女子大生が「オナチュウ」を回避していた話

 2022年7月25日、人生初のコロナになった。


高熱と頭痛に悩まされ、乗り越えた今も若干息苦しいがなんとか自宅療養の10日間を過ごし、外に出ることを許された。

頭痛は約3割の人に起こる症状のようで、その3割に入ってしまった。朝も夜も頭が痛い。ズキズキとこめかみや右上の辺りに痛みが走り、眠りたいのに眠れないことで毎晩涙が出てくるのだ。
いじめシステムじゃんと思った。
ずいぶん嫌なシステムだ。

コロナ中に大きな味覚症状もなく、家族が送ってくれたレトルトカレーやレトルトパスタソースを食べて過ごした。1日1食で十分で、食事が終わるとまた布団で泣く。医学的には酸素マスクを付けるレベルでなければみな軽症と診断されるようで、こんなのたとえ"普通の風邪"であっても2度とかかりたくないな、と思った。かからない方がいいに決まってる病気だった。これからもできる限りマスクをしよう。

肉を食べよう

  10日間の自宅療養が終わった私は、肉を食うことにした。牛角の早割食べ放題だ。


「焼肉は人を元気にする」


というキャッチコピーに「うんうん、そうだな」と思ったからというのもあるが、コロナ前から時々嬉しい味覚障害が起こることがあった。 味がしない、味が薄いということは無かったのだが、シャワーのお湯や洗面所の水を口に含むとものすごい甘いことがあった。 コロナ中もときどきこの症状は再現されて、ただの水道水なのに、口に入れると優しい甘さのシロップで味がついた水を飲んでいるような味がするのだ。

悪いのは僕のほうさ、君じゃないなんて言ってくれるマチャアキがいるわけもないし、会ったこともないマチャアキがうちの水道水を甘くしたのならせめて「ちょっと甘くするからね、いつも幸せすぎたのに気づかなかったね」くらい一報入れて欲しかったのだが、紛れもなくおかしいのは私のほうだ。

 さて、この「シンカンセンスゴイカタイアイス」のような「水道水めっちゃ甘い」がどうやって焼肉に繋がるかと言うと、なんでもネットによると「お肉などに含まれる栄養素が足りないから」という説があった。
たしかにレトルトカレーは小さな肉がコロンと入ってるだけだし、レトルトのミートソースも挽肉が入ってる程度だ。
ガツンとしたデカい肉はここ10日間食べていない。

  • 肉を大量に食べれば味覚が戻るかもしれない

  • 「焼肉は人を元気にする」の提唱者

この2大理由で、療養明けに牛角を目指すことにした。
もし焼肉きんぐが「焼肉は万病に効く」とキャッチコピーを出していたら焼肉きんぐに吸い込まれてしまうところだったが、多分色々「誇大広告だ」という問題が起きて焼肉きんぐは潰れてしまっていたと思う。そのままでいてほしい。


私の作戦は
①ダイソーで除光液を買う
②牛角に食べ放題に行く

だった。
マスクを買いに薬局に行ったりする他の用事は別日に回した。スペースシャトルの燃料タンクを空中で切り離すように、非常にライトな外出に変更することができた。

ダイソーへ行った

 私の爪にネイルを塗ったSSWのFoiちゃんが言うには、「除光液で取れます。100均に売っていますよ」とのことだった。ダイソーに行けばネイルが取れる。ちょっと賢くなった。
ダイソーに着いた。齢30の男がネイルやらシュシュやらのコーナーをジロジロ見ていた。私だ。
キラキラした小瓶たちが並ぶネイルコーナーを見つけると、除光液は意外とすんなり見つかった。

白黒の文字で書かれた二面性を持った「PURE」に闇を感じる

除光液のボトルはめちゃくちゃデカかった。
「その上の段にあるオシャレめなネイルの小瓶と同じサイズでいいのよ」と思ったが、デカいボトルが3種類「どのポケモンと旅をするか選べ」状態で鎮座していた。
"PURE"と書いてあったので、1番純真な落ち方なんだろうと思い、透明なボトルの除光液を買うことにした。デカいけど。ピュアなやつに悪いやつはいないと思った。

