それなりになって、また戻って


 雨が続いた中で突然晴れたのでその日のことをよく覚えてる。阪神の佐藤選手が新人の左バッターの最多ホームラン記録を75年振りに更新したその日、彼女はこの世界から消えた。
猫が死に際に人目につかないところでこっそり息絶えるように、彼女も自分がそこにいた痕跡をなるべく消すかのように一ヶ月前から退職届を出していたり、住まいの賃貸契約を解除していたり、行きつけの定食屋にも徐々に足を運ぶ頻度を下げたりとその兆候はあったらしいが、どれもこれも局地的な点としてしか存在せず、それを俯瞰で関連付ける役割を担う人はたとえそれが僕であっても出来なかった。

 彼女がこの世界に存在した頃、世に蔓延るヒットソングの中でもとりわけ二番の歌詞が示唆的な曲だけを好んだし、流行りの映画をその価値を充分理解してる人がまだ少なく、リスキーだと評し公開されてから最低限十年、中には少しそれに足らない年数の映画も鑑賞していたがその時には数年分の時の洗礼より充分な圧倒さがあるともしていた、を自分が咀嚼するまでに必要な期間として映画館を嫌ったりしていた。
夏らしい格好より春や秋の装いが似合う彼女はその年の夏、珍しくノースリーブをよく着ていた。
彼女の袖の長さで季節の移ろいを感じた。

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