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人の力を信頼し、つながりを大事にした本物の教育 学校法人北邦学園理事長 佐賀のり子さん

 今回、絵本コンシェルジュとしても活動されたり、多岐にわたって活躍をされている学校法人北邦学園理事長の佐賀のり子さんにお話を伺いました。

佐賀のり子さん プロフィール
現在の職業・活動:学校法人北邦学園 理事長・江別蔦屋書店絵本コンシェルジュ
出身地:北海道札幌市
HP:https://www.hoppou-gakuen.ed.jp/
経歴:保育科卒業後、幼児教育の道へは進まず、ヤマハ(株)に就職。5年間の会社員生活を経験。その後父が設立した学校法人に就職現在に至る。

自分の『仕事』って何だろう。向き合うことで見えたつながりを大切にした学園経営

記者 今はどんな活動をされていますか?

佐賀のり子さん(以下 佐賀 敬称略) 学校法人北邦学園の理事長をしております。北邦学園は父が創立した学園で、今年で38年目、私は24年前から勤務し、7年前に理事長を引き継ぎました。北邦学園に勤務する前は一般企業に勤務していました。

 理事長としての仕事は私の場合は主に企画とマネジメントそしてチェックですね。外部の方との交流、情報交換をすることも多いです。外部での活動も多くしているので「理事長職は飾りでしょ」なんて言われることもありますが(笑)あくまで本業を大切にしています。日々決裁、決断することが沢山あるのですが、常に素早い決断を心がけています。私が決断しないとすべてが滞るので、素早く適切な決断が重要だと思っています。

 現在5つの認定こども園を運営していますが、各園に園長がいて、それぞれ責任を持って園を運営してくれています。人とのつながりを大切にしながら、みなさんのお力をお借りして学園の運営をしています。昔は教職員も少なく、全員をよく知っている状況で仕事できましたが、今は教職員が200人程になり、ひとりで全てを取り仕切る範疇を超えてしまいました。私自身もこれまでに3人の子どもの出産などで、誰かに仕事をお任せしなくてはならない状況が何度もあり、そんな中で、最初は自分だけで抱えていたことも、だんだんと人にお願いすること、お任せをすることができるようになってきました。

 現場から離れることが増えると、やりがいを感じられなくなる時もあり「私の仕事とはなんだろう?」と自問する時期もありました。そんな風に悩みながらも、仕事を続けて行く中で得た答えのひとつは、私の仕事で大切なことは先ほども少しお話した『決断すること』そして『Yesをもらうこと』にあると考えるようになりました。学園の教職員、保護者の方にはもちろん、役所関係の方、銀行さん、お取引業者さんなど外部の方にも「Yes」をいただくこと。難しい状況の場合もあります。けれど気持ちよく「Yes」と応えていただく、それをお願い、調整するのが私の仕事だと思っています。

 基本、現場での子どもたちの保育活動については園長と教職員に任せています。私は経営的な部分とマネジメントなどを中心に考え、どうしたら働く人たちにとって職場環境をよくしていけるのかは常に意識しています。幼児教育・保育の業界は、最近やっと話題になるようになってきましたが、重要な仕事でありながら、給与水準は低く、社会的にもあまり評価されていません。先生たちの社会的地位の向上、労働環境の改善に努めて行きたいです。

記者 理事長以外にはどんな活動をされていますか?

佐賀 学生時代から絵本が好きで、仕事や子育てを通じてその思いが深まり、絵本に携わることも仕事にしています。子育てをしながら「良い絵本とはどんな絵本なんだろう?」と深く考えるようになり、とにかくいろんな絵本を見て勉強をし始めました。小樽の絵本・児童文学研究センターに2年半通ったことも大きかったです。絵本は素晴らしい芸術作品だと考えています。絵も言葉も、どちらかだけが良いのではなくて、両方が優れていて、大人も感動できるものが良い絵本といえますね。感動というのは感動で涙が出たいうことだけではなく、思わず笑った、心がはっとさせられたとか、よくわからなかったけど何か惹かれるものがあったなど、心が動くことを全て感動と私は言っています。当学園でも図書委員会をつくって、勉強会、講演会の開催や北邦学園がおすすめする絵本リストなども作り活用しています。

古川奈央さんの出版記念イベント
(江別蔦屋書店)

 社外での活動は、昨年オープンした、江別蔦屋書店にて絵本コンシェルジュをしています。店頭で接客もしますし、絵本を使ったイベントを企画したり、様々なニーズにあわせた選書なども行っています。とても楽しいです。
絵本の活動については自分のできることのひとつとして、コツコツ長く続けていきたいですね。

社会のなかで『孤独にさせない』ということ

記者 これからのビジョンは何かありますか?

