母親業が終わったら自分の夢に向かおう!

母方の問題である糖尿病の遺伝子の情報から・・・
夫に愛されないために息子に依存し続け、嫁がいても息子を手放せないでいる母親のイメージがあることに気づいた。
母の母親つまり祖母は晩年糖尿病になった。
母以外亡くなっている他の姉妹も甥も同じ糖尿病であったらしい。
つまり、これは家系の病なのだ。
私にも昨年発覚した糖尿病について、いろいろとクリアリングをしてきた。
そして、このイメージにある深い問題にぶち当たったのだ。
まあ、これは私の独自の見解であるから他人の参考になるかどうかわからないが、今の私はなるべく自らの気づきをシェアーしたいと思っている。
私は今までの人生において、このようなクリアリングにより問題をあぶり出し困難を切り抜けてきた。
起きている状況をいろいろな角度から見てくると一つのストーリーが見えてくる。
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明治生まれでしっかりものの祖母の夫(祖父)は某有名メイカーの陶器の絵師であった。
ところが、組合のトップを任されて、ストライキを起こした責任を取らされクビになって以来、囲碁や骨董に夢中になり働かなくなった。
気が強いしっかりものの祖母は当時珍しいガラスペンで何人か雇い生計を立て女一人で7人の子どもを育て上げた。
娘たちをそれぞれ自営業で成功しているところに嫁がせ、さぞ祖母は立派な人生だったと思いきや、最期は糖尿病にかかったことで長男夫婦に邪険にされ、結果、悲しい亡くなり方をした。
祖母は夫が自分を愛さず家族を養わないことを恨んでいた。
その分心のよりどころを長男に期待したのだ。
長男はそんな母親をうるさい存在に思うものである。
まして結婚し子どもがいる、いつまでも母親のいい子ではいられない。
しかし、母親(祖母)にとって息子はいつまでも自分の息子である。
自ずと息子はそんな母親を嫌いになっていくという悪循環に陥る。
それは母親というものの永遠の悲しいテーマであり、それは心の闇でもある。
夫への不満の代わりに子ども(特にやさしい子)に向けて気を紛らわすということは、昨今の人生相談にもたびたび登場する。
これは無意識の領域だ。
私の母も長男に依存している。
 
私は大人になった娘たちがいるが、もう可愛い過ぎて依存執着してしまうところがあるので、、、あえて気をつけている。
これが息子にだったら、かなり危なかったと思う。
 ママは夫より息子との相性がいい。
良い息子はママの話をよくわかってくれる。
そこが問題になる。
 
余談:私の母はふしぎにも糖尿病ではない。
兄弟姉妹全員が亡くなっているが89歳の彼女だけまだ今でも体操教室にいくつも通っているくらい元気だ。
つまり家系の影響を受けていない。
彼女は夫に奴隷のように扱われても、そんなに気にしていなかった。
深く物事を考えることをしないので夜もよく眠れるのだ。
反対に私は相手に合わせてコロコロ変わる母親を心配に思い、かばうようにして生きてきたために深刻になりすぎるところがある。
母は常に他人の都合に合わせているので楽なのだ。
今日はYESで明日はNOになり、ころころと気持ちが変わる。
生き方には一貫性がない。
私は気が狂いそうなほど彼女に振り回されてきた。
一体どっちなの!と神経をピリピリさせて大きくなった私は自分というものを自立させていくために、この依存心の強い母と義祖母を選んだのかもしれない。
 
さて、この一般的に母親の闇について深くえぐっていくと、
母親という存在は良い面を見れば無償の愛で子どもを育てる立派な母のイメージがある。
素晴らしい母性愛だ。
しかし、この世のものごとすべてにおいて、陰と陽、光と闇がありこの両面よく見ていかないと学びは片手落ちになる。
 
母親は女神であるが、その反面、子どもの人生を奪う恐ろしい悪魔でもある。
これは自分の体験も踏まえて思う。
 
なぜなら、母親とは子どもを大事に思いすぎてやりすぎるからだ。
 
母親には子どもが大きくなってきたらどんどんと距離を取っていくことをお勧めしたい。
母親の魔力から外に出られなくなって小さくなってしまっている息子はたくさんいる。
 
母親は「ただの役目」なのだ。
その仕事が終われば、母親はあえて役を降りることだ。
降りたくないほど酔いしれることができる仕事(役目)だ。
中には母はいつまでも母親だと言う人もいるかもしれない。
しかし、もはや私の娘たちは立派な大人になり母親としての私を必要としていない。
先輩の女性の一人くらいに思っているようだ。
私は母親の役を精一杯こなして終わり、心置きなく新たな人生を一人の女として謳歌していきたいと思っている。
おばあちゃんにはならず、男に愛されたいなんて守ってもらいたいなんて小さなことを考えず、自分の夢を追いかけていきたい。
娘たちには孫の面倒は見ない、私の老後の面倒を見ることをしなくていいと宣言してある。
 
そんなことを考えていると、糖尿病に浸ってはいられないのだ。
先祖からの役に立たない癖である「男に依存したい・支配したい」という上下意識を手放し自分の夢(使命)を生きて行こうと思う。
これが私のクリアリングである。
 
さあ、美しく60代後半・70代をさわやかに生きて行こう!
 
♥ミサエ・ハートリーの夢をラジオで語りました。
よろしければお聴きください。
ホンマルラジオ
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