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自己開示する相手について

文章書くのは楽しいけど、これを誰に見られる前提で書くかでどうしようもなく見せ方が変わってくるよなあ。

考えを吐露するにあたり、完全に匿名を貫くならある意味怖いものはない。モラルに反さない範囲で割と好きなことを書ける。これぞネットの醍醐味。

ただ、知ってる人間に、『実はこれ私のアカウントなんです』と公開するとなると、話が変わってくる。

やっぱり、どこまで自己開示するかは誰が見ているかに依存してくる。関係に亀裂が入る危険性とかもあるし。

みんなに自分のことや考えを知ってほしいと思う気持ちも強いんだけど、知られれば知られるほど、見せられる部分が限定されてくる。

その点芸能人とかって凄いよな。私は正気じゃいられないと思う。

文章なら、開示する情報はまだ意図的に制限できるけど、芸能人って全身から情報を常に発し続けるんだから、何かしくじっただけで格好の的だ。考えただけで恐ろしい。

芸能人には遠く及ばないものの、私もなんやかんや舞台に立つことが結構多い。
舞台上にいる時の自分は、身体からあらゆる情報を観客に発し続ける存在になる訳だ。ちゃんと慎重でないといけないなと思う。

なんで急にこんなことを書き始めたって、、
本当は自身の仕事の出来が悪いことについてめちゃくちゃ愚痴と反省の意を書きたいんだけど、
この文章がやがて職場の人間に私だと知られたらと思うと怖くてまごついている。

noteも、SNSとかと同じようにアカウントを分け、文章も書き分ければいいんだろうか。
いやでもなぁ。。ちょっとそこまでするのもなという感じだ。ただでさえSNSから離れたくてnoteかいてるのに。

1月からかなりSNSとは距離を置けていたのに、ゴールデンウィークに入ってその辺も怪しい。自己嫌悪に自己嫌悪が重なる。
せっかく今日から連休が始まるというのに、本当に最悪な気分だ。今せっかく大好きな電車に乗っているのに、数日後にやってくる仕事の負債を考えて、気持ちがもうずーんと重くなる。
何をやってるんだろうな私は。

こうやって、心臓がギュッと締め付けられるようなストレスが訪れると、本当にどうにもこうにもなかなか逃れられない。
それこそ私なんて、プロの心臓締め付けらレイヤーだ。メンタルがヤバいときなんて、数年単位で逃れられなかった。
楽しいなと思うときも、ニコニコしているときも、心臓は常に締め付けられ続けてきた。

これが今年の1月頃にぱっと開放されてから、4ヶ月間奇跡的にほとんど締め付けられることなく、豊かな日々を過ごすことができた。人生でも稀な、素直に日々が楽しいと思える期間だった。

でもまた締め付けは帰ってきた。仕事まともに進められなかったから。ただの自業自得だ。

あー、、最悪。仕事をすることでしかカバー出来なさそうだ。なんとかしないとなぁ。。

本当はもっと色々書きたいけど、将来人に見られる可能性を鑑みてこの程度にしておこう。

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