伝説の完全食を探して

 これだけ食べておけばいい、他に何も食べなくても一生健康に生きていける一品、そんな伝説の完全栄養食はなんとも魅力的だ。そんな魔法のような食品をなんとなく求めてきた事はないだろうか?

 敗戦後の昭和20年代に壊滅した国で細々と暮らしてきたの貧乏人の子孫の発想かもしれない。何代も貴族の大金持ちはきゅうりのような、栄養素のない食品を好んで食べるものだ。お金持ちは栄養のある優れた食材などとうに食べ飽きているのだ。大きなテーブルにたくさんの料理が並んでいるのが普通の人達が、そんなもの何品もたくさん食べて足りない栄養素を帳尻合わせればいいじゃないかと言っても話は通づるまい。

 現代日本のような、多くの人間が痩せる事に時間とお金を注ぎ込む飽食の時代にSSS級の、全ての一日分の栄養素をカバーできる伝説の一品は正直言って不要だ。栄養豊富でカロリーが手軽に摂取できるメニューは、現代では意味がないというか、むしろ敬遠されるぐらいだ。某大手ハンバーガー屋さんのフライドポテトはジャガイモの栄養素であるでんぷんを洗い流して調理される。むしろあそこのハンバーガーはダイエットメニューになるぐらいだ。現代人には、あえて栄養素を抜いた方が美味しく感じるようになるのかもしれない。栄養素の多さと美味しさは必ずしも比例しない。

 これはいわゆる美食趣味とも違う。男のロマンの問題なのだ。ヒンメルが抜こうとして抜けなかった勇者の剣みたいなものなのだ。そんな伝説の剣が無くたって魔王を倒す奴は倒すんだ。あのパーティが魔王を倒せた理由は伝説の剣があったからじゃない。デタラメに強い勇者、硬すぎる戦士、規格外の僧侶、世界屈指レベルの魔法使い、全員が化物級のパーティという地獄のフルコースだったから魔王を倒せたのだ。伝説の剣の一品に頼っていたら魔王はきっと倒せていなかった筈だ。

 と、ここまで書いて気付いたのだ。これって基底が陰謀論に通じていないか。万病に効く幻のお茶!全ての病気を治す神の薬!ああ、こういう事だ。この基底には、貧乏を基盤にした、一品絶対主義がある。貧困の砂漠が巨大な地盤を作っていて、ここから生える一本の木が全てを解決してくれる事を期待しているのだ。

 だからこそだ、断じて伝説の完全食メニューを陰謀論に墜としてはいけない。それは伝説の勇者の剣を魔族の手に渡すようなものだ。どうせ魔族が使ったところで、ロクに使えもしないから自滅を早めるだけだけどね。男のロマンを、無粋で貧乏くさい魔族の下請け陰謀論者供に渡すのは頭にくるこだわり屋さんのワガママなのだ。

 それゆえ、男のロマンの追求者は不幸な人生を送るのが定番だ。それは世界の真理に到達した学者が正しく評価されて、研究に困らない、生活に困らない収入を得られると期待するのと同様に無謀な期待と言わねばなるまい。むしろ、この国では、好きな事やって生きているのだからお金は要らないよなと言われるのが関の山なのだ。

 そんな伝説の一品に近いと思われるメニューからみていこう。まず、カレーライスだ。昭和前半の栄養不足が深刻な時代を救いに現れた天啓のようなメニューがカレーだ。某大物俳優の方が、若い駆け出しの頃、賄い用のカレーライスばかり食べさせられていたので、カレーは嫌いだと話していたインタビューを見た事がある。もしその時、カレーを食べていなければ現在は無かったのでは?とまず感じた。戦後にサツマイモばかり食べていたので見るのも嫌という高齢者を何人も知っている。サツマイモもなかなかに優れた栄養食材だ。漂白された白米よりは余程栄養豊富だ。サツマイモなんか見たくないなんていう人達が生き残っているのだ。逆に、これらが優れた優良食であった事が証明されているに等しいではないか。

 現在ではカレーの裾野はおそろしく広い。カレー味、カレー風味まで含めれば、もう完全に把握する事などほぼ無理に近い。カレーは、バターやチーズなどの乳製品、生卵のトッピングの可能性、サバカレーといった飛び道具的展開もある。パイナップルなどのフルーツ付け合わせの可能性もあるので、日本食に不足しているといわれるビタミン群、カルシウムがカバーされているケースも十分にありうる。S級〜A級の間、中間を取ってAA級にしておこう。

