拝啓 金城碧海様

すーちゃん
24歳おめでとう。
23歳の1年間に見た景色はどんなものでしたか。
すちにとって嬉しくて楽しいものでしたか。
出来れば、嬉しくて楽しいことの割合が、しんどいことの割合よりちょっとだけ多かったらなと思います。
生きている限り、プラスもマイナスも全ての人間に等しく降りかかるものだと思います。
でもそれを理解した上で、幸せだけを感じて生きている人間はいないということも分かった上で、すちの心の天秤がプラスに傾くことが多かったらいいな、と思います。
私は、自分の顔と名前を出して表に出るということの怖さやしんどさを想像の上でしか感じることができません。
人はどこまでいっても自分以外は他人だから、自分に当てはめて共感はできたとして、誰かの気持ちを心底理解することは出来ないんだと思います。

だから、ここからは私自身の話になります。
私はJO1というグループのアイドル金城碧海が大好きです。
すちの声が好きです。
すちの歌が好きです。
すちの顔が好きです。
すちの身体が好きです。(変な意味ではないです。)
すちの演技が好きです。
すちのなんにでも一生懸命なところが好きです。
すちが原付にしか乗れないところが好きです。(他に何に乗れても好きです。)
でも別に、今すちの好きなところがこの先なくなったって、好きです。

ずっと、明日のことはわからないから、今楽しかったらそれでいい!と本気で思って生きてきました。
同じ場所にいることがすごく苦手で、流動的な人間関係のなかで成り行き任せで生きてきました。
たくさん周りを傷つけて振り回して、自分のことも大切にせず生きてきました。
地に足をつけて生きるということの意味が、最近まで分かりませんでした。
それすら、「今を生きている」ということなのだと思い込んでいました。
別に、それはそれで楽しかったんだけどね。
失敗したら死ねばいいや!と、本気で思っていました。
でも、実際は死ぬことはとても怖くて、出来なくて、それは私にとって逃げ道を失うことでした。
逃げ道を失ったとき、今まで流されるまま生きてきたことのツケが回ってきました。
苦しかった。
しんどかった。
死にたかった。
でも死ねなかった。
多分、私の人生はずっと視界不良で、自分のことも周りのことも何一つ見えていなかったんだと思います。
死ねばいいや!と言いながら、それがこんなに怖いことなんて知らなかった。
考えようともしなかった。

そんなときに出会ったのがJO1でした。
Supercaliをひたすら聴き続けたあの頃のこと、多分私の走馬灯に出てくるんだろうな。
ハッキリ、あそこが人生のターニングポイントだったんじゃないかな、と思います。
Supercaliがなかったら、いつかの時点で成功してしまってたかもな。
幽霊になってすちを見て、こんないい男を知らずに死んだのかと歯噛みしていたかもしれません。
きっと幽霊にもSupercaliは届いたと思います。
そう思います。
正直本当に、すちに見せて恥ずかしくない生き方はしてきてません。
恥ずかしいことだらけです。
普通の常識が分からなくて、時々萎えたりします。
まともな大人になりたいなーと考えて、まともってなんだろうな。から考え始めてしまったりします。
でも、死ねばいいや!から、生きてるだけでオッケー!と思えるようになったのも、ご飯が美味しいという感覚が理解できるようになったのも、きちんと自分を大切にしなければいけないと思えるようになったのも、あの日すちが北斗の拳の悪役みたいな衣装で私の前に現れてくれたおかげです。
ラポスタ2023、オペラグラス越しにすちを見て、「あ」と思いました。
ピタピタすぎて体操服みたいになってたラポスタTを着てるすちを見て、「あー」と思いました。
この人が好きだと思いました。
ちょっと違うかも、「この人を好きになるな」と思ったのかな。
今まで何回も人を好きになったことがあるけど、何回好きになっても本当に不思議だね。
好きな理由は後からついてくるもので、ほとんど痛い熱いみたいな脊髄反射で人を好きになる。
Supercaliだけが好きで終わる可能性だって全然あったのに、今こうやって手紙みたいなものを書いたりしてる。
私の脊髄は今もすちを好きだって言ってる。
ずっと言い続ければいいな。

すちを好きになって、JO1を好きになって、
好きだと言うようになってから、大切な友達が増えました。
他人の幸せを喜ぶことは、自分の幸せを喜んでくれる人を増やすことだと教えてくれてありがとう。
前は、人に自分の話をすることなんか弱みを握られることと同じで、他人になんか絶対に自分自身を明かしたくなかった。
ずっとそういう気持ちを握りしめて、握りしめたまま振り回して生きてきました。
でも、その拳を緩めてくれてありがとう。
人の善意が、好意が、こんなに沢山あることを教えてくれてありがとう。
友達を増やしてくれてありがとう。
確かにあのとき、私はSupercaliに救われたんだと思います。
「救われた」なんて自分で書くのは大袈裟な気がして少し恥ずかしいんだけど、まあ、すちの誕生日にかこつけて、許されたいと思っています。

すーちゃんは、24歳どんな年にしたいですか。
私はとりあえず、すちが健康で笑顔の多い年であったらそれでなんの文句もありません。
それがきっと1番いいよ。

あ、もうひとつだけすちに希望があります。
生きてる限りは何かを表現することを、諦めないで欲しいです。
やめたくなったらすちのタイミングでいつでもやめていいけど、でもやりたいことがあるうちはどんな形でも良いので絶対に続けて欲しいです。
すちは絶対に板の上に立つべき人間です。
大丈夫。
やりたいことをやってください。
応援します。

すーちゃん、お誕生日おめでとう。
24歳も絶対にいい年になるよ。
これは必ずね。

おやすみ、すーちゃん。

敬具

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?