アラスカの夏の夜の話。それでも僕は…
あれは真夏だというのに吐く息が白い雨の降るアラスカの夜のことだった。
街に1つしかないバーを出たのは夜中の2時を回ったところ。
雨の中、夜道を歩くのは僕たち4人しかいなかった。
山に囲まれた街は夜中になると真っ暗になる。
街灯があるものの、深夜までやっている店が無いため道路は暗い。
車通りも無い、静かな夜。
こだまするのは僕らの声だけ。
久しぶりにお酒を飲んだからなのか、アラスカンビールが美味しくて飲みすぎたからなのか、はたまたその両方が原因か、僕はふらつきながら前を行く友達カップルの後を歩いていた。
僕の隣を歩いていたのは、最近仲良くしていた船で働く男友達。
キャストメンバーなだけあって人懐っこい性格をしている。見た目は、誇張して言えば、トムクルーズを少し小さくして贅肉を少し蓄え、優しそうな顔つきにした感じだろうか。
見る人が見ればイケメンと呼べる顔をしている。ゲイだということを除けば女の子にもモテたことだろう。
バーから港に止まっている豪華客船は歩いて15分ほどの距離。バーから港まで送迎車もあったが、小雨だったこともあり、僕らは歩くことにした。
道のりの中程まで来たところだっただろうか。
僕の右手に左手が絡みつく感覚を覚えたのは。
手を握って来たのはゲイの友人だった。彼から直接ゲイだと聞いたわけじゃなかったけど、何となくそんな気がしていた。
お酒を飲んでいた所為で判断能力が麻痺していたからなのか、
友人である彼を傷つけたくないからなのか、
自分の奥底に眠る願望がそうさせたのか分からないが、
僕は彼の手を振りほどかず、握り返すわけでもなく、絡みつかれるがままにしていた。
心臓の鼓動は早く、脈打っていた。お酒を飲むといつも脈拍が早くなるから、それがお酒の所為なのか、彼に手を握られた所為なのかは分からない。
僕は彼に手を引かれるまま、特に言葉を交わすこともなく、夜のアラスカの街を歩いていた。
10分くらい経った頃だっただろうか。僕たち4人は職場であり、住処でもある豪華客船の止まる港にたどり着いた。
ゲートで持ち物検査があったのもあり、自然と彼は僕の手を離し、僕らはゲートくぐり、豪華客船の中へと入っていった。時刻は2時半を過ぎていた。
友達カップルの部屋と僕らの部屋は階が違ったこともあり、船に戻ってすぐ彼女たちとは別れたが、僕の部屋と彼の部屋は同じ階で、僕の部屋の方が彼の部屋よりも少し階段から遠かったので僕らは2人きりでクルー通路を歩いていた。
昼間はたくさんのクルーが行き交うこの通路もこの時間には誰も歩いて居ない。
ほとんど会話もないまま、僕はまだ少しふらつきながら歩いて居た。
彼の部屋がある通路へ続くドアに差し掛かった時、彼が僕の腕をとりささやいて来た。
「Come to my cabin. Come with me.」
豪華客船という閉鎖空間では、さまざまなカップルが生まれる。
その多くはこういったバーに出かけてお酒を飲んで酔っ払った流れでキャビンへ行くことで生まれる。
それは男女カップルだろうが同性カップルでも変わらない。
こういった場面でYESと答えれば、それはその気があると言う意思表示になる。
当時付き合っていた子はいなかったが、同性愛の素養を持っていない僕はさすがにYESと答える事はなかった。
「I’m sleepy. I’m going to bed.」
彼がどんな気持ちで僕を誘ったのかはわからないが、はっきりと拒絶するわけではなく、僕は眠いから部屋に戻ると言ってこの誘いには断った。
彼は少し寂しそうな顔をして、OKと言い、ハグをしながら僕の頬にキスをして部屋へと戻っていった。
僕も振り返ることなく、自室に戻り、ベッドで深い眠りに落ちていった。
物語はここで終わらない。
この日の出来事を境に彼から僕へのメッセンジャーによるアプローチが始まった。
次回
この物語は実話であり、実際にあった豪華客船でのクルーの日常の話です。
物語の構成上、多少の脚色をしていることはご理解ください。
次回もお楽しみに。
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