深読みで楽しむDetroit:Become Human (24) アメリカ・アンダーグラウンド

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

「夜行列車」シノプシス
 アンドロイドを助けてくれるという「ローズ」という人物を探して、カーラ一行は郊外の小さな農園にたどり着く。アンドロイドたちをかくまい、カナダへの脱出を手助けしてくれるというローズに、カーラは今すぐにでも国境を越えたいと訴える。

おかん最強伝説
 アンドロイド達が噂する、「逃亡を助けてくれる人」の存在。そして、アンドロイドを昼は家に匿い、夜には次の支援者のところまで送り届けてくれる恰幅のいい黒人女性。これを見たら、アメリカ人なら必ずツッコミを入れることでしょう。「お前、ハリエット・タブマンじゃねーか!」と。

 すでに幾度か触れていますが、デトロイトはかつて、奴隷制を維持するアメリカ南部から逃れて来た逃亡奴隷たちが、「自由の地」カナダに逃れるための、米国側最後の中継地点の一つでした。彼らの逃亡を助けるネットワークは「地下鉄道」、中継地点は「駅」という隠語が使われ、逃亡奴隷は「乗客」、逃亡を手助けした人たちは「車掌」と呼ばれたのです。地下鉄道のメンバーはクエーカー、メソジストをはじめとする奴隷制反対派の白人、先住民、すでに逃亡に成功して自由の身となった元奴隷の黒人、生まれた時から自由だった自由黒人など、さまざまな人たちがいました。中でも最も有名な人物の一人が、ハリエット・タブマンです。
 
 タブマンは自分自身が逃亡奴隷でした。奴隷の逃避行は体力を消耗することから、多くは長旅に耐えられる若い男性だったのですが(男性が自由になったあと、お金を貯めて家族を「買い戻す」ことで、女性や子どもが自由になることはありました)、彼女は1847年、同じく奴隷だった夫を残して、女の身一つで逃亡を決意します。
 逃亡奴隷を支援していたクエーカーと出会い、フィラデルフィアで晴れて自由の身となった彼女は、1850年に北部を含む全国で逃亡奴隷の支援を禁じる法律が施行されたことを受けて、自分自身も地下鉄道の一員に加わります。彼女の役割は「車掌」、つまり、逃亡者を駅から駅へと送り届ける道案内でした。彼女は「車掌」として多くの奴隷を自由の地に導き、当局から賞金をかけられるほどになります。救出した奴隷の中には、自身の両親もいたそうです。
 
 やがて南北戦争が始まると、彼女は車掌としての活動の中で地理や地域事情に通じていたことを生かし、北軍の斥候として活躍。挙げ句の果てに、農産物集荷場の襲撃を指揮し(これは南北戦争における、最初の女性指揮官の任務となります)多数の食料略奪と700人以上の奴隷の解放を成し遂げます。姉さん幾ら何でも無双しすぎやしねえか。
 南北戦争終結後は、年金が払われずに貧困にあえぐ時期もありましたが、最後には高齢者・貧困者を受け入れる施設を作り、自らもそこで生涯を終えました。いや、まじいろいろ強過ぎんだろ。最高です。

良心の守り人(日本もお世話になりました)
 地下鉄道のメンバーを多く輩出したグループのうち、タブマンを助けたことでも知られるクエーカーというのはなかなか面白い宗派で、キリスト教プロテスタントでも平等・平和志向が強く、制度化されやすい教会を否定してフラットな組織を構成していたり、女性の権利向上に熱心だったりと、DBH序盤に出て来た「演説する過激派牧師」の福音派とはかなり毛色が違います。また、平和主義を理由に、良心的兵役拒否を行なっている宗派の一つでもあります。
 1985年に出版され、Huluでのドラマ化やトランプ大統領の保守的な政策のせいでリバイバルブームが来ている小説「侍女の物語」でも、奴隷化された女性たちを救出する「地下女性鉄道」という組織が出てくるのですが、こちらでもクエーカーが中心的な役割を果たしていたと言及されています。進歩主義を奉じる欧米のリベラルにとって、「地下鉄道」とその構成員であるクエーカーは「良心の守り人」の象徴なのかもしれません。世界に40万人しかいないのにね。
 ちなみに、「侍女の物語」で、カナダと繋がりを持っていたクエーカーと、主人公たちが生活する宗教独裁国家ギレアド(元アメリカ)の戦争が行われている場所として挙がる地名がなんとデトロイト。作品内で言及される、数少ない実在の地名の一つです。まあ戦争って言いますが、クエーカーは平和主義なので一方的にギレアド側が爆撃してるだけだと思われます。