「除光液だしな、これがあれば光を失うんだ」と思った。もう目から光は消えていた。除光液すごい。
思い返せば売り場にあった3種類とも"除光液"とは書かれていなかった。Nail Removerと書いてあった。
ネイル売り場にあったんだからこれだろうと思って買ったが、もしかしたら爪を根こそぎ剥がすものだったのかもしれない。恐ろしいものが100円で、この量で売っているんだなと思った。

 コットンも買った方がいいらしい。
なんだその、「ポテトもいかがですか」は。

デカすぎるだろ、固定資産税がかかる

「コットンを買ってよく染み込ませて使うといい」という声もあったが、80枚×2箱セットだったので、さすがにふざけていると思い買わなかった。
ポテトSが欲しいのにポテトXLになっちゃうハンバーガー屋があったら、そりゃ躊躇すると思う。
何かで代用することにする予定だ。
何も調べてないが箱ティッシュでいけるだろう。

レッツゴー牛角


さて、牛角である。

時刻は17:00頃、早割食べ放題は多くの店舗で18時までの入店であれば2,000円で90分しっかり食べ放題ができる。
自宅療養明けの牛角なんて人生初だが、1人で焼肉屋に行くことも人生初である。
鳥貴族は数回1人で行くことがあったので、そんなに緊張はしなかった。最近はどこの飲食店もおひとりさま席が充実している。鳥貴族であれば、充電ができるブース席のようなところでアマプラやYouTubeを見ながらタッチパネルで注文し、できたての焼き鳥を食べることができる。

「1人です」「1名様で!」
簡単に入れた。どうもスンナーリ池田です。
お一人様専用のスペースに案内され、迷わず早割食べ放題を注文した。

「早割食べ放題の、安いやつ。飲み放題はライトプランで、コークハイボールでお願いします」という呪文の2分後


 お客さんは既に2組いた。
2つのテーブルを使っている男女7人くらいの大学生くらいの若者グループ、ワイシャツ姿の3人組おっちゃんグループ。おっちゃん達はすごいペースでハイボールを注文していた。
今回の店舗は注文端末が無かった。進んだ牛角の店舗だと、最近はQRコードを読み込むことで自分のスマホが注文端末になるところもあるようだ。くら寿司でよくあるやつだ。全店導入してほしい。

店員さんから「はじめにとんタン塩とやみつき塩キャベツをお持ちしますので〜」という、"知ってる"案内をされた。私は"知ってる"。得意気になれた。
別に進研ゼミで知ったわけではない、この大事なことは牛角さん、あんたが教えてくれたんだ。
あんた、ありがとう。

 ここからは黙々と肉を焼き、サイドメニューを頼み、お皿を下げに来てくれるか品を持ってきてくれるかのタイミングで追加注文をするスタイルで、それはそれはジュウジュウと肉を焼いた。牛豚カルビ、タン、あと何を焼いたか覚えていない。もやしナムル、ポテトサラダ、ノリノリna奴、おさつ蜜バター、あ、あとはちみつ黒胡椒焼き、など…

コロナ明けの焼肉で分かったことがある。
噛む力が弱くなっている。
噛まなくてもスルスルいけてしまうレトルトカレーやハヤシライスばかりを、1日1食ペースで食べる。
食べた後は話すこともなく1人で寝ている。
そりゃそうだ。肉を食べて分かった。

肉が私を試した。
「元気でやってる?まあオレを噛んでみてよ、したらわかっからよ」
お肉さん、私は衰えていました。自分の身を差し出して人間に教えてくれるそのデカさ、除光液のボトルのデカさを思い出しました。
ありがとう、肉。小さくなれ、除光液。

あと、一人前ってこんなデカかったっけ?
「はじめにお持ちします〜」のとんタン塩、小さなお皿に2切れほど。とてもリッチに見えた。
後半頼んだカルビ1人前は8切れくらい来た。
モノによって違うんだなあと思った。その違いに気づくのがもう少し早ければ余裕を持った注文ができたのかもしれない。