 豚汁もAA級、卵は単体でAA級、大豆AA級、サツマイモはA級、ジャガイモはA+級、玄米B+級、とうもろこしB+級といったところだろうか。こうしたA級B級群の食材を組み合わせればAAA級のメニューを作る事はそう難しくない。だが、そうじゃないんだ。初期のベジータが食べていた、サプリメントのようなお手軽な携帯食を求めているわけじゃないんだ。(我ながら面倒くさいな)

 昔から、日本食でよく指摘される不足栄養素はカルシウムとビタミン類だ。カルシウムで真っ先に選択肢に入るのは乳製品だ。次に魚介類や干物だ。少し捻ると、ふりかけも有りだ。小魚や貝は比較的手に入りやすいのでカルシウムが必要である事を自覚できていれば簡単に摂取は可能だ。

 ビタミン類については、太平の時代の武士の内職の一つ、ミカン生産がある。また、日本には自生する柿や栗、枇杷(の葉は意味不明。生薬の一つ以上の意味はない)や柘榴などの果実があり、探せば他にも多くの植物由来のビタミンの優良食材がいくらでもある。決してないわけではないのだ。

 味噌汁については一言言いたい事がある。最初に結論を言っておくと、自分は具沢山の味噌汁を味噌汁として邪道と考えている。味噌の麩を名乗っているからには、味噌汁の具沢山という立場は取らないという事だ。それは背番号と同じだ。お麩が大好物という事もないが、お麩が入っているという事は、ジャンルの近い豆腐やきりたんぽは同時には入れないという事なのだ。

 組み合わせで万能ネギはあるかもしれない。ただ、味噌汁は味噌味の鍋とは違う。一品の味噌汁に全てを入れ込むぐらいなら、毎日味噌汁の具を変えるべきじゃないの?うちは具沢山ではやってませんという宣言でもある。伝説の一品を味噌汁で完成させようという思惑は、家庭生活としてもあまり頂けない。小さな手間をかける事が人間の幸せを作っている。一品で全てを埋め合わせしようという考えは、決して人を幸せにはしないのだ。

 味噌汁に卵を入れるという栄養的な安易さに、何か言葉にできない拒否感を感じるのはそのせいかもしれない。卵は優れた栄養食品だ。ご飯に生卵をかけただけでも帳尻が合う。毎日、卵かけご飯を食べる生活は幸せなのか?決して、卵かけご飯を否定しているわけではないのだ。週に3回ぐらいは卵かけご飯も有りかなぐらいの感覚だが、そこで完成されてはいけないのだ。

 卵は優れた食品だが、扱いの難しさがある。考えられる理由は他にもいくつかある。まず卵が食材として一際強いからだ。味付けとして強い味噌味やカレー味の中に落としても、卵の卵たるアイデンティティは全く失われない。また、味噌汁のお椀に対して卵の内容量は7割近くを占める容量対比の問題だ。ただでさえ強い卵が同時に7割所有の大株主だったら、味噌味は卵の帝国に屈して存在が変わってしまう。鍋は味噌汁のお椀のざっと10倍以上の容量があるが、それでも卵の投入は鍋の最後の締めだったりする。味が卵味に支配され易いからだ。卵がそれだけ優秀な食品であるという事だが、いきなり正解を叩き落としてくる強制力を持っている。迷う選択肢を叩き潰しにくるから、卵投入には、タイミングの分かる人が監視している必要がある。鍋奉行ってそういう事だったんだな。

 完全栄養食コンプリートメニューからがAAA以上になる。卵やカレーでさえ、まだ足りない栄養素があるのでAA判定だ。どんなに具材の多い鍋だろうが、ともかく全てコンプリートできていればAAAだ。ただ、そんなに具材がどっさりの鍋を一人前とはいえ完食できるかといえば難しい。だから少ない具材を少し食べるだけでコンプリートできる実用性を伴うのがS級判定以上だ。フリーレンでいえば、フリーレンがAAA〜S級。右腕を黄金にされて100年引き篭もった頃はAAAだ。エルフで魔法の元締めゼーリエがSS級で、完全体の女神様がSSSになる。ドラゴンボールでいえば仙豆のような食品があればSSS級判定が付くだろう。軽い怪我程度なら仙豆を食べるだけで治ってしまう。古いところでは、旧約のマナがそれで、人智を超えた神の世界から来た食物がSSS級だ。

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