 日本もまた、クエーカーの平和主義・平等主義から恩恵を受けています。第二次大戦中、日系アメリカ人の強制収容があった時も、クエーカーは日系人の支援と待遇改善に尽力しました。戦争終結後、当初アメリカでは海外支援は欧州向けしかなかっため、日本に支援物資を送るための組織「アジア救援公認団体(LARA)」の設立に力を貸したのもクエーカーです。LARAの前身団体を設立し、日本支援のために活動を始めたのは日系人が中心でしたが、当時は「敵国だった日本には支援などすべきではない」という世論が強かったため、クエーカーの知日派が国の認可を得られるように仲立ちしたのです。
 この団体から送られた支援物資は「ララ物資」と呼ばれ、困窮していた日本人の生活を支えました。ある意味、日本人も「地下鉄道」の精神に救済されたと言えるかもしれません。なお、LARAの設立・認可に奔走した人物は、エスター・B・ローズという女性でした。ミス・ローズでした。なんてこったい。流石にフランス人はこれは知らなかったと思うけどな。
 
 プロテスタントの一派であるクエーカーの信仰は形よりも内面、「内なる光」を重視しており、神秘体験に震える(Quakeする)人、という意味で部外者からQuakerというあだ名をつけられました。彼ら自身の自称はFriends(友会)で、東京にある普連土(フレンド)学園という私立学校はクエーカー教徒が設立したものです。前述のエスター・B・ローズ氏は長年普連土学園で教鞭を取り、のちには園長を務めています。
 かつて5000円札の肖像画に使われていた新渡戸稲造もクエーカー(フレンド)の一人です。普連土学園の設立には新渡戸稲造に加え、近代日本における代表的なキリスト教思想家であった内村鑑三も関わっていますが、彼もまた権威や権力を否定し、全ての信者の平等を掲げる日本特有の「無教会主義」を唱えており、その背景にはクエーカーの影響があったのではないかと言われています。キリストを人生の同伴者として捉えた遠藤周作もそうだと思うのですが、必ずしも教会・聖職者を必要とせず、直接神と語り合うクエーカーの宗教観は、日本人の感覚に近いところがあるのかもしれません。しかも、クエーカーの中には不可知論者、無神論者もいるようです。自由すぎねえか。

 ちなみにギャラリーを見るとわかりますが、ローズの初期案は白人女性だったようですね。前段で述べた「誠実な救援者」としてのクエーカーのイメージを踏まえると、ローズが白人だったらクエーカーという設定が付いてきたかもしれません。

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 あと、アリスを寝かしつけて部屋を出た時にみられますが、ローズの家(の2階廊下)には本があります。「今時、紙の本を持ってるのは俺くらいだと思ってた」とか言ってたハンク、もしかして、自意識過剰の中二病……?

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リターン・オブ・ザ・黒歴史
 2016年のドル紙幣の刷新案では、これまで白人男性しか描かれていなかった肖像画に黒人や女性を取り入れようという動きがあり、5ドル札(裏)に「キング牧師」ことマルティン・ルーサー・キング・ジュニア、10ドル札(裏)に女性参政権を推進した五人の女性が選ばれました。一方、ハリエット・タブマンは20ドル札(表)の肖像画に採用され、2020年にはタブマン札がデビューする……予定だったのですが、トランプ政権がストップをかけ、うやむやにされている状態です。ほんとろくなことしねえなあの親父は。
 DBHの作品内での大統領は女性の「ウォーレン」氏とされていますが、彼女は企業、特にサイバーライフとの癒着も噂される、強権的な人物で、人物としては少しトランプっぽいというか、むしろフランスにおける典型的な「アメリカ人の俗物政治家」というイメージが反映された造形になっています。ちなみに、フランス人がイメージする架空の俗物アメリカ人というと、風刺人形劇「クソ茶番ニュース(Les Guignols de l'info)」で長年アメリカ代表を務めてきた「シルヴェストル氏」というのがいます。モデルは「ランボーやってる感じのシルベスター・スタローン」です。
 
