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アラスカの夏の夜の話。残酷な天使のように…

この話は全3回に渡って続く話の最終話です。
第1話を読んでいない方はこちらからお読みください。

以下本文

このままではいけない。
僕はそう思っていた。
はっきりと初めに断らなかった自分がいけないのは分かっている。でも、だからと言ってその過去を帳消しにすることは出来ない。

僕は、スパマネージャーとスパの友達に彼のことについて相談することにした。

「サラ、ちょっと良いかな。相談事があるんだけど。」
サラともう1人のスパの友達のメリッサと3人で遅めのディナーを食べている時に僕は意を決して自分の状況を話した。

「OK。状況は分かった。こうなったら遠回しにみっつは女の子が好きだってことを彼に気づかせたら良いんだよ!」
「そうそう!そうだ、みっつにガールフレンドを見つけてあげたら良いんだよ!」
「そうね。そうしましょう!」

いやいやいや、ちょと待て。話が飛躍し過ぎてるぞ。とは言えず苦笑いで返す僕。
「まあ、いきなりガールフレンドを作るってのはあれだけど、遠回しに気づかせる方向でお願いします。」
天使の残酷さを知らない僕は藁にもすがる思いで彼女たちの申し出を受け入れることにした。

「アジア人のシンガーの彼女なんて良いんじゃない?みっつ、知ってる彼女のこと?」
サラはすでに僕にガールフレンドを見つけるつもりで話を進める。

「あの、フィリピン人のシンガーのことかな?」
とりあえず話を聞くだけ聞くことにした僕は思い当たる節があり、返事を返す。

「いやー、あの人はみっつには歳上過ぎるよ。もう少し若い子が良いって!」
僕と同世代のメリッサが口を挟む。

「そうかな。じゃあ、カジノのあの子は?」
サラとメリッサが思い当たる女の子の名前を挙げてくるが、船に来てから1ヶ月も経っていない僕にはほとんどの子のことがわからなかったので聞き手に回る。

「ここで話してても埒があかないから、クルーバーに行って良い子が居ないか探しましょ!」
「そうね。その方が良いわね。とりあえずクルーバーに行こう!」
「OK」
結局その場で答えが出なかったのもあり、僕はサラとメリッサに連れられビュッフェレストランを後にし、クルーバーへと向かった。その先に想像すらしていなかった展開が待っているとも知らずに。

豪華客船にあるクルーバーは、名前の通り、クルーしか入れないクルーエリアにある。ゲストは入れない場所。クルーの溜まり場である。

クルーバーは、夜ということもあり、照明の灯りが普段より落とされていて薄暗くなっていた。
カウンターバーを正面に、50人以上入るバーは開けられた扉を介して2部屋が繋がっている長方形型の作りをしている。その一角のテーブルに僕とサラとメリッサは腰を下ろした。

時刻は23時を回ったところ。クルーバーに人がだんだんと増え出す時間帯だ。
豪華客船のクルー全体の約7割が男ということもあり、クルーバーに女性は数えるほどしかいなかった。

サラとメリッサのお眼鏡にかなう人はいなかったようで、とりあえず僕のガールフレンド探しは一旦辞め、雑談をして時間を潰していた。

時間が経つにつれ、1人また1人と他のスパメンバーが増えて行った。20分もしないうちにテーブルを囲む人数は10人を超えていた。

23時半を過ぎた頃だっただろうか。
彼がクルーバーにやって来た。
僕らが囲んでいたテーブルには僕と彼の共通の友人が居たこともあり、少し離れた場所ではあったが、同じテーブルに彼も座った。

僕は彼がクルーバーに来たことに気づいていたが、メリッサとの話が盛り上がっていたこともあり、彼に気づかないフリをした。
彼は、馴染みの友達と話しながらお酒を飲んでいた。

メリッサも彼がクルーバーに来たことに気づき、私と親しそうに話してたら彼女かもしれないと思うかもしれないから今日はずっと一緒にいるよと小声で話して来た。
嬉しい申し出に、ああ、天使が現れたと思った。それが残酷な天使だということに気づきもしないで。

いつもと変わらない光景。時刻は24時をもうすぐ回ろうかという時。クルーバーに人が集まって来てある程度賑やかになってきたその時、事件は起こった。

突然、メリッサが僕らとは違うテーブルを囲む彼女のゲイの友人に対して周りの人にはっきり聞こえる声の大きさで高らかと宣言をした。

「Hey Nand! Did you know my friend “Mits” is not a gay. Even if you like him, don’t approach him hahaha」

