チョコらってさんへ(オーダーメイド夢小説企画)

 2017年、秋のある日。
 私の世界に"推し"が誕生した。
 姉に誘われてなんとなしに同行したその『ハロウィーン・ミュージックフェスティバル』で、私は落ちたのだ。
 そもそも音楽フェスなんてものにあまり関心がなかった私は、購入必須であるコーラ味のドリンクを行儀悪く啜りながらステージ上の光景を眺めていた。ちなみに、コーラだと断言しなかったのは、ベリーの風味がしたような気がするからだ。
 奇妙な柄のシルクハットを被ったDJらしき男が、ハンドサインや簡単な振り付けをレクチャーしてくる。リピーターが多いのか、周囲の人間はもう知っていると言わんばかりにDJと同じタイミングでダンスを踊っていた。   
 その腕には、様々な色のラバーバンドがいくつも巻いてあった。前の列にいくほど、紫色のラバーバンドを巻いたファンの割合が高いような印象だ。
 なんだか肩身が狭いなと思いながら、指でコウモリの形を作り、ぎこちない動きで振り付けを真似する。レクチャータイムを終えると、ステージ両端から勢いよくスモークとシャボン玉が噴き出した。
 ボイスパーカッション混じりの、いかにもクラブですといった曲調の音楽が会場内の大きなスピーカーから流れ出す。
 まだ出演者の姿も見えていないというのに、割れるような歓声が響いた。大勢のファン達がリズムに乗り、コーラスのタイミングに合わせて『ポップンライブ!』と叫んでいる。隣で姉が何か言っていたが、騒音に紛れて何も聞こえない。思わず耳を塞いでしまった。

(ひぃ〜〜何このノリ!? まだイントロだけど!?)

 付き合いでもついてくるんじゃなかったと後悔しかけたその時、出演者であろう人物がステージの端から現れた。明るい笑顔で観客に手を振り中央へと歩くその姿からはスター性を感じる。腕には紫色のラバーバンドをつけていて、あぁなるほどと思った。
 この人が一番人気ってことね。私は周囲の盛り上がりに反比例して冷めていく感情を誤魔化すように、ストローを咥えて残り少ないドリンクをかき混ぜた。

 ところが、マイクをスタンドから攫うように手に取った瞬間、彼の纏う雰囲気は一変する。
 つば広のハットをグイと下ろすと、穏やかそうにまんまるく開かれていた目が半分程隠れ、威圧感さえ感じる鋭い目つきへと変わった。オーラが見せる錯覚なのか、黒いはずだった瞳の奥に、カメリアのようなピンク色の薄暗い光が揺らめいた。
 ロングコートを右手で手荒に払った彼は、自由になった右脚を高く上げ、ステージ上の柵にドンと乗せる。そして、口角をグイとあげて、挑発するような視線で観客を見下ろした。
 スポットライトの光を背にしたその姿があまりに眩しくて、強くて、圧倒的で。思わず、口につけていたストローを離し、ステージを食い入るように見つめてしまった。

 出演者やダンサーは他にもいるのに、ステージのどこにいても彼を目で追ってしまう。スポットライトも、ソロパートも必要ない。私達の視線、心、全てを奪い、パフォーマンスで支配する。
 まるで王様だ。このクラブの、王様。
 興奮しきった姉が「クラブキング!」と叫んでいる。あぁそっか、さっき聞こえなかった言葉はこれだ。
 クラブキング。なんて相応しい呼称なんだろう。

 さっきまでは雑音に聴こえていたはずのクラブミュージックが心の奥を激しく揺らした。アップテンポなリズムで刻まれるエレクトロニックな重低音に合わせて鼓動が速くなった。気がついたら、タオルを振りながら泣いていた。

 それからの私は、それはもうなんというかすごかった。
 フェスの帰りに物販で全てのグッズを買い、紫色のラバーバンドを両腕につけて帰宅したかと思えば、全曲をダウンロード。その日のうちに過去のフェスDVDや物販グッズもネットで購入し、次回フェスの日程をチェックした。
 数年経った今では、私も立派な『参加パートのダンスを、レクチャーのタイミングで踊る』側の人間になってしまった。
 クラブキングの魅力は何年経っても変わらず、私を虜にし続ける。飽きるどころか、年数を経るごとにどっぷりと沼にハマっていき、社会人になった私の生き甲斐として、人生における優先順位トップに君臨していた。
 辛い仕事も、クラブキングのことを考えれば乗り切れた。帰ったら、クラブキングの声を聞くことができる。姿を見られる。毎日が楽しくて仕方がないのはクラブキングのおかげだ!
 最近出た新譜には早期予約特典として応募券がついていて、当たればメンバーとのツーショット撮影ができるらしい。
 もちろん、チャンスを捨てるのは勿体無いし一応応募はしたけど、別に私はクラブキングに会いたいとか、認知されたいとかそういう気持ちでファンをやっているわけではないから……。ステージ上のクラブキングを眺めるだけで致死量のクラブキングを得られるからそれで十分っていうか。
 そもそも、こういうのって当たるわけないし最初から期待もしてないわけで。

 そう、普通当たるわけないよね!?
 まさか、まさか本当に当たるなんて思わないじゃん!!???

