えねさんへ(オーダーメイド夢小説企画)

 天国。そう、まるで天国だった。
 数年前のあの時、私は見つけたのだ。私にとっての幸せを。この場所に通う理由の"全て"を。 
 あれから数年。私はきっと、今日この時のために今まで生きていたんだと思う。

「それではお姉さん、ミッキーとミニーのところにどうぞ!」

+++++++++++++++

 以前からディズニーリゾートというテーマパークやミッキーマウスのことは好きで、年間パスポートは持っていた。確か最初は、周りに年間パスポートを持っている知り合いがいるというのがきっかけで、行けば必ず楽しい気持ちになれるしと、まぁまぁライトにパークをエンジョイする日々を送っていた。
 しかし、2016年のある日、それは一気に塗り替えられてしまう。人気ショーがリニューアルしたというからとりあえずチェックしよう。そんな程度のラフな気持ちでビッグバンドビートを観に行ったのだ。
 笑っちゃうほど抽選運がないせいで、観に行けたのはリニューアルしてからしばらく後のことになる。そのくらい、ビッグバンドビートに対しては執着がなかったのだ。あの頃は。

 照明が落ちて、ショーが始まる。
 やっぱりスウィングは変わらないんだ〜、とか、グーフィーがいるのもいいなぁ、とか、デイジーの新曲最高だな、とか、普通にショーを楽しんでいた私の脳天を、次の一曲が貫いていった。

 しっとりとした歌声と共に、暗がりの中でステージ下からミニーが登場する。大きく派手なガウンを羽織ってゆっくりと艶やかに振り向くミニーは、まるで女神様だ。観客の誰もがステージ中央に目を向けるような構成になっている。
 そんな演出のせいか、明るくなってからやっと、ダンサーに混じって立っていたミッキーマウスの存在に気づいた。ちょっとモブみたいだな、と息を殺して笑いかけるが、次の瞬間、彼が踊り始めてからは曲中ずっと目を奪われ続けた。
 構成上ミッキーが選ばれることなんて明白なのに、ミッキーはボクを選んでとばかりにいじらしい様子を見せる。ミニーのために一生懸命自分をアピールするように踊る。
 彼が軽やかにタップを踏むたびに、上品な紫色のベストがライトを浴びてキラキラと光った。ターンをするたびに、タキシードのテールが優雅に揺れた。
 振り付けや動作自体は跳ねるようで可愛らしいのに、エスコートの小慣れ感や膝をつく動き、腰を支える手など、細かい所作からは紳士的で大人びた雰囲気を感じる。そのギャップに、鼓動が高鳴った。
 終演後もずっと心臓がどきどきして、何も話すことが出来なかった。フォロワーに心配されても
「紫ベストくん…そう呼ぶと…決めたわ…」
と繰り返すことしか出来なかった(らしい。後からフォロワーに聞かされたけど、私は全く覚えていない)

 それからの日々は輝いていた。
 元々、好きな物事に対しては金も時間も惜しまない行動力のある私は、毎日のようにブロードウェイミュージックシアターに通った。抽選の当落は関係ない。外れても初回公演や二階席に並べばいいわけで、紫ベストくんはどの距離どの角度から見ても可愛くてかっこよかった。
 ビッグバンドビートを観ると、その週にあった嫌なことや心配ごとなどなんて、幸運なギャンブラーが連勝したかのように全部消えていく。ビッグバンドビートを病院で処方したほうがいい。いや、効力が強すぎて逆に法規制した方がいいのか…?
 死んだらブロードウェイミュージックシアターに遺骨を撒いてほしいと思っているし、今ではすっかり周囲からも『ビッグバンドビートの狂人』扱いされている。

 そんな満たされた生活を何年か続けたある日。バイト終わりになんとなくTLを眺めていると、ある時点からフォロワー達が叫び狂っていることに気づいた。
 何が起こっているのかと公式のアカウントに飛んでみると、見えたのは…

