冬の大地


 新年も少し馴染み始めた2月の上旬、乾いた空気の割れ目から白い息が出た。冬に関して思い出すことが増えて、随分と歳を取った気がしたが、所詮20数回しか経験していない冬だ。
美しいもの、楽しいこと、忘れられないものは不変でなく継続して何年も携えられるものがあるのなら、それは幸せなことだろう。いつか出会った音楽も映画も小説も暫く経つと忘れてしまったが、それでもいくつかの思い出はまだ冬の匂いと一緒に蘇ってくる。

 このまま雪が積もるらしい。周りがそんなことを楽しげに話していたが、僕は電車が止まらないことを心配していた。時計を見るとそろそろ彼女のアルバイトが終わる時間だった。
大学2年の頃、神保町にある女子大に通う彼女がいた。僕は彼女とは彼女の学校の文化祭で共通の友人を介して知り合った。招待券が無ければ入れないお堅い女子校の文化祭だったが、友人の付き添いで行って、その時になんとなく文化祭を抜け出して遊びに行った何人かの中に彼女がいた。出会った時は特別な印象もなければ、その後会うようなこともなかったが高校3年の時に御茶ノ水にある予備校で再会して、受験前に合格祈願に湯島天神に2人で参拝した。
 春が来て予備校に行くことも無くなり、互いの進路も伝え合わないまま、かといって聞くまでもないと思って進学後は連絡を取ることもなくなった。僕も彼女も新しい環境に適応する為に必死だったのだろう。僕は夏前にはまともに大学に通わなくなり、飯田橋にある居酒屋でアルバイトを始めた。朝の4時には閉まる店だったので、始発が動き出すまで店で仮眠を取ったり、同僚の健太郎とビール片手に朝方の皇居周辺をあてもなく散歩していた。彼女のことは段々思い出さなくなり、彼女もそれは同じで少し悲しいことだと思ったが、健太郎はいつも
「どんな悲しい気持ちもビールを飲めば忘れるし、嬉しい気持ちはビールが余計に楽しくする。兎に角歩き続けるしかないんだ。このビールと」と言っていた。

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