運命を辿る:未完(仮題)

執筆中の物語です。
ご了承ください。
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ディー(黒:ウェールズ語)
シャダと同じ機関に拾われた戦災孤児。元男娼。火星生まれ
趣味は眠ること、甘いものを食べること。よい成績を取ること。シャダ。
宝物:シャダとの思い出。
才能を持ち、覚醒実験で能力も得て、容姿端麗。
コンプレックスは夢がないこと。機関が生きる理由であったが、シャダに憧れられるうちにシャダを家族と思うようになる。

シャダ(白:ベンガル語)
幼いころに密売された子供。主人公。
バーチャロンポジティブの高さから機関に引き取られた。
ポジティブの値以外でディーに勝てるものがない。
覚醒実験で一時的にコンピューターがシャットダウンするも、再測定で能力なしと表示される。
趣味はかっこいい(ダサい)シャツを集めること。
夢はディーと郊外に屋外スペースのある喫茶店を開くこと。
考えるより先に動くタイプ。感覚で生きているので理由や理屈を問われても答えられない。
機関に育てられているため、戦闘はオラトリオタングラム戦でも上位に楽々入る実力。
単騎行動をとりがちではあるが、団体戦もできないわけではない。
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・始まりと終わりの場所で
 タングラムの右腕が黒く染まっていた。ディーが……シャドウが浸食しているのだ。未来を書き換えるために。
 モニターが青く表示している周囲の景色は、俺が感知できるようわかりやすく視覚化されたに過ぎない亜空間。空気の存在も、物質も、座標のすべてがiに固着された亜虚数空間にタングラム、俺のテムジンVR-707GzとディーのVR-777Type Xa……大天使とあだ名されたテムジンが浮かぶ。
 上も下もない世界で失われそうになる自我。重力やVディスクという座標があってはじめて至らしめる己という存在に、この空間は執拗に霧散させようとしてくる。俺がサバイバーであり、ディーが最高のアナザーチャイルドでなければ意識を保つことすらできはしなかっただろう。
 新設予定の対シャドウ組織、月虹教会に配備予定だったVR-777テムジンXaの銀色の姿は見る影もなく、そのボディは漆黒に飲まれていた。
 対する俺のテムジンは改修されているとはいえ、訓練機に過ぎずホワイトナイツを優に超えるXaとの性能差は歴然だった。
「ディー! 返事をしてくれ! まだ意識はあるんだろう!」
「……馬鹿な。なぜここまで来たシャダ。お前の機体では勝てない。いや、私に一度だって勝ったことなどないだろう? 逃げろ……今なら俺がタングラムを操って帰すことができる……だから……」
 モニターに表示されたディーの顔が苦痛に歪む。あの長くキレイだった銀髪も半分以上が黒く染まり、片方のグレーの瞳もまた闇を映していた。
「ばかやろう! 勝手にきめつけんな。今まで勝てたことがない? だからここで決着つけんじゃねえか! 約束しただろう。一度でも俺が勝てたら、俺の夢につきあうって!」
「か……叶わぬ夢だ」
 EPRパラドクスネットワークによって届くディーの声はあまりにか弱く、苦痛に満ちていた。強い意志、高いバーチャロンポジティブ、そしてコックピットを覆うXaの対シャドウフィルターがあって、それでもなおディーの意識はシャドウに飲み込まれようとしていた。ディーだからだ、ディーだったからこそここまで人の意識と人の身を保ってこれたんだ。
「まだ未来は決まっちゃいない!」
「もう決まったんだよ……」
 ディーは未来座標認知能力が見た景色のことを言っているのだろう。その認識が間違ったことは一度もなかった。すべてが確かな結果として形になった。本人の望むとも望まざるとも関わらず。
 俺にはそんな力はなかったけどな。

