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マンチェスター・ユナイテッドのグッズ展開

マンチェスター・シティに続き、マンチェスター・ユナイテッドの本拠地オールド・トラッフォードに行ってきました。スタジアム内にあるメガストアで展開されているグッズについてまとめます。

マンチェスター・ユナイテッドは昨シーズン、デロイトが毎シーズン調査している長者番付「フットボール・マネーリーグ」にて、世界一稼ぐサッカークラブに輝いています。ここ数年不調でこのシーズンにはチャンピオンズリーグに出場していないにも関わらずバイエルン・ミュンヘン(4位)、バルセロナ(3位)、レアル・マドリー(2位)を収益で上回るのは並大抵のことではありません。

そんなユナイテッドは上場企業であり、投資家向けに様々な情報を提供しています。これによるとマーチャンダイジングで収益の約1/4、年に約100万ポンド(わかりやすく150億円ほど)を稼いでいます

そんな、世界で大人気のユナイテッドのメガストアに並んだグッズを見ていきます。


■「日常使い」できるグッズ

オールド・トラッフォード内にあるメガストアはとても広く、大きな倉庫のような印象を受けます。その中でもいくつかのエリアに分かれているようで、ユニフォームサプライヤーであるアディダスのエリア、歴史を感じさせる伝統的グッズのエリア、オフィシャルライセンスを供与している様々な小物グッズのエリア、そしてアパレルを中心としたライフスタイル提案のエリアと、4つに分けられている感があります。

中心となっているのはやはりアディダスのエリアで、公式ユニフォームがホーム・アウェイ・サードまで、スター選手の背番号とネーム付きでしっかりと揃えられています。店内の1/3はアディダスエリアでしょう。

そして日常使いができるグッズといえば、ユナイテッドはアパレルにだいぶ凝っている印象を受けます。たとえば男性用のポロ/Tシャツの陳列がとても多い。シャツショップといってもいいくらい壁面はシャツだらけです。
カラーもユナイテッドおなじみの赤色をほとんど使っていないところに注目です。日常使いの中では赤はあくまでワンポイント。ここぞというところに入っていればいいという意図を感じます。

そして女性用のコーナーでは、自宅や近辺を出歩くときに着ることをイメージさせたマネキンが並びます。シャツやパーカーには筆記体で分かりづらくした"Manchester United"、前身となったクラブの創設年である"1878"そしてオールド・トラッフォードを指してよく表現される"Theatre of Dreams(夢の劇場)"とありますが、そこにエンブレムはありません。赤も見当たりません。

こうしたアパレルを購入するときの心理はやはり「エンブレムをみんなに見せたい/見てほしい」よりは「日常的に使いやすいデザイン」のほうが重要で、買うことでクラブには十分貢献できるから良い、ということなのでしょう。エンブレムの素晴らしさやクラブの偉大さは、別のタイミングで適切なターゲットに伝えられればよいのです。

また、このシリーズで毎回注目しているネクタイについても質の高さを感じます。こちらは現在のエンブレムでなく伝統的な以前のロゴを使用していて、赤も暗めで落ち着いたデザイン。ビジネスの場でどんな雰囲気を纏ってほしくてこの商品を作っているか、クラブの意図が伝わってきます。


■「ロゴのシンプル化」

ユナイテッドは商品展開の幅も広く、無彩色のエンブレムを多用しています。

そして面白いのは、ユナイテッドの愛称でもあり、エンブレムの中心にいる「レッド・デビル(赤い悪魔)」を取り出し、そのままロゴとして展開している点です。特に先程の日常使い系シャツに用いられています。

エンブレムの主役であるレッド・デビルはクラブのアイデンティティとも言えますが、それのみを抽出することで、「分かる人には分かる」という程度の絶妙なラインまで主張を抑え、日常使いできるグッズへと展開しています。実際訪れた際はこのシャツが店の中心部にあり、レジへ持っていく男性がとても多い印象を受けました。ライトなファンでも手を伸ばしやすいんですよね。

ユナイテッドのレッド・デビルは分かりやすく抽出しやすいデザインであったことも大きいでしょうが、これは非常にJクラブにも参考になる事例ではないかと思います。Jクラブのマスコットはエンブレムから飛び出てきた者も多いですが、総じてかわいくてキャラも立っておりすでに一部で大人気の存在です。彼らが街中の日常に登場させられるグッズ展開アイデアをぜひ考えていきたいです。


