スタジアム通りのビール


 御徒町に住んでいた。二十歳からの二年間程だ。特に住まいにこだわりがあった訳では無いので、当時勤めていた会社が用意した賃貸マンションを借り上げ社宅として使っていた。それまでに実家の外に一定期間住むということはあったが、初めての歴とした一人暮らしだった。以前友人や同僚らとルームシェアしていた根津にある荷物をまとめて、スーツケースとボストンバッグ一つずつに仕舞い込んで、僕はタクシーで引越しを完了させた。それから暫くして僕は虫垂炎に罹って数日入院をした。仕事もプライベートもようやくひと段落つけた時期であった。
夜中に腹部に激痛を感じ救急車を呼んだ。冷静にもスマートフォンと自宅の鍵、そして財布と保険証を丁寧に一つの鞄にまとめて、僕はサイレンが聞こえるのを待っていた。夜間の緊急対応ではあったが、一度入院して明日か明後日に手術だと伝えられた。病名をきちんと伝えられた記憶はないが、僕には何故か聞かされる前からわかっていた気がした。点滴の作用もあってか、一日半寝込み続け次に起きた時は手術室に向かう時間だった。そこで僕はまた麻酔によって寝かされ、次に起きると腹部にガーゼが充てられていた。術後経過観察ということで二日間段々固形物の比が多くなる病院食を摂っていると、高校時代の友人から電話が鳴った。
「近々飲みに行かないか」
僕は数日ぶりに応答以外の会話をしたので少し声の出し方を思い出すように咳払いをした。
「退院したら行こう。ちょうど誰かと飲みたい気分だったんだ」
「入院していたのか、どういうわけで?」
「腹痛の激しいやつ」
「それは傍から聞くと深刻そうには聞こえないが、辛いものなんだろうな。了解、また電話してくれよ」
「明朝には退院出来るから明日はどうだい」
「そう焦るなよ。人生はゆっくり進むんだ。次塁を狙うランナーみたいに焦ると大抵のことは良くない方に進む。また電話くれよ」

会社の方からは有給が溜まってるからそのまま数日休めばいいと電話があり、退院後2日間は休みになった。僕は彼に電話をして、その日のナイターを観に行くことになった。彼とは高校時代の様に外苑前で待ち合わせをし、スタジアム通りに出ている出店で焼きそばとビールを買った。道中彼はこれだからせっかちは、とぶつぶつ言っていた。その日は石川雅規が先発していて、ライオンズ相手に6回1失点の好投を見せ勝利投手になっていた。
「いいか、僕らが放課後好きな女について語ったり、コーラ片手にカラオケで流行りの曲を歌っていた間も彼らは勝ち負け競っていたんだ」
彼の口振りはまるで宇宙の真理について語るようだった。
僕がしばらく黙っていると
「とにかくビールを飲むしかないんだ。僕らがつい数年前まで通っていた高校の近くでビールを飲むことが大事なんだ。あの窮屈な校則で寄り道やら情事やらを罰することが趣味みたいなやり方のあの学校の目の前でな」
「それが何になる?」
「意味を求めるには若過ぎるだろう。自分から言っておいてと思うかもしれないが、意味は後からついてくる」
「自分から言い出しておいてなんだそれは」
「煙草だってそうさ。国立競技場の裏でこっそり吸ってた煙草も周りの目を気にせず吸える歳になると途端に退屈に思えてくる」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?