深読みで楽しむDetroit: Become Human (3) 負け犬と麻薬の社会史

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

【「新しい我が家」 シノプシス】
 カーラは主人のトッドに連れられて、繁華街を抜け、ハリソン通りにある家に戻る。彼女が修理に出されていた2週間の間に、家はすっかり荒れ果てていた。山積みの家事をするカーラをよそに、トッドは麻薬を吸い始める。トッドの娘アリスは当初無口だったが、カーラにこっそり秘密を託す。

負け組たちのダウンタウン
 オープニングでトッドの車が聖マリア教会の前を通り過ぎていることから、カーラは(マーカスが暴徒に殴られたすぐそばの)グリークタウンのサイバーライフ店舗で修理され、そこから5キロほどのハリソン通りまで車で移動したと推測できます。トッドの家はハリソン通り4203番地ですが、現在のハリソン通りには4000番地くらいまでしかないようです。グーグルマップで見ると、ゲーム内と同じように小さな一軒家が立ち並ぶ住宅街です。不動産サイトで調べたところ、このあたりで3ベッドルームの小さな家だと家賃は月800ドル(約85,600円)くらい、購入すると3万ドル(約320万円)くらいでしょうか。
 
 トッドの家の隣は売りに出されていますし、数軒先は家事で丸焼けになったままで放置されているところからも、このあたりに住む人たちはあまり景気がよいとは言えないのがわかります。トッドも長年、失業しているようです。トッドの経済状況を示す文書が、ドアの脇に無造作に放置されています。しまえよ客に見えるぞ。

 左から「水道料金の督促状」「クレジットカードの申し込み不受理通知」「ガス料金の督促状」「銀行口座の引き出しによる赤字通知」となっております。赤字額は1046ドル(11万円ちょっと)。
 ガス料金の督促状から、今回で滞納が3カ月目であることが推測できます。逆に言えば、4カ月ほど前には何らかの形で支払える収入があったということ。その一方で、クレジットカードの審査不合格の理由は「直近2年間で複数回の債務不履行が確認されたため」。トッドの収入がゼロではないが、相当不安定であることが見て取れます。
 二階のトッドの部屋にも銀行明細(欧米には銀行通帳がなく、通常は毎月1回、取引明細が送られてきます)やYK500のパンフレットのほか、雑誌(トッドはスポーツが好きなようですね)、ギター、処方薬の瓶があります。中身はゾルピデム酒石酸塩、日本では「マイスリー」の名でアステラス製薬から販売されています。睡眠導入剤の一種で(だからベッドサイドにあったんですね)、効果は短時間ですが、他害行為を誘発する傾向が強いようです。トッドはうつ病傾向にあるように見えますが、あくまで不眠症(寝つきの悪さ)の改善のための薬なので、本格的な精神科での治療は受けていないと考えられます。しかし、その不眠症、もしかしてレッドアイスのせいでは……。

追記:マイスリーは(少なくとも日本では)入眠時の浮遊感を求めて麻薬的に使われていることもあるそうです。ということは、トッドはそれが目的で飲んでいる可能性もありますね。情報ありがとうございます!

 ところでこのアメリカは、オバマケアがちゃんと維持されてるアメリカなんでしょうかね。トッドの収入からすると低所得者向けのメディケイドに加入することになると思うのですが、トッドの性格と経済状況からして、オバマケアが維持されていなければ加入しないのではないかと思います。なお、メディケイドでは薬の処方頻度(カリフォルニア州は月6回)などの制限が設けられているケースもあるようです。比較的弱い睡眠導入剤で、ベッドサイドにあるというあたりから、不正調剤の横流しの可能性はなさそうな気がしますが(麻薬が欲しいならレッドアイスがあるしね。だめだけど!)。
 
レッドアイスはどんな薬か
 このゲームの中で、単なる小道具のはずなのにやたらと存在感を主張しているのが麻薬「レッドアイス」です。トッドの英語版プロフィールを見ると、「(トッドは)強力なメタンフェタミンであるレッドアイスの売人などをして(糊口をしのいでいる)」と書かれています(日本語版は「レッドアイスや強力なメタンフェタミンを〜」となっています。単純な誤訳です)。
 しかしメタンフェタミン(覚せい剤の一種、商品名ヒロポン)の化学記号はC10H15N、レッドアイスを分析して得られる化学記号はC17H21NO4でコカインと同じです。機能の仕方はどちらも似ていて、クッソ雑に説明すると、脳内のドーパミンを増やすことで爽快感、多幸感をもたらします。
 章の終盤に、トッドがアリスに「俺をバカにしてるんだろう」と難癖をつけて襲いかかるシーンがありますが、こうした被害妄想と他者の表情誤認はコカイン、メタンフェタミンどちらでも起こりうる副作用だそうです。