・NXTプロジェクト

俺たちは『機関』に育てられたNXT(ネクストNext eXperience Inspector)プロジェクトの産物だった。ファイアフライに代表される異能者を「発現」させるためにバーチャロンポジティブの高い孤児を集め、「製造」しようという試みだった。
なんていう話に興味はなかったが、その昔にディーから聞いて知識では知っていた。
またその発案者は、俺たちが父さん母さんと呼ぶアイザーマン博士。しかし博士に目的など無かった。曰く「ぼくはインスペクターにきょうみがあったんだ」。タングラムの消失と同時に(精神的にも存在としても)失われていったインスペクター「たち」をタングラムの庇護なく人と虚数空間の力のみで生み出そうと、彼?は考えたらしい。蓄積された情報の一端を用いて母さんの一人「R」が機関を作った。父さん「Z」母さん「Y」がどこまで認知していたかは知らないけれど。
機関はその中で新たなインスペクターを造るために「覚醒実験」というものを行っていた。あらゆるフィルタを除外したM.S.B.S.に実験体……俺たちを繋げて意識のみを電脳虚数空間にリバース・リバースコンバートさせるという狂気のそれだった。バーチャロンポジティブは一種の虚数空間における座標認識能力だという。勿論仲間の中には肉体ごと消えた者もいれば、発狂したものも、植物状態になったものも、人格を破壊されたものもいた。運がよかったといっていいのか、あるやつはファイユーブを名乗る少女の人格となったやつもいた。
高いならば実数空間に還る道をみつけられるだろう、虚数空間になにかを見出すだろう、そういった実験だと俺は聞いたが俺は還ってこられた、何度も何度も。だが何一つ俺が得たものはなかった。サバイバーとは呼ばれたが、それが蔑称だということぐらい察しの悪い俺でも理解できた。
俺はもともと戦災孤児だった。貧民街を調査していた機関に拾われ今に至る。ディーは男娼だったと聞いているけれど、それ以上は知らない。俺が見たいのは、いつだってまだ決まっていない未来の景色だから。
未来が見えるというのはどういう気持ちなのだろう。覚醒実験で未来を観ることができるようになったディーに聞いたことがあった。そうだ、そのころか。ディーが途端に冷たくなったのは。お前は出来損ないだと、VRに乗る資格はないと、機関の面汚しだと、何かにつけて俺を罵るようになった。なにがディーをそうさせたのか、俺にはわからない。
ディーは一言だけ、虚ろな目で言い放った。
「頭の悪いお前には、永遠に理解する必要のないものだ」
 そうだなあ。その頃か、喧嘩ばかり(俺がつっかかるだけだけど)するようになったのは。

・月虹教会

 父さんも母さんも俺たち「副産物」に興味を持っていなかった。欲しいのは過程、理論、結果、そしてデータ。R母さんはリリン・プラジナーに脅迫とも言る交渉を持ちかけた。
「実験体の処分を請け負って欲しい」
 もしそれを拒絶するならば、戸籍もなく存在の認められない俺たちは良くて戦争の道具、悪くて人体実験以下の玩具となり下がることは明白だった。
白虹騎士団の形骸化の後に、正しく、倫理的に、人道的にシャドウを討ち、紛争を諫めることのできる存在を求めていたリリンには丁度良いパイロットだということだった。行く当てもなく、能力の発揮場所もなく、生きる意味を持たない俺たちはそれを断る理由はない。そして新しく生まれた「場所」が月虹教会(ナイトミショナリーズ:夜の宣教師)だった。俺たちは少なくとも、なにかしらの才能を持ち機関に見出された者であり、技術者、パイロット、情報管理、開発とあらゆる分野に才能を発揮し、教会はすぐに形になっていった。
そう、見出されなかったものは、もはやここにはいないのだ。