佐賀 機会があれば北海道以外でも新規開園もできたらよいなとは考えています。けれどそれ以上に教育・保育の質の向上が重要ですね。子ども子育て支援新制度が始まってから、企業主導型の保育園がとても多くなってきています。その中にはいろいろな質の施設があるのも事実で、だからこそ私たちは本物の質の高い教育を続けたいと考えています。多くの子ども達が本物の教育を受けられるような機会が必要だと感じています。私たちには今までの38年の歴史やノウハウ、先輩たちが作ってきてくれた礎があります。なので私たちにしかできない仕事、ただ園を増やしていくのではなくて、子どもの教育、幸せに貢献していきたいです。

 今の時代、耳を塞ぎたくなるようなニュースも多く、虐待や犯罪、おぞましく、直視できない内容の時もあります。どうしたらそのようなことが起こらないようにできるのだろうかということは常に考えています。
 私は児童精神科医の佐々木正美先生を尊敬しており、先生の書籍「子どもへのまなざし」は子育てのバイブルでした。ご生前、直接お会いして学ばせていただいたことも何度かありそれは私の誇りです。佐々木先生と子育ての話をしていた時に「虐待などをなくすにはどうしたらいいのでしょうかね?」と思わず質問をしてしまったことがありました。そうしたら「親が社会の一員として地域社会に参加することが大切です」とおっしゃっていました。確かに虐待などをしてしまう親は、社会から孤立していて、周りの誰とも繋がりがないというケースも多いのです。「これをしたら絶対に虐待が起きないという特効薬はありません。けれど社会に参加する、人と人のつながりを持つ、孤独にさせない。これ以外にありません」とおっしゃっていました。とても印象に残る言葉でした。 佐々木先生のおっしゃるように特効薬はありません。ひとつひとつの地道な活動が必要だと感じています。私たちにできることはまず、私たちの園にいらしているお母さん、お父さんを孤独にさせないこと。それと同じように、ここで働く先生たちも孤独にさせてはいけないのです。悩みや相談をお互いができるような温かい職場を作っていきたいと思っています。

記者 子供だけじゃなくて、親御さんも含めて巻き込むイメージな感じですか?

佐賀 園だけが頑張っても子どもの成長にはつながりません。家庭がとても大切です。親と園が同じ方向を見ている、子どもの教育について大切だと思うことを共通理解できているかどうかはとても重要です。
 私たちが親も教育するとなど大それたことは思っていません。私たちも一緒に成長させていただく、協力して子育てをする、お手伝いをすると思っています。実際にずっと先まで子どもを育てていくのは親です。私たちができることには限界があることを自覚することも必要だと思います。

記者 本物の教育というと子ども達がこうなったらいなっていうのはありますか?

佐賀 教育の最終目標は何かと言われれば、正解はひとつじゃないと考えていて、だからこそ子どもがどんな姿になってほしいのかを、親も考えてみることが大切だと感じます。私自身もふとした時に、母親として子供たちがどうなって欲しいか、考える時がありますが、案外ぼんやりとしたイメージしか思いつかないものです。まずその機会を作ることが必要です。その答えは誰かに与えられる物ではないですしそれぞれだと思いますが、あえて言うなら私は、子どもを自立させ、自分で考えられる人にすることかなと。今は学校教育ではアクティブラーニーングが主流となりつつあります。能動的な学習、探求型の学習です。今までのティーチング、ただ座って聴いてるだけではなくて、課題の発見から始まり、自分たちで調べ考える学習、ティーチングからコーチングへと変わり、社会でも自分で考えることが求められます。そのような流れを見ていて、私たちが行ったきた幼児教育はもともとティーチングは少なく、押し付けや、先生の指示で子どもたちにあれこれさせるのではなく教育のねらいを設定しながらも、子ども達がやりたいこと、遊びたいことを中心にし、それに寄り添うかたちで保育を行ってきました。これからは「自分で考えられる人」が求められていることを考えると、私たちが行ってきた教育活動は正解だったのだと自負しています。

何もできないと思っているから自然にできる
「助けてもらうこと」「人をすごいと思えること」

記者 佐賀さんのお話を聞いていると「自分」と思っている範囲が、『佐賀のり子』個人ではなくて、業界全体が「自分」と思って行動しているような感じですね。

佐賀 ひとりでできることは限られていますし、人に助けてもらうのが上手なこともあると思います(笑)

記者 もともと助けてもらうのが上手なんですか?

