深読みで楽しむDetroit: Become Human (5) 言霊の見えざるメッセージ

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

【「相棒」 シノプシス】
 コナーはアンドロイドによると見られる殺人事件の捜査のため、自らの相棒に指定されたハンク・アンダーソン警部補を探してバーに入る。当初は渋っていたハンクだが、コナーが食い下がるとようやく現場に足を向けた。現場には28カ所をナイフで刺された3週間前の死体が残されていた。手がかりを解析したコナーは、犯人である変異体を追い詰める。 

ジミーのバーは前歴者率低め
 コナーがハンクを探しに足を踏み入れるバー、「アンドロイドお断り」の札が貼ってあり、相変わらずジム・クロウ法の臭いがプンプンします。しかし、店内の客(なぜか全員男。デモに参加していた数人の女性以外、アンドロイド嫌いはほとんど男性ですね。これについてはいずれどこかで突っ込みたいと思います)のほとんどは犯罪歴がないというのはなかなか興味深い点です。犯罪歴があっても、家庭内暴力とか、飲酒運転のような、比較的軽微なものにとどまっています(家庭内暴力を軽微といっていいのかは微妙ですが、少なくとも非計画的とは言えるでしょう)。
 現在のデトロイト市警察署は、実はトッドの家とされる場所から数百メートルの位置にあります。コナーはハンクが「近くで飲んでいる」と言われてバーをはしごしたわけですから、5件目のこのバーもそこまで警察署から離れていない場所だと思うのですよね。そんな立地だからこそ警官も出入りしていて、犯罪者も少ないのかと。でも、ほんの少し離れただけで犯罪に手を染めなければ生きていけない人たちもいる。皮肉な話です。
 実際にバーの客の中には数人の無職の男性がいますし、そのうち一人は会計士です。トッドの妻は会計士と駆け落ちしたという(トッド視点の)話ですが、もしかしたらその相手も今頃失業しているのかもしれません……。
 
名前が示す舞台上の立ち位置
 ところで、SF好きな人なら「コナー」と「アンダーソン」の組み合わせは反応するところですよね。「コナー」はターミネーターシリーズの主人公サラ・コナーとその家族、「アンダーソン」はマトリックスの主人公ネオのバーチャル空間での名前を彷彿とさせるものです。どちらもデトロイトは逆の、「機械に支配された世界で人間が生き残ろうとする」という物語ですから、このネーミングは皮肉でもあります。
 彼ら以外にも名前を見ていくことで、キャラクターの立ち位置が見えてきそうな気がするので、確認してみましょう。
 まず、かなり特徴的なのがマンフレッド家です。マンフレッドという名前はどちらかというとファーストネームに多い名前で、古ゲルマン語の「男(man)+平和(fred)」から来ています。マンフレッドといって多分一番有名なのは、バイロンの戯曲。スイスを舞台に、恋人を失った主人公マンフレッドが魔術を覚えて精霊に思い出を消してくれと頼むが叶わず、死を求めてさまよう物語です。カールとレオの母親の関係を考えると、意味深なものがあります。
 マンフレッド家はファーストネームにも特徴があります。カールは本来、英語であれば「チャールズ」になるはずで、カールというのは非常にゲルマンチックな呼び方になるのです。一方、マーカスはラテン語で軍神マルスに由来するMarkus(ローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスなど)ですが、Markus/Marcusという形を使うのは北欧やドイツなどに多く、英語では通常Markという形の方が多く使われます。レオもラテン語の「leo(獅子)」に由来しており、共通して「概ねスイスのあたり」で統一されています。フランス人はドイツ人を心底憎んでいるらしいのですが、スイスとなると「田舎者でありながらユグノー(カルヴァン派)やらなんか哲学者やらを生んでる、でもやっぱイモくさい田舎」という感じなので(スイス訛りのフランス語はかなりバカにされます)、フランスに近すぎず遠すぎず、少なくとも欧州の知性を受け継ぐ人たちであるというニュアンスが隠されているように感じます。
 一方、若干不気味さも含めて謎めいた感じのある東欧系の名前なのが、イライジャ・カムスキーとズラトコ・アンドロニコフです。日本人はロシアまでがヨーロッパだと考えていると思いますが、一般的な西ヨーロッパ人にとってヨーロッパは「カトリック・プロテスタントの範囲内」、もっといってしまうと拡大前のEU(+スイス)です。東ヨーロッパ(=一部例外はあるが基本的に正教会文化圏)はヨーロッパではなくスラブであり、ロシアまで行ったら完全に東洋です。人によっては北欧も異文化圏であって、「我々ヨーロッパ人とは違う」と思っていたりします。そもそも、奴隷(slave)とスラブ民族(slav)は共通の語源から生まれた言葉なのです。マンフレッド家の明瞭さに対して、この二人がずいぶんと謎めいているのは、「異世界であるスラブ」のイメージと共鳴しているからかもしれません。
 さて、フランス人はドイツ人を信用していない、と言いましたが、登場人物の中に一人、明確にドイツ語由来の名前を持っている人がいます。アマンダ・スターン教授です。Sternはドイツ語で「星」という意味ですから、フルネームがわかった瞬間にネガティブな感触が得られるわけです(タイミング的にも、プレイヤーがアマンダに疑念を抱き始めているころですね)。
 この章に登場する事件の被害者、カルロス・オルティーズは明らかにヒスパニックの名前です。ヒスパニックといえばやはり移民のイメージがあり、貧困層という含みも加わります。本人がそんなステレオタイプを反映するような名前を得ていた一方で、自身のアンドロイドに名前を与えていなかった(=モノ扱いしていた)というのは、なかなか皮肉でもあり、象徴的でもあります。

RA9ってなんぞ?
 ハンクとコナーはカルロスの家に到着し、捜査を始めます。当初はコナーのことを役に立たない邪魔なポンコツくらいの扱いをしているハンクが、きちんと推理すると「見直した」とばかりに態度が変わってくるのは嬉しいですよね(このオヤジ、チョロいぞ……!)。
 推理がきちんと進めば、コナーは行き場もなく、バスルームを「RA9」への祭壇に仕立てて屋根裏にこもっていた変異体を見つけ出します。この先繰り返し出てくるRA9という言葉への明確な言及は、ここが初出のはずです。
 RA9が何かについての議論はもういろんなところでされているのでそちらに譲るとして、「なぜ『RA9』という単語が選ばれたのか」についてはあまり議論が見られないように思います。それもそのはず、英語だと特に意味が取れない単語だからです。

 英語ではk9を犬(k nine = kei-nain = canine イヌ科)、フランス語だとk7をカセットテープ(ka sept = ka-set = casette)と呼ぶように、ある単語を文字や数字の音で置き換えて短く表す習慣があります。RA9をこうした略語として捉えた時、フランス語では意味のあるフレーズになるのです。
 
 Rはairは風や空気(物理的な空気も、時代の雰囲気としての空気の意味も)、もしくはère(時代)と同音です。9=neufは数字の9であると同時に、「新しい」という意味があり(パリにあるポン・ヌフという橋は、架けられた時もっとも新しかった橋なので「新橋=ポン・ヌフ」と名付けられました)、前置詞àをつけてà neufとすると「新しくする、新品同様に直す、ゼロからやり直す」という意味になります。
 RA9(エール・ア・ヌフ)と通して読むと、このフレーズはあたかも「時代を新しく(塗り替える)」というスローガンのように響きます。ゲーム内での設定がどうであれ、これが変異体となったアンドロイド達の願いなのでしょう。

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