・VR-777 Type Xa起動実験事故

月虹教会の主軸となる予定のVR-777 TypeXaの起動実験で事故は起きた。
俺は無能ではあったけれど、VRとM.S.B.S.との相性だけは誰よりも良く、起動実験は俺に白羽の矢が立った。
浮足立っていた。ただのリンクとVディスクに火を入れるだけのごく普通の動作確認のようなものでも、誰よりも先にVRを感じられるのだ。わくわくするに決まっている。
だが、そんな俺に冷や水をぶっかける男がいた。ディーだ。ディーは今まさに閉めようとするコックピットに滑り込み、そのシーケンスを強制的に静止させた。
「役不足。この場合は役者不足か。お前にセラフは相応しくない。わかっているのだろう? 天使に駄犬が乗るなどおかしいとは思わないのか? 降りろ」
遠まわしに馬鹿にしにきやがった。
操縦席に座る俺を冷たい瞳でじっと見つめるディー。
何を言っても無駄と悟った俺は、管制官に判断を仰いた。
「おい! 管制官! データなら俺の方が高くとれるだろう! こいつに何か言ってやれよ」
 ややあって管制官の声が無線に届く。
「あー、でもなあ。エミュレータではディーの方がスムーズだったんだよな。それにディーにさっき言われたんだよ。未来予知でも問題はなかったって。シャダはスコアはよくてもノイズが多くて後々データのクリアリングがめんどくさいんだ。ここはひとつデータマンたちを助けると思って、降りてくれないか」
コックピット正面に見える126層の電離フィルタスクリーンガラスの向こうで、機関の仲間が手を合わせて頭を下げている。
「くそっ、わーったよ! でも次は俺だかんな」
「次とか子供だな。何も成長していない」
「ほらよ、俺の匂いのついたメットでわりいが使えよな」
「ふん、駄犬の臭いか。なに、すぐ終わるからがまんしてやる」
 ディーの胸にメットを押し付けそのままキャットウォーク(メンテナンス用機動足場)に飛び出した。
「ぐえ」
 首根っこを掴まれ止められた。
「なんだよ! 死ぬぞ!」
「駄犬が早々死ぬとは思えないな。うるさい、よく聞け」
 ディーはグローブをした手で俺の頭を掴み寄せ、額を合わせてきた。
 俺のくしゃくしゃで汗臭い髪とは違い、ディーのそれはいつも日の光を放ち、花のようないい香りがした。顔に掛かり、少しくすぐったかった。
 鼻が触れるほどの距離でディーは言った。吐息がかかるようで少し緊張した。
「安心しろ。俺とお前は天使と駄犬ほど離れてはいるが、俺の次には優秀なパイロットだ」
「はあ?」
「わかったらさっさといけ。臭いが移る」
「ふんぐお」
 今度は顔をぞんざいに押しのけられて、たたらを踏みキャットウォークの手すりに背をぶつけた。
––––ありがとう
 小さな声が聞こえたような気がしたが、そのときは理解ができなかった。
 俺は振り返りもせずイライラしながら管制室へと向かった。
 それから、すぐに異常事態が発生する。管制室を赤いランプとブザーが埋め尽くした。管制官たちは慌てふためき、コンソールを操っている。
「おい! どうなっている!」
「……セラフが、シャドウの浸食を受けています!」
「なっ……ディー! ディー!」
 管制室モニターに映るディーの顔。そこに表情は無くただ、じっとこっちを……俺を見つめていた。
 その瞬間、ディーの口の端が少しだけ引き上げられた、ような気がした。
 そして、セラフはディーを乗せたままこの世界から消滅した。

・過去への跳躍

 管制官が電脳虚数空間の軌跡を調査するに、シャドウとなったセラフはVディスクを乱相リバースコンバートさせ、別の世界へと飛び立ったという。しかも、それは定期的に時間軸を変え、どこかへ向かっているというのだ。
「あいつを、助けられないのか!」
 技術主任アイザック……といってもNXTの仲間だったが……の胸倉を掴みかかり問い詰める。
「できないことはない。だが、行ってどうする。シャドウに取り込まれたVRと人を救うことなどできる見込みは万に一つ以下だ。その上、セラフを倒せるVRなど今のこの世界には、アジムかヤガランデしか存在しないぞ」
「俺がいる!」
「勝ったことないだろう」
「これから勝つんだよ。勝手に決めつけんな」
 アイザックはキーボードに慣れた細い指で俺の腕をつかみ下ろさせた。何かに諦めたように片目を細めて笑うと、主任帽の上から頭をかきむしり呻いた。そして言った。
「帰ってこいよ」

・影を追って
 アイザックの言うには原理としては簡単だという。俺たちが受けた覚醒実験に指向性を持たせた上で、値を精神「id」から機体を含むすべて「V-i【rtuaroi】d」に置き換えるだけでいいらしい。なるほどわからん。
「おっし、準備万端だぜ! こちとら母ちゃんの腹の中から覚悟はできてんだ! 速くしやがれ!」
 707Gzに搭乗した俺はM.S.B.S.バイザーを被り、VRとのリンクシーケンスを済ませる。みんな体が大きくなったような違和感と眩暈を覚えるというけれど、俺はそんなことはなかったな。飽くまで俺は俺だったし、こいつはこいつだ。
「私はマシン語は得意だがバカ語は知らん。だが、気持ちは伝わった。シャダ。リバース・リバースコンバートの耐性はあったな。無能で無知で無教養で無謀で無策だが、どこにいても変わらないという点に置いてはもはや才能だろう」
「照れるって、アイザック。お前みたいな天才じゃあないからさ、俺」
 頬をぽりぽりと搔いているいると、アイザックは胡乱な目でモニター越しに俺を見ていた。なんだ、褒めすぎたとか思ってんのか。
「開始するぞ。世界のどこに飛ばされるかもわからん。ひょっとしたら白亜紀の地球かもしれん」
「おう! ブラキオサウルスであいつと騎馬戦としゃれこんでくるぜ」
 操縦桿を握りしめ、フットペダルの感触を確認した。
「(やっぱり言葉が通じていないな)よし、シャダ始めるぞ。ディーを、お前の運命を連れて帰れ」
「おう! シャダ、707Gz テムジン不定位アンリバースコンバートGet Ready!」