90分の食べ放題の40分地点で、私の胃袋は満たされていた。
調子に乗って頼んだお酒の飲み放題も頼むんじゃなかった。
時間いっぱいまでの間でどうやって胃袋に放り込むか、これだけを考えていた。

私の席の周りは賑やかだった。
先程登場した後ろの方の大学生グループ、男2の女5くらいのハーレムに見えたが、どうも同じ飲食店に勤務するバイト飲みらしい。
「お冷たいので〜」と何にでもオをつけてしまう共通の人の話題で笑ったり、キャッシャーをやりたい、バッシングがどう、○○さん海外行くって言ってたよね、お客さん待ってたのにさぁ〜、など聞こえてきたが、男の子は空気で、イニシアチブは間違いなく群れた女性達だった。

そこで、タイトルの「オナチュウ」回避である。

 私は使うことはなかったが、同じ地元であることを表す「オナチュウ(同じ中学校出身)」という言葉が一般化していることを知っている。
女子大生の1人から「ドウチュウ」と聞こえた。
私は「この子はできる」と思った。
なるほど、ドウチュウと呼んでしまえばあのエロさがない、バカみたいな吊り橋を渡ることがないんだ、これはすごい。
「ドウチュウ」にしてしまえばイヤらしい響きもなく「同じ中学」の話そのものだけにフォーカスすることができる。
その話は避けては通りたくないけど、できるだけヘンな意味を持たせたくない。この咄嗟の「オナチュウ」回避である。
会話スマブラの緊急回避だ。
会話が戦いなのかどうかは置いておいて、あのファルコン使いの女の子、やるなと思った。

私はそれを聞きながら「ドウチュウ…」とつぶやき肉をジュウジュウ焼いていた。結構距離があったから多分ファルコンにはバレていない。

 店員さんもいい人だった。
コロナの影響でハッシュドポテトは取り扱っていないらしい。残念だ。
代わりに炙りベーコンを頼んだが、焼きナゲットが来た。
ナゲットの気分では無かったが、緊急回避をする女ファルコンだったら事を荒げずに上手く場をまとめて食べるだろうなと思い、私もそうした。
食べてみてもやっぱりナゲットの気分ではなかった。

 集団で行く牛角と1人で行く牛角は違うものだろうと思っていたが、それも噛む力が衰えていることを計算していなかった池田。ラストオーダーでたまごスープを頼めず水だけを頼んだ。完全にヒヨッていると、ファルコン軍団の1人がハッピーバースデーを歌い出した。軍団がおかしくなった。
いち集団が壊れていく様子を目の当たりにした。
私は誕生日ではないからだ。

どうやらバイト飲み集団の誰かが誕生日らしい。
牛角の店員さんがケーキのようなものを持ってきていた。きっと手配したのはファルコンだろうな、と思った。
ファルコンは処世術のプロだ。
若い時に無用なトラブルを切り抜けることができるツワモノだからだ。

 私といえばなんとか頼んだ分を平らげ、持ってきていた第一三共プラスを3錠飲み、お会計。
飲み放題もつけて3,000円ほどで満腹。
こんな安上がりな孤独の焼肉グルメが楽しめるなら、今後も全然アリなんじゃないかと思った。


おわり

 最近は人と何かをするというとどうも緊張感が走る。感染が爆発してるなかで、感染しないかな・させないかなという思いのなか、クイズ・答えは数日後。メシを食べてから祈るまでがセットだ。
換気の行き届いた焼肉屋で、1人で好きなだけ食べて、またファルコンのようなツワモノとも出会える。新しい生活様式だなと思った。

「焼肉は人を元気にする」。笑顔になるバイト集団やサラリーマンの笑い声を聞いて、その通りだと思った。高い焼肉屋に行ったこともあるけど、結局庶民の味に戻ってきてしまう。
来るたびに誰かの笑顔を見ることができる。
牛角はいい店だなと思った。

ありがとう、ファルコン。
家に帰ると、もう水は甘くはなかった。

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