■「スポーツ性」
先に上げてきたシャツは特に運動や健康といったスポーティなメッセージを持っているように見えませんでしたが、いくつかのグッズに論点があるように思いました。

1つ目はアウトドアメーカー、コロンビアとの協業。メガストアの一角にコロンビアコーナーが設けられ、備えられたモニターからは選手がダウンジャケットを着用している映像が流されています。選手が天気予報のリポーター役として吹雪にさらされながら天候を伝えるという奇妙で面白い映像でした…笑

アウトドアメーカーなのですでにスポーツ感に溢れているといえばそうなのですが、実際に選手に着用させ、さらにリアルな着こなし場面を見せることで、クラブと購入者(着用者)との距離感を緊密にする効果を期待しているものと思います。トップアスリートの着ているものは自分も少し着てみたい興味が湧きますよね。

2つ目はメガストアに設置された「ライフスタイル」というコーナー。ここには写真のとおり赤、白、グレーのシャツやパーカーが置かれていたのですが、これは日常使いを意識したものよりも、明らかにユナイテッドのグッズであることを押し出したデザインです。

「ライフスタイル」という名称が日常生活で使用してほしいというユナイテッドからの提案であるならば、ユナイテッドは実のところはエンブレムがバッチリ入った、遠目でもユナイテッドであることが分かるグッズを日常でも使ってほしいという願いがあるのかもしれません。


■ライトファン向けアパレル売上のKPI化
ここからは少し未来予測。最近発売された『レアル・マドリーの流儀』(スティーヴン・G・デイヴィス/著、酒井浩之/監修、喜多直子/訳)では、著者はコミュニティブランドの観点からユニフォームの売上についてこう述べています。

ユニフォームの売上は、人々のチーム愛を映し出す極めて重要な測定基準だと私は考えている。ユニフォームを購入して愛用する情熱は、チームといったいでありたいという強い思いの表れだ。世界のスポーツファンは、お気に入りのチームをさまざまなかたちでサポートする。(中略)その点、チームユニフォームの着用は、最も視覚的なクラブ愛の表れだ。ユニフォームは着る者のアイデンティティを示し、着用する本人もそれを他人にアピールしているのだ。(『レアル・マドリーの流儀』p183より引用)

このユニフォームの購入を「ファンのコアファン化」、いわば新規顧客のマーケティングファネルにおいてはゴールに近い(もちろんシーズンチケット購入などまだまだ先がありますが)ものだと位置づけたとき、グローバルクラブの次の戦場として、ファネルの入り口に近い「ライトファン向けアパレル」市場が今後目立って注目されてくるのではないか、と思います。

グローバルクラブはプレシーズンツアーや海外放映、スポンサーのアクティベーション施策といった手法で世界各国に積極的に現地に出てマーケティングし、新規ファン獲得競争を行っています。

この競争は20年ほど続いており、そろそろ世界中のコアなサッカーファンは獲り尽くしてきたぞとなったとき、次に彼らが実行していくのはライトファンの育成戦略、つまりより密なCRMではないでしょうか。

物理的にはスタジアムから遠い、精神的にもユニフォームからは遠い、という世界のライト層とつながっていくためには、これまでの入り口施策(「HPを訪れてください」「メルマガ購読してください」「TVで試合を観てください」)では不十分。もっと彼らの生活に寄り添って、いつの間にか生活に入り込み良い印象を持ってもらえるような、長い目でのマーケティング戦略を立てる必要があり、その施策の一つがライトファン向けアパレルの展開なのだと思います。

(出典元:『レアル・マドリーの流儀』p43)

今はマーチャンダイジングのなかのユニフォーム売上が分かりやすくクラブの人気度を指し示していると言えるようですが、今後はこの内訳が複雑化し、ライトファンにどれだけアプローチができているかという指標も競争されていくのではないでしょうか。

もしそうだとしたら、Jクラブはホーム地域と日本への深い理解と、独自の商品開発力で対抗したいものです。今のうちからトライして、クラブ内にアパレルブランド開発ノウハウを溜めていくことの意義は大きいように思います。

マスコットだったら圧勝。

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