・小鳥と三つ角
荒野にいた。機体ステータスのクリアリングを行う。ノイズ、異常なし。俺の時代から少し遡ったくらいだろうか。覚醒実験のときみたいな違和感は多少あったが、驚くほど自分に落ち着いていた。アイザックの言う自己認識にぶれがないから、なのかもしれない。サバイバーという能力、とも言っていたか。俺は俺で、どこにいてもそれは変わらないんだ。
ここにディーはいるのか?
機体の側面、閃光が煌めく。アラートは出ない程度の距離をかすめていった。見たことのある光。あの出力は10/80Specialのチャージライフル。演習場かとも思ったが、違うらしい。遠くに散逸する墓標のような鉄骨と赤い土地。個人所有のレンタリアだろう。
VRに相当するディスクの共振反応は4つ。
「アファームドCOMMとライデン、それと10/80が2つと。決闘かな」
 限定戦争以外に個人間の決闘も国政戦争公司によって取り仕切られることがあるとは聞いていた。その範疇だろうか。公司のデータにアクセス。今時分に決闘のログはないということは喧嘩か。人と人が争うなんて、こんな悲しいことは止めなきゃね。
「あー、あー、双方ともに聞くけど、どっちが悪モン?」
『あっち』
 よし、テンパチにつくことにしよう。操縦桿を押し込み、追加でフットペダルを踏み込む。高速度巡行が可能にカスタムされた俺のテムジンはすぐに肉薄した
「よお、兄ちゃん。いいところに来たなあ。もしかして物好きかい?」
 少し気の抜けた声がドノーマルテンパチから聞こえた。しかしテンパチはアファームドのマチェットをビームソードで受けてまさに鍔迫り合いの最中だった。
「俺はシャダ。弱きを助け、面白きに首をつっこむ遊びの使者さ」
「ハハッ。俺はカナリアって呼んでくれ。んじゃあ、あっちのアナスタシアお嬢様を軽く見てやってよ」
「いいのかい? 見たところあんたの方が出力も装備も劣ってるように見えるけど」
「いいよ、勝てるから」「ふ、ふっざけんなああ!」
 アファームドCOMMらしいパイロットから怒りの声が届いた。しまった、オープンチャンネルにしていた。
 アファームドはテンパチを力まかせに押しのけ、ショットガンを放つ。地面が跳ね上がるが、カナリアは軽く横へ歩いて躱していた。
「ほいじゃ、よろしく」
 俺は一瞬見惚れていた。ディーと同等だろうか、無駄のない洗練された動き。凡そバーチャロイドと思えないしなやかな挙動は人のそれにも見えた。ディーのそれのいくらかは機体性能とも思っていたが、テンパチでそれをやってのけるのか。
 踵を返してライデンと戦うテンパチへ向かう。どれだけ金をつぎ込んだのか出力や各部アクチュエーターに加えバランサーやヒートコントロールに処理回路まで手を加えている、もはやテンパチであるというリミッターがかかっているのではと思うほどの機体がそこにあった。
 見ただけでわかったわけじゃない。不定位アンリバースコンバートの解析器がバーチャロイドの存在定数変動を表示してくれていた。アイザックが色々と説明していたような気がするが、俺は習うより慣れろ派なんだ。
 件のテンパチの手には三本ツメのようなマニピュレーター様のランチャーが握られていた。
「そこのミツツメ、カナリアから言付かって助太刀に来たぜ」
「邪魔ですわ。お下がりなさい。それとこのバーチャロイドはトライホーンです。覚えておきなさい」
 強気な女性の声。まさにお嬢様。きっと縦ロールヘアにレース襟のパイロットスーツ着てるんだ。
「OK……(あー、機体コードついていなかったっけ)こっちはD-Seeker。お手並み拝見いたしますよ、お嬢様」
 一方相手をするライデン。その姿は勇壮にいびつな戦士の姿をしていた。特筆すべきはバーチャロイドほどの巨大な金属塊と呼べるグレートソード(幅広の大剣)とそれを扱うために強化された両腕。ソードマウントの為にオミットされた片方の睡蓮。動きは武骨ではあったが、カナリアとは違うベクトルで、無駄のない挙動をしてみせた。
 対してトライホーンは、あまりに粗削りで相手にはなっていなかった。
 まあ、そんなもんだろうな。
 逆襲とばかりにトライホーンは距離を取り、跳躍、全力バーニアを吹かせてのグライディングラムを慣行する。しかし、そんな見え見えの突撃が当たるはずもなく。
「そこのテムジン。一応名乗っておこう、テイワズ」
 ライデンの男はそう一言だけ告げ、身を翻しながら大剣の腹でトライホーンのVコンバータを精確に砕く。ディスクこそ破損はしないが、出力は乱れ動くことはままならないだろう。
「やるか……」
「おう!」
 NXT第二位の実力を見せてやるぜ。
 袈裟切りに振り下ろされる大剣。左足を退いて斜に構え、やり過ごす。これだけ重い剣を振りぬいたら動きは止まるだろう。
 ビィー!
 ベクトルを感知してシステムがアラートを響かせる。ライデンが両手で振り下ろした剣は片手に持ち替えられ、それから腕ではなく両脚の踏み込みと腰の回転で強引に横薙ぎに打ち込まれていた。
「まじで?!」
 横は無理。ジャンプでもいいがモノロータスに焼かれる可能性も高い。ならば!
 後ろ向きに倒れ込み顔の上に抜けていく破壊の軌跡をやり過ごす。けれど、それで止まる剣戟とは思えない。予測される(100%勘)次の動きは二度目の振り下ろし。
 テムジンのバーニアを片方だけ出力させて機体に回転を与え両脚を広げてウィンドミルダンス。大きく旋回する両脚質量を受けたAMBAC制御の助けを借りて身を起こし、地を突き放して飛びのいた。俺のいた場所に剣が突き刺さる。
「面白いな、Dシーカー」
「あんたもな」
 目が合い、今一度足を止めた。
 その間を割って抜ける閃光。
「おおい、こっちは終わったぞ。テイワズ、一度仕切りなおして休戦にしないか。腹も減ったわ」
 もう一方の戦いはカナリアの勝利に終わっていた。