 そんなわけで、私は今、クラブキングとのツーショット撮影列に並んでいます……。

「それでは、荷物はこちらに置いてください」
「はっ、ヒャイッ」

 あまりの緊張で、スタッフの誘導にすらまともに返事ができない。次の次の番が、私だ。
 撮影会は簡単な衝立の向こうで行われる仕組みで、1人あたりの時間は約2分程らしい。もちろん、そんな短い時間ではクラブキングへの愛と感謝が伝えきれるわけがないので、事前に手紙を書いてきた。姉とのイメトレも30回はしてきた。できる準備は全てしてある。大丈夫。
 そうだ、言うと決めている言葉を最後にもう一度頭の中で唱えておこう。

『ポップンライブが本当に大好きです。あなたのおかげで人生が輝きました! ありがとうございます! これからも応援して

 ここまで唱えたところで、撮影会を終えたであろうファンの女性が、ふらふらとよろけながら荷物を抱えて出口へと歩いていくのが見えた。
 えっ 撮影終えたらこうなるってこと……?
 いやいやいや人のこと考えてる場合じゃない、もう一度唱えないと。

『ポップンライブが本当に大好きで

 ふと、仕切り板の端からオレンジ色のハットがチラリと見えた。続いてコートの裾も。
 生 き て る
 クラブキング生きてる!!!!!
 クラブキングがすぐそこに""居る""!!!!

(ああ"〜〜〜〜〜!!!!!)

 必死に顔には出さないよう努めているが、脳内ではすでに号泣している。だってクラブキングに会えるなんて夢だとしか思えないのに、現実で会えるんだもん。

「それではお姉さん、前にどうぞ」
「エッ!? もうですか!?」
「はい、もうですよ」

 恐る恐る衝立の先まで歩くと、いた。
 クラブキングが、いた。
 笑顔でこっちに手を振って

 あああ"〜〜〜〜〜〜〜

 仕切りの奥には背景用の壁紙があり、その前にクラブキングが立っていて、出口側にカメラマンが複数人、機材を構えて待っていた。2分という限られた時間だ。話す時間はほとんどなく、基本的には写真撮影がメインとなる。
 クラブキングは撮影エリア内で後ろ手を組み、『まだかな?』という顔で左右にゆらゆらと揺れている。その度に、衣装についたチェーン同士がぶつかり合い、チャラチャラという軽い音をたてた。
 こ、こんな小さい音、最前列でだって絶対聴こえないのに!?
 つまり最前列以上の距離ってこと!? ヤバすぎる!
 ぐるぐると目を回していると、スタッフが手のひらで部屋の奥、つまりクラブキングの立つ撮影場所を指した。

「さぁお姉さん、ミッキーのところまでどうぞ」
「アッ 無理です」
「はい、行ってくださいね」

 スタッフの慣れたような対応になんとか正気を取り戻した私は、死にそうになりながらもようやくクラブキングの少し手前まで辿り着く。入場時にもたついたせいで、言いたいことを少しも言えないまま撮影をする流れになってしまった。

「それではお姉さん、ミッキーの隣に並んでくださいね!」
「は、ヒャイ」

 ガチガチに固まった身体をなんとか操作してクラブキングの隣を目指す。折角本物が間近にいるというのに、いざ目の前にすると顔を直視できずに、足元ばかり見つめてしまった。後で絶対に後悔するに決まっているけど、今を生き延びることに必死でクラブキングのコートに描かれたタイルの数を数えることしかできない。

「はい、じゃあ撮りますよ〜! お姉さんもポーズお願いします!」

 いや、もう、ピース! ピースしか無理です!
 やりたいポーズとか10通りくらい考えてきたけど全部吹っ飛んでしまってピースしか出てきません!
 真っ直ぐにカメラを見つめながら、顔の横で小さくピースサインを作る。すると、ちょいちょいと指先で肩をつつかれる感覚がした。反射で振り向くと、クラブキングが、軽く曲げた左腕をこちらにずいと差し出している。
 脳が情報を処理するまでに、数秒かかった。

(!?)

 クラブキングの腕が作り出す、狭い三角形の空間が何を意味するのか。それを理解した瞬間、あまりの動揺に一歩後ずさってしまった。

「エ…ッ あの、」
「ほら、撮ろうよ」

 クラブキングは片方の口角を上げ、悪戯めいた笑顔でこちらにもう一歩歩み寄ってきた。踏み出した足と私の靴先がわずかに触れて、小さな悲鳴をあげそうになる。そんな私を見て、クラブキングは満足そうに目を細めた。
 わざと、だ。私が緊張しているからこそ、あえてこのポーズを指定してきたんだ、彼は。だって、こんなに悪くて楽しそうな顔をしている。
 まるで心の中を全て覗き見られているような、視線で射抜かれるような感覚に、顔が熱くなった。

(あぁ〜……クラブキングが心の底から大好きだ)

 差し出された腕と震える自分の腕が触れた後からは、ほとんど記憶がない。唯一覚えているのは、感極まって泣きながら手紙を渡した時のことだ。
 大好きですと言いたいが、頭が真っ白になってしまって涙しか出てこない。そんな私をクラブキングはぎゅうと強い力で抱きしめ、耳元でこう言った。

「大丈夫。君のハート、ちゃんと全部見えてるよ」





「お姉さん、お時間です〜」


一生、推します。
そう思いながら、ふらつく足取りでなんとか荷物を抱え込み、出口へと向かったのだった。

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