佐賀 何もできないから逆に良かったのだと思います。私は基本的にどんな能力も高くありません。何か特にすごくできるということもないのです。自分でできないことが多い。自分でできないと誰かにやっていただくしかない。どうしたらやっていただけるかを考えます。それも気持ちよく。できないことが多いから謙虚でいられるのだとは思います。自分ができないことをサラリとしている方を見ると、心から「素晴らしい!」「どうしてそんなことができるんだろう!」って感動します。そんな風に承認力があるのが私の強みかな。やっていただきたいからとお世辞を言うのではなく、心から尊敬の念を持ってそう思えるんです。

記者 自分ができないことをわかることで、周りに助けを求められて前に進む原動力になっているようですね。

佐賀 そこまで行くにはもちろん落ち込んだりすることもありましたし、今もそう思うこともあります。ママ友でもスキーやスノーボードも上手く運動神経が良い方もたくさんいるし、お料理が上手な人もいる。ものすごく頭も良くていろいろなことができる人がたくさんいます。私は本当に普通の人。人が羨ましくなるときもあります。でも最後は「しょうがないや・・・」って、そういう自分を受け入れるしかない。でも時には「私、センスはいいし、かわいげがあるし、仕事もそこそこやれるし、けっこういけてるんじゃない?」って思うときもあるんです(笑)そういう風に自分を認めつつ、バランスを取りながらで自分をコントロールできているのかなと思います。

記者 落ち込んでも卑屈にならずに最終的に楽観的にいけるのがすごいですね。

佐賀 もちろん卑屈な気分になることもあります。だけど、卑屈になってもなんにもならないですしね。向上心を持って今からできることもたくさんあると考えています。佐々木先生も、子育てで遅すぎることはひとつもないといつもおっしゃっていていました。適切な時期にしていなかったことを成すのには時間がかかるとはおっしゃっていますが。子育ても過去を振り返れば、もっとこうしてあげればよかったなど思うことがありますが、それは今からすればいい。遅すぎることはない。この言葉にいつも励まされています。子育て以外でも勉強が足りないと思えば、今から勉強すればいいし、いつからでもスタートができると思っています。 

流されても、やらされるのではなく、自分で決めること

記者 現場のプレイヤーから理事長になるきっかけはなんだったんですか?

佐賀 もともと理事長にはなりたくなかったんです。何とかして避けようと思っていましたし、父から私が理事長になるんだって言われても、「やりたくない。やだ。」って。けれど仕事をしていく中でだんだん洗脳されたのか(笑)、また献身的に頑張ってくれている先生たちに見合わない処遇しかできない、これだけの給料しかあげられないのかという憤り。先生たちの処遇や働き方、社会的地位もよくしていという思いに至ったことが、最終的に引き受けた理由かと思います。両親が苦労して作り上げてきたのをみていたから投げ出せなかったですね。これも「しょうがないから」引き受けました。ある意味、流され人生です。

記者 「しょうがない」といいながら、ご自分で決めるイメージがありますね。 

佐賀 そうですね。自分で決断しないとやはりダメなんです。流されるけど、やらされるのではなくて、自分で覚悟を決めて決断することが大事だと思っています。小さなことでも、誰かに言われたからと、納得しないでやると必ず後悔します。小さなことでも自分で決断する、決めたのは自分、人のせいではないということを自覚する。人のせいにすることも嫌いなので。 

記者 子ども達が自分で考えられるようにということとも一貫性がある感じがしますね。お忙しい中、インタビューにご協力いただき、ありがとうございました!

編集後記 佐賀さんのお話を伺い、流されるのではなく、自分でやると決めることの大切さ、自分のできない部分を見つめられるからこそ、人の手を借りることができたり、素直にすごいと感動できる心が生まれてくるということを学びました。沢山の役割があるなかで、一個一個前に進んでいける佐賀さんの姿にとても感動しました。

記者 堀江、深瀬

この記事はリライズ・ニュースマガジン”美しい時代を創る人達”にも掲載されています。
https://note.mu/19960301/m/m891c62a08b36

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