・サバイバー、カナリア
 トライホーンに積まれていたレーションを分け、適当な石に腰をかけて焚火を囲む。テントを立てたりしているうちに日は暮れていた。パチンパチンとはじける薪の音、揺れる炎の光、見慣れないものだったが心は不思議と和らいだ。
 信じてもらえるかはわからなかったが、成り行きで俺はシャドウを追っていることを二人に話した。お返しなのかカナリアは自身の過去、シャドウについて教えてくれた。
 少し瘦せていたがしっかりとしたカナリアの体躯と顔からは、歴戦の感情が染みついているように感じられる。陰と陽とそして人としての間で、なにをすべきか見つけ出そうとする強い意志。シャドウという運命に立ち向かう戦士の、悲哀のような、誉のような、いっそ美しいとも言える温度を俺は感じていた。
「ま、そういう不名誉な過去があるってわけよ、おじさんにはね」
 生き残ったカナリア。本来最初に死ぬべき命が残り、あるべき者がすべて死に絶えた。その想いを図ることはできない。
「なんで、そんなこと話してくれるんだ」
「なんつうか、おまえさん、だいぶ思いつめた顔してたからな。俺もシャドウには因縁あるしさ」
「それはそうと、テンパチなんだ? もっと強い機体も組織もあるだろう?」
「え? だって勝てるし」
「いや、有利に勝つとかさ」
 カナリアは目をくるりと回しなにか思案をしていた。
「勝つ……生きること以上に必要なことはないよ」
 はにかんだ目元に、失われた光が透けて見えた気がした。
「じゃあ、なんですの! 私は強くなるための訓練も改造もしてきて勝てないのは弱いということですの!」
「うん」
 にべもないカナリアの返事。
 アナスタシアは見事に金髪縦ロール、レースの襟のパイロットスーツをお召しになられておいででした。
「でも、あんたの考え方はわからないでもないよ」
「知った風を!」
「知ってる。ディーにどうしても勝てなくて、悔しくて、機体のせいにしたりしてたもん。結局、戦う前から俺は負けていたんだ」
 カナリアの存在として生死の境を生きる言葉は、生まれを奪われ意味を失った俺にはわかるような気がした。
「でも、トライホーンだっけか。こいつも、お前も弱くはないし、もしかしたら俺よりも強いかもな」
「かもではありませんわ。強いですわよ!」
 あれだけ見事に負けてもまだ強くあれるって、本当にすごいな。
「ま、何で、どう、勝ちたいか。なんてそれぞれだけどさ、その意味は探し続けるものなのかもね。たとえ見つからなくても」
「ロマン主義者は適当に言っていればいいのですわ。私にはあいまいな言葉は不要です。生か死か、それが尊き我が血統のさだめです」
「はいはい、わかりましたよ」
「なんでカナリアはこれを連れているの?」
「え? えー……そういえばなんでだろう。金魚のフン?」
「シャドウハンターのあなたに修行をつけていただくためです! そのようにお話したでしょう!」
 地面をばんばん蹴りながら、ロールを振り乱し牙を剥くお嬢様。まあ、あらゆる意味で強いよね。
「いや、弟子とらないって言ったんだけどさ。それに俺なんかといたらギルドにも居づらくなるし……」
「強さは本物ですわ。あのボックスリーとルーのシャドウを1024機に囲まれて生き抜いたという伝説は聞いております」
せんっ……!?
「だからそれは誇張された噂だって……正確には20機だし」
「ヤガランデと出会って撃退したと!」
 やがっ!?
「そのときはホワイトナイツシャドウと共闘したんだって。あんまりおじさん強くないって。たまたま生きてこれただけなんだから」
 さすがに馬鹿な俺でもカナリアの過去が壮絶なものであることはわかった。テンパチと共に生きてきて、そしてここにいる。彼にしか見えないものがそこにはあるんだ。
びびー
腕につけたデバイスが発信音を告げる。ディーの新しい居場所が解析できたようだ。
「行くのか」
「友達を連れ戻さなきゃいけないんだ」
「その方は強いんですの?」
「俺の知りうるかぎり最強」
「でしたら、見つけてここに戻ってきなさい。私が倒してあなたの最強になりますわ」
 俺は笑って親指を立てて見せた。
 カナリアは枝を折って、焚火にくべる。
「そうだなシャダ、うまい焼き鳥屋があるんだ。今度一緒にいこうや」
「約束するよ。また会おうぜ!」
 俺ははやる気持ちを抑えながらコックピットへと乗り込み、M.S.B.S.をリンクさせた。