『「ビッグバンドビート」ショー鑑賞&キャラクターグリーティングを楽しむ 2DAYS』

の文字。
 思わず私も""ト""んでしまった。
 そういうわけで、なんやかんや無事予約戦争に打ち勝った私は、大好きな場所でミッキーマウスに会える権利を手にしたのだった。

+++++++++++++++++++

「それではお姉さん、ミッキーとミニーのところにどうぞ!」

 ツイッターはログアウトして、何も情報を入れない状態で備えてきた。他人のグリーティング動画を見ただけで、狂い散らかしてしまう自信がある。ブロードウェイミュージックシアターのステージ外で自由に動くミッキーマウスを見てしまって正気でいられるはずがない。あえて何も知らずに挑んだほうが人間の形を保てると考えての作戦だった。我ながらいい戦略だ。多分参謀の才能がある。
 誘導スタッフの後に続いて、2階へと続く階段を登っていく。すう、と大きく息を吸って覚悟を決めた。大丈夫、めちゃくちゃイメトレしてきたし。
『イッショニシャシントッテイーイ?』
『アリガトウミッキーダイスキ』
 頭の中で繰り返し呪文を唱えながら階段を登り切ると、視界にミッキーとミニーの靴の先が見えた。
 いきなり冷たいプールに入ると心臓に負荷がかかる。その理論で、まずはつま先から徐々に慣らしていくという作戦だった。正直つま先だけでも動悸がとんでもないことになっているのだが、冷静さを失いながらも私はある違和感を覚える。

(ん…? なんかミニーちゃんの靴、白くなかった?)

「カメラお預かりしますか?」
「あ、はいお願いします」

 考えている途中でスタッフに話しかけられ、咄嗟に顔を上げてしまった。踊り場に立つミッキーとミニーの全身図が、一気に視界に入る。

「エァ゜ッ!?」

 同時に、私は奇妙な音声を発してしまった。
いや、2人が立っているのは知っていたし、覚悟は決めてこの場所にやってきたのだが……問題なのは、その衣装だった。
 2人はなんと、cheek to cheekの衣装を、身に纏っている。

(現実…?)

 思わず膝から崩れ落ちる。策に溺れた私は、人間の形を保てなかった。

「お、お姉さん!?」

 どどどどどうして?
 予約時点でのイメージ写真では黒タキと赤ドレスだったはずなのに何で!?
 『※写真はイメージです』が本当にイメージなことある〜〜〜〜〜〜!?!???

 慌てたようなミッキーとミニーが心配そうに駆け寄ってくる。アッ本当にやめて下さい。逆に死ぬので。ミニーちゃんの網タイツ間近で見られるのヤバ〜〜〜〜〜!!!! いいんですか? こんなの。私逮捕されないですか?

「あの……あの私、ビッグバンドビートが本当に大好きで…cheek to cheekの衣装が一番、一番好きで…本当ずっと会いたくて…」

 緊張と動揺で、もはや自分が何を言ってるのか分からない。

「大丈夫、キミの気持ちはちゃんと伝わってるよ。ありがとう」

 ミッキーは穏やかな声でそう言うと、ぎゅうと抱きしめてくれた。間をあけずに、反対側からミニーにもハグをされる。
 え? 死ぬんか? 今
 ここで、キャパを超え白目を剥きかけている私にさらなる追いうちがかけられた。私を挟んで立っているミッキー とミニーはそのまま二人で手を繋ぐ。
 そして、輪の中に私を入れるとどんどん距離を詰めてきて…二人で両側から軽く頬を押し付けポーズをとった。

 アーーー!!!!!!!?
 cheek to cheek to cheekだ〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!????!

 それ以降の記憶はない。後日フォトキーを確認すると、写真に写る私はミッキーとミニーにハグをされながら昇天したような笑顔を浮かべていた。
 こうして私は明日から一日5回、ブロードウェイミュージックシアターの方角を向いて礼拝をすることを決めたのであった。

 ビッグバンドビートへ。愛しています。私より。

(おしまい)


実は、cheek to cheekの歌詞フレーズ(和訳)の一部を文章内に散りばめています

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?