よく覚えている話

 よく覚えている人がいる。
まあ、覚えているとは言っても感覚的な話で、顔とかはあまり思い出せないけれど。

 中学生くらいの時分だった。その時に好きな歌手のライブが隣県で開催されていて、両親に車で送迎してもらって見に行ったのだ。チケットは一人分で、親は適当に時間を潰してくると言ってどこかへ行ってしまった。会場は小さめのライブハウス、私は一人でライブに行くのが初めてで、緊張していたと思う。ほどなくしてから、順にご案内します、というスタッフの声が聞こえて列に並んだ。
隣に並んでいる人の認識も出来ないほど、緊張していたのか単純に楽しみだったのかは分からないが、話かけられたということに気付くのが遅れた。
「今日の歌手の人、好きなの?」
多分こんな感じだった。私はまさか話しかけられるとは思っていなかったから、しどろもどろだったと思う。隣に居たのは大学生のお姉さん。
当時、中学生であった私にとって大人にしか見えなかった。
並んでいる間、どこから来たのとか何の曲がいいのとか他愛のない話をしていた。

 そうこうしていると順番がきて、ライブハウスの中に入った。
ワンドリンク制だったので適当なドリンクを受け取って、薄暗い客席に通される。立ち見だ。ドリンクをちびちび飲みながら、お姉さんと開演を待った。
 覚えている話では、お姉さんは割とここに来るということ。でも場当たり的に来るので誰がくるとかは知らないらしいこと。なので、楽しみな私とは対照的にお姉さんは冷静だった。
 開演して、周りが盛り上がっている中でもお姉さんは変わらずで
ドリンクを少しずつ飲んでいて静かに曲を聴いていた。
今思えば、知らない曲なのだから盛り上がりようもなかっただろう。そりゃ私でもそうだ。ただ私はその隣で盛り上がるのが妙に恥ずかしくなり、中途半端に手を挙げたり振ったりしていた。
 それでも一曲一曲セットリストは進み、終わりが近付いてくる。
お姉さんは相変わらずで、ちびちび飲んでいたドリンクを飲み干しかけていた。なお私のドリンクは三曲目くらいで空になっていた。二重の緊張で喉がかわいてしょうがなかったのだ。

 やがてアンコールも終わって、ライブハウスに灯りが戻る。
先に退場していく観客は、口々によかったねと言いあいながら興奮冷めやらぬ様子だ。私達の退場する順番になり、ゆっくりと歩いていく。
そのままお姉さんはライブハウスを出るやいなや、隣のコンビニへと歩いて行き、喫煙所でポケットから煙草とライターを取り出して慣れた手つきで火をつけた。
 私は少し遠目にそれを眺めていて、妙にその光景が今でも焼き付いている。コンビニの眩い蛍光灯、一瞬灯るライターの火。ライブ終わりの賑わい。くゆる煙草の煙、嗅ぎなれない匂い。好きだった歌手には申し訳ないが、ライブよりも帰りの車で思い出すのはこの光景ばかりだった。
両親が来るまでの待ち時間に少しお姉さんと話していると、今まで笑っていなかった顔がほころんでいて、綺麗だったのもあったかもしれない。

 そんな話。エモーショナルな体験ってやつ。
私が年上好きってことは、ここが原点なのかもしれないと思い出したりした。ありがとうあの時のお姉さん、元気であってくれ。

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