して回路を設計してみます。
6AS5を用いた増幅回路の設計(バイアスパターン1)
まず、6AS5のEp-Ip特性図に負荷直線を引いたものを次の図に示します。
上の図では、電源を12Vとし、プレート電圧の軸上12Vの点と、プレート電流の軸上1mAとの間に直線を引いています。
このときの負荷抵抗はRp=12V÷1mA=12kΩとなります。ここで、Ep-Ip曲線の間隔がだいたい等間隔になるような範囲を取ると、プレート電圧が4Vから9Vの範囲となり、6.5Vあたりが真ん中になります。ここをバイアス点としてみます。Ep-Ip曲線はグリッド電圧を0Vから0.5Vずつ小さくして引いたものが左から並んでいるので、バイアス点におけるEp-Ip曲線のグリッドバイアスはだいたい-0.75Vとなり、このときのプレート電流は0.47mAです。よって、カソード抵抗で-0.75Vのバイアスをグリッドに掛けるには、0.75Vを0.47mAで割って、約1.6kΩとなります。
また、負荷直線上でグリッドバイアス-0.75Vの点を中心として、-0.1Vから-1.5Vまで1.4Vppの範囲を入力信号の振幅とします。このとき負荷直線上の信号はバイアス電圧が-0.1Vから-1.5Vの位置まで1.4Vppだけ動き、横軸のプレート電圧で見ると4Vから9Vまで5Vppだけ動きます。これより、理想的な増幅率は5Vpp÷1.4Vpp=約3.6倍となります。
さらに、入力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは0.1μFと640kΩ、出力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは1μFと47kΩにしました。これは、12kΩの負荷抵抗とこの47kΩの抵抗の並列の合成抵抗が交流信号に対する負荷となりますので、この合成抵抗が12kΩからあまり下がらないように、ある程度大きな抵抗値を出力に置いてあります。
これで、次の回路図ができ上がります。
このように、電力増幅管を用いると、真空管の内部抵抗が少なく電流が多く流れます。この特性を用いて電力増幅管は通常の真空管アンプにおいては主に出力段に用いられます。しかし、低電圧の真空管アンプを設計する場合には、出力インピーダンスを下げることができるため、次の段への接続がやりやすくなり、回路の設計が楽になります。低電圧の真空管アンプの設計においては、このような電力増幅タイプのMT管を用いることも検討すると面白いです。
6AS5を用いた増幅回路(バイアスパターン1)の入出力信号
この回路の入出力信号をプロットしたものを次の図に示します。ここでは、上から順に、入力信号、真空管のカソードを基準としたグリッドの電圧、真空管のプレートの電圧、出力信号それぞれの電圧変化をプロットしています。
上から二番目と三番目のグラフを見れば分かるように、カソードを基準としたグリッドの電圧(バイアス)が0Vから1.4Vまで変化しているときに、プレートの電圧は4Vから9Vまで動いており、おおよそ設計通りの動作をしていることが分かります。ただし、出力電圧の波形の振幅が上下対象になっておらず、マイナスの電圧の方が大きい、少し歪んだ正弦波になっていることが分かります。
6AS5を用いた増幅回路の設計(バイアスパターン2)
本節では、前節の設計を若干変更し、より上下対称な出力波形を得ることを目的として回路を設計してみます。
まず、前と同じように6AS5のEp-Ip特性図に負荷直線を引いたものを次の図に示します。
上の図では、前と同じく、電源を12Vとし、プレート電圧の軸上12Vの点と、プレート電流の軸上1mAとの間に直線を引いています。
このときの負荷抵抗はRp=12V÷1mA=12kΩとなります。ここで、Ep-Ip曲線の間隔がだいたい等間隔になるような範囲を前の設計より絞り込んでみます。ここでは、プレート電圧を3.5Vから7.5Vの範囲、5.5Vあたりを真ん中に取ってみます。ここをバイアス点とします。
Ep-Ip曲線はグリッド電圧を0Vから0.5Vずつ小さくして引いたものが左から並んでいるので、バイアス点におけるEp-Ip曲線のグリッドバイアスは-0.5Vとなり、このときのプレート電流は0.55mAです。よって、カソード抵抗で-0.5Vのバイアスをグリッドに掛けるには、0.5Vを0.55mAで割って、約0.9kΩとなります。
また、負荷直線上でグリッドバイアス-0.5Vの点を中心として、0Vから-1Vまで1Vppの範囲を入力信号の振幅とします。このとき負荷直線上の信号はバイアス電圧が0Vから-1Vの位置まで1Vppだけ動き、横軸のプレート電圧で見ると3.5Vから7.5Vまで4Vppだけ動きます。これより、理想的な増幅率は4Vpp÷1Vpp=約4倍となります。
さらに、入力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは0.1μFと640kΩ、出力の信号を0V中心にするためのハイパスフィルターは1μFと47kΩにしました。これは、前の回路と同じ設定です。
これで、次の回路図ができ上がります。
6AS5を用いた増幅回路(バイアスパターン2)の入出力信号
この回路の入出力信号をプロットしたものを次の図に示します。ここでは、上から順に、入力信号、真空管のカソードを基準としたグリッドの電圧、真空管のプレートの電圧、出力信号それぞれの電圧変化をプロットしています。
上から二番目と三番目のグラフを見れば分かるように、カソードを基準としたグリッドの電圧(バイアス)が0Vから1Vまで変化しているときに、プレートの電圧は3.5Vから7.5Vまで動いており、出力波形は±2Vだけ振れています。これにより、前の設計と比較して、出力波形の対称性が良くなっていることが分かります。
今回は負荷直線を変更せずに、グリッドバイアスだけを変更しました。負荷直線を固定した状態でのバイアスの変更は、負荷直線上での動作範囲の中心点を移動することに相当することが分かりました。これと入力信号の振幅によって、出力波形の特徴が変わります。また、入力信号の振幅を大きくし過ぎると、Ep-Ip曲線の間隔が異なる場所まで信号が振れてしまうため、出力波形が歪んでしまうことも分かります。このように、真空管アンプの設計においては、バイアスの設定のみで出力波形が変わるため、出力される音も変わることが容易に想像できます。また、一般に真空管を低い電圧で動作させる際には、Ep-Ip曲線の間隔が一様になりにくいため、入力信号の振幅を大きくすることで、出力信号が歪みやすいことも想像できます。