 偶然にも、先日まで民主党の大統領候補レースに参加していた「女性の(エリザベス・)ウォーレン氏」が実在しますが、「白人女性の大統領」という意味でのモデルは彼女ではなく、ゲーム政策時には次期大統領になると思われていたヒラリー・クリントン氏だと思われます。
 
 ちなみに、現在の20ドル札の表面肖像画は、トランプを遡ること150年前に存在していた元祖クソアホ大統領こと、アンドリュー・ジャクソンです。まともな教育を受けておらず、知性を欠き、英語も正しく書けない(OKの語源は、ジャクソンが全て良し=All Correctと書くべきところを、Oll Korrektだと思い込み、略してOKと書いたからだと言われています)彼ですが、当時は白人男性普通選挙を実現するなど民主主義を拡大した功績を評価されていました。彼の一般大衆男性の政治的地位向上と反エリート主義、反連邦主義のスタンスは、「ジャクソン流民主主義」と呼ばれます。
 同時に、ジャクソンは黒人奴隷を多く酷使した綿花農場のオーナーであり、当初は先住アメリカ人の大虐殺で名をあげ、大統領となったのちも先住民族の強制移住をともなう西部への白人領土拡大を積極的に進めるなど、現在の基準では「ありえないほど酷い人種差別主義者」でもありました。タブマンの肖像画が、対照的な「人種差別主義白人男性」の典型と言えるジャクソンのと入れ替えになる、というのは、時代の変化を感じます(……が、ジャクソンの再来みたいな男が邪魔してるんだよなあ)。

 ちなみに、アメリカでは大統領が変わると政府要職が大統領の肝いりの人物にすげ変わる「猟官制」を取り入れていて、トランプ政権の高官がアレなのばっかり次から次へと入れ替わるのも概ねこれが理由なんですが、この制度を導入したのもジャクソンです。そして面白いことに、このクソアホ大統領、実はトランプと対立している民主党出身だったりします。米民主党のシンボルであるロバのマークは、ジャクソンが政敵から付けられた蔑称「間抜け(ロバ)野郎」から来ているのです。この辺り、「なんでもあり政党(Catch-all Party)」と呼ばれるアメリカの2大政党制の特殊性とも絡むところなのですが、DBHとはあまり関係ない気がするので今回はこのへんで。

市場の自由VS自由主義
 この章で面白いのが、カーラの口調です。日本語や英語だとわかりづらいのですが、すでに述べた通り、フランス語では二人称単数の主語が丁寧語にあたる「vous」とタメ口にあたる「tu」の二種類あり、ここまで基本的に人間ーアンドロイドの組み合わせでは人間→アンドロイドがタメ口、アンドロイド→人間が丁寧語でした。この法則はローズとカーラの間では維持されていますが、カーラは人間であるアダムに対してタメ口を使っているのです。そこもアダムが子どもならわかるのですが(カーラもルーサーも、アリスに対してはタメ口を使っています)、実はアダムは25歳でいい大人なんですよね。このあたり、カーラがアンドロイド的な考え方をしなくなっていることの表れの一つと言えるでしょう。

 また、ローズの農園はアメリカにしてはそれほど大きくないようで、説明文からすると自給自足に毛が生えたくらいのものなのかもしれません。それでも、ブルーブラッドを大量備蓄できるくらいは蓄えがあるようです。アメリカの農業は非常に規模が大きいのが特徴で、特に大農園では遺伝子組換え作物や農薬をバンバン使っているというイメージがありますが、その一方で、北東部を中心に、より規模が小さい農家が有機農業などの、持続性が高く付加価値のある農法に取り組む流れも生まれているそうです。
 面白いのは、大規模農業の盛んな地域は共和党支持、有機農業などを手掛ける小規模農家は民主党支持の傾向があることです。商業主義と環境・健康主義(いわゆる「意識高い」系農業)を比較するとさもありなん、という気もしますが、すでに出てきた「デトロイト都市農場」はおそらくかなり商業的な農業アプローチ、奴隷農場のアナロジーなのかな、と考えると、人間の手で丁寧に作物を育てるローズの農場との対比にもなっているのかもしれません。うん、でもぶっちゃけローズさんもアンドロイド雇っていいんじゃないかな。ローズさんなら殴ったりしなさそうだし。アダムが拗ねちゃうかな。。。

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