・天使のその子
廃墟となった市街地に立っていた。ここもレンタリアなのか。
死角が多い。マーズクリスタルが濃いせいかレーダーがはっきりとしない。いきなり襲われたらと、さっきまでの和やかな空気を一変させた。
システムが振動を検知。敵になりうる相手か。動きを感じる限り、相手も多少の警戒をしているようだがかといってどこか浮かれてもいるように思えた。なんだこれは。
ビルの陰で息を殺す。
近づく気配。
火星を照らす薄い陽の光に影が動く。
やり過ごすか、話すか。
羽のシルエット。スペシネフだ。
出力的にはアタックシフトしているようではなかった。
距離、10、5、2、1、0……
足音が止まる。気づかれたか。
「誰かいるのか」
 くそっ
 俺は手を挙げてテムジンの姿を現した。
「俺は機体コードDシーカー。探し物をしているだけ、だ……?」
 世界を飛んでから驚くことばかりだ。相手は武装を持たないスペシネフ、そしてVRの肩に乗っているツナギの男。何をしている。そしてスペシネフのパイロットはどういうつもりなのだ。
「俺は神喰(かんじき)。メカマンだ」
「そちらの目的を聞いていいか」
「なんだ付き合いたてのカップルデート以外のなにに見える」
「いや、見えん」
「そうか……やっぱりチーフの言うことは真に受けない方がいいな。すまないスリエル、少しこいつと話すから散歩は待っていてな」
 スペシネフはこくんと首を縦に振った。
 どういうことだ? パイロットは?
「それで、本当の目的は」
「人の目を忍んでの逢引き」

以下編集中