 レッドアイスの実態は、どのようなものなのでしょうか。参考になる麻薬が二種類あります。一つは、コカインをベースに、有効成分をより迅速・簡便に吸入できるように加工された「クラック」、もう一つは市販薬に含まれるエフェドリンを加工して作られる「メトカチノン」です。
 レッドアイスの構成物質として挙げられているのが、アセトン、リチウム、シリウム,トルエン、塩酸です。シリウムのみ組成が不明ですが、アセトン、トルエン、塩酸は溶媒、リチウムは電池などにも使われる金属です。メトカチノンはエフェドリンをアセトンと硫酸(塩酸ではない)で処理することにより作られます。しかしながら、メトカチノンはあまり強力な麻薬ではなく、効果が切れたあとの落ち込みも大きいようで、あくまで「入手のしやすさと安さ」にメリットがあるようです。また、素人が作成する際に使われるマンガンが回復不可能な神経障害を起こすという研究もあります・
 一方のクラック。もともとコカインの粉末は気化温度が高いコカイン塩酸塩の形で流通していることが多く、従来はスニッフィング(鼻からの吸入)や水溶液の注射で摂取されていました。これをクラックに加工することでタバコのように喫煙摂取できるようになったのです(炙って煙を吸入、というスタイルはレッドアイスとよく似ています)。その分効果はすぐに現れ、強力ですが、効果時間が短いので反復使用が増え、よりたやすく依存症に陥ってしまうという構図が生まれますが、これもトッドのレッドアイス吸入の仕方(数分もおかずに煙を吸い続けている)によく似ています。
 
 コカインからクラックへの処理には、重曹以外のアルカリ性の物質でも行うことができるので、もしシリウムがアルカリ性であれば、レッドアイスは「コカインをシリウムで処理して吸収性を高めたクラックの亜種」と考えることができるような気がします。その上で、メトカチノンで起きるような神経障害、あるいはドーパミン受容体を拮抗させて(=ドーパミンを効きにくくして)より麻薬への依存性を高めるような悪影響をもたらしてしまうのかもしれません。
 
 
クラックブームとレッドアイスの蔓延
 クラックは1980年代後半、純度の高さとそれに伴う効果の強さ、吸入のしやすさ、値段の手頃さでアメリカ全土を席巻しました(クラックブーム)。貧困層に蔓延するレッドアイスという現象は、このクラックブームを念頭に置いているような気がします。
 クラックの作成は極めて簡単だったため、多くの貧困層が自らクラックを作成し、売人となっていきました。その様子は、トッド自身がレッドアイス中毒の貧困層でありながら、レッドアイスの売人でもある姿と重なります。また、アメリカでの消費量が増えたことで中米でのコカイン生産が急激に拡大し、コロンビア(生産地)やメキシコ(中継地)の治安悪化をもたらしました。クラックブームはアメリカの犯罪増加の原因となり、逆に90年ごろにクラックブームが収束すると犯罪は減少していきます(麻薬の売人同士が殺しあったせいでクラックブームが終わった、という説もありますが)。
 最悪の麻薬カルテルとして知られた「メデジン・カルテル」は90年代前半に壊滅し、その拠点だったコロンビアのメデジン市の治安も回復して、今では「世界有数の革新的都市」として知られるようになりました。レッドアイスもDBHから十年後には、おそらく過去のものとなっているでしょう。それでも、アメリカにおける貧困層の苦悩を物語る(もしかしたら、欧州目線であざ笑う)象徴なのかもしれません。
 
 余談ですが、パリ市内には「麻薬中毒者向け注射針の無料頒布機」が存在します。麻薬を推奨するわけではないけれど、回し打ちで感染症(肝炎やHIV/AIDSなど)の蔓延につながるくらいなら、ということのようです。麻薬についての緊張感は、アメリカとヨーロッパではだいぶん温度が違うようですね。

 

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