絶句である。もちろん、周りもポカーンとしていた。
彼女の友人でもあるNandはそもそも僕と話したことも無いし、初対面すらまだという間柄だ。気がきくNandはとっさに当たり障りのない返事を返す。

「OK Melissa. I got you. Don’t worry I won’t but I like you my friend」

察しの良いなんと出来た人間なんだろうか。Nandは、嫌な顔ひとつせずに片手をあげ、ウインクをしながら僕へのフォローも忘れない。

僕は、こわばった笑顔を見せながら彼へと手を上げ返事を返す。

「Yes Nand. Mits is not a gay」

ダメ押しかのようにメリッサが僕がゲイじゃないことを強調する。

だまれメリッサ。と遮ることも出来ず、冷や汗をかきながら僕は彼を視界にいれないよう背を向けて座り直した。突然の出来事すぎて対応が全く追いついていない。

クルーバーに行こうと言い出したサラはというと、我関せずという態度で別のテーブルに座り彼女の友達たちと話をしていた。

もし自分が彼女の立場だったら全く同じことをしただろう。サラを責めることは出来ない。
後日、この日のことをサラと話していて、あれは背筋が凍ったと言っていた。

サラにしてもとばっちりな出来事だったと言えよう。まったくもって彼女が望んだ展開ではなかったのだから。

当のメリッサはというと、私ファインプレーだったわよね。とでも言いたそうにうきうきしながら僕との会話を続けて来る。
僕も今、メリッサとの会話が止まったら終わると思い必至に会話を繋ぐ。周りにいた他のスパメンバーそっちのけで。

「What was that??」
全くもって状況を理解出来ていない同じテーブルを囲む別の友人がつぶやく。
誰もその問いに答えることはない。何が起こったのか、何故起こったのかを理解出来たのは、僕とサラ、そして彼だけである。

彼はそれからすぐクルーバーを後にした。
去っていく彼の後ろ姿を視界の端に捉えながら、僕は気付かぬフリをしてメリッサとの会話を続けた。

彼は一体何を思ったのだろうか。
想いを寄せていた相手がゲイじゃない、お前には興味がないということを大勢の前で間接的に別の人から告げられたという現実に。

正直、胸が痛んだ。これは僕が望んだ展開ではない。全てを斧でぶち壊すかのような無理矢理な解決方法。結果として、この日を境に彼からのアプローチは一切なくなった。
結果オーライと言えなくはない。

この結果を作ってくれたメリッサとは、この事件を境に仲良くなった。
メリッサには同じスパで働くボーイフレンドがいたので、友達として仲良くなったという意味ではあるが、いろいろな話をすることになったこの日から僕とメリッサの距離は間違いなく縮まった。彼女から「I see your face differently」と言われるほどには。

もし、メリッサにボーイフレンドが居なかったら、
もし、メリッサが契約を終え船を降りる日までの日数が2週間だけではなく数ヶ月残っていたのなら、この事件は別の物語へと続くフラグになっていたかもしれない。

彼にとっては残酷な最後だったのは事実だろう。
きっと、少なからず傷つけてしまったのだろう。しかし、これもクルーライフ。

そんな彼と僕の関係は、時間が修復してくれて、数週間後には最初のころと同じような、それでも少し距離の開いた友人関係に戻すことが出来た。
多くはないがたまに会話もするくらいに。
そして後に知ったのだが、彼にはボーイフレンドが居た。
一緒にバケーションをフィリピンで過ごすようなボーイフレンドが。

つまるところ、彼は浮気をしようとしていたことになる。
バチがあたったのだと言えなくもない。これもクルーの生活。

甘酸っぱさのかけらも無い経験。
これも豪華客船という閉じられた空間で実際に起こったひとつの物語。

今日も世界の海の上、豪華客船の中ではクルーたちのさまざまな物語が紡がれている。

Fin

全3回に渡る、「アラスカ夏の夜の話」をお読み頂きありがとうございました。
この話は、実話を基にした話です。登場人物の名前は変えてありますし、多少会話の内容や話し方については脚色してありますが、当時のことを分かりやすくする為であり、書いて来たことは全て実際に起こったことです。

豪華客船という閉じられた空間ではさまざまな男女関係、同性関係の物語が日夜繰り広げられています。

今回は僕個人の話を書きましたが、今後は、僕以外の人々の話を物語として書いていければと思っています。豪華客船で起こったさまざまな話を楽しみにして頂ければと思います。

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普段はなかなか知ることのないであろう豪華客船のクルーの話についていろいろと書いていきますので今後ともよろしくお願い致します。

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