深読みで楽しむDetroit: Become Human (6) 善悪を知る木の実

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

【「夜のあらし」シノプシス】
 カーラは有り合わせで夕食を作ってトッドに提供するが、無口のまま食卓についたアリスを見てトッドが不意にかんしゃくをおこす。怯えて部屋に逃げ帰ったアリスをお仕置きしてやると怒り狂うトッドはカーラに「動くな」と命じるが……。

貧困食の象徴としてのパスタ
 ソファーで眠りこけていたトッドを起こし、カーラが提供した夕食は「ミートソース・スパゲッティー」でした。
 パスタに代表される炭水化物は貧困層の食事の象徴です。単純に考えて、肉や卵といった酪農品は穀物を消費して動物を育てることで得られますから、その分穀物の加工品に比べてコストが高くなり、売価も高騰するわけです(牛肉1キロは穀物11キロ、鶏肉1キロでも穀物2.2キロが必要と計算されています)。炭水化物に依存した食事というのは、エネルギー量はあっても栄養素が足りない食事ということです。日本食も、太平洋戦争で敗北するまでは極端にコメのカロリーに依存した不健康なものだったことが知られています。
 食事をサーブして水を注ぐカーラに、トッドが悪態をつきます。「俺はアンドロイドのせいで職を失ったのに、俺の世話をしてくれているのは素晴らしいアンドロイド様だとよ」というわけです。実はフランス語版のセリフはちょっと違って(日本語版と英語はほぼ同じです)、「俺はアンドロイドのせいで職を失ったのに、誰かに家のことをやってもらわなきゃならんとなったらアンドロイドを買ってきたわけだ」と、英語・日本語よりも自嘲気味な言い回しになっています。民族性なんでしょうか。
 トッドの苛立ちはおさまることを知らず、今度は食べようとしないアリスに対してかんしゃくを起こし始めます。この時、トッドが腕を引っ掻く仕草をしていることに注目です。これは麻薬中毒症状の一つ、蟻走感(体の表面や皮膚の下をアリのような小さな虫が這っているような感覚)かもしれません。起きた時に最初にしたのがレッドアイス吸入用の加熱器具を拾うことでしたから、トッドは相当レッドアイスに依存していることがわかります。

アンドロイドが善悪を知る瞬間
 トッドの怒りに怯えて自分の部屋に逃げていったアリスを見て、トッドはお仕置きしてやると息巻き、カーラには動くなと命令します。「動いたら前よりひどくぶっ壊してやる」。カーラを引き渡した店員への煮え切らない答え、アリスが隠していた絵との合わせ技で、カーラをかなりひどい状態にまで破壊したのはトッドだったことが分かりますーーとはいえ、みんな最初のシーンで気づいてますよね、これ。
 ここで初めて「アンドロイドが変異する」QTEのイベントがありますが、ちょっと面白いと思うのが、多くのアンドロイドが「死の恐怖」などの強い感情から変異しているのに対して、カーラは「アリスを守りたい」という随分危機感のない理由で変異したなあという点。このゲームの悪い点として全体にステレオタイプがきついというのはあるのですが、母性愛のように典型的な「女性らしさ」をアイデンティティの核に据えるのは、非常にやっていて息苦しいですね(なので、私はカーラ編は全くカーラとアリスに感情移入できませんでした)。
 アメリカはその辺、「正しい社会のあり方」みたいなものをメディアを通してエリートが発信する傾向があって、よくも悪くもそれが実態以上に理想主義的なアメリカ像を海外に発信しているのですけども、それに比べるとフランスはまだかなり女性差別が激しい国だったなあと思い出します。イギリスでもフランスでも、近年は国会での女性議員へのセクハラ告発があったりしました。

 閑話休題。カーラが「動くな」という命令を破るということは、以前触れた「善悪を知る」ということに結びつきます。禁断の木の実を食べたアダムとイブは知恵を得る代わりに永遠の命と楽園に住む権利を失い、自分を誘惑した蛇(サタン)と戦い続ける運命を課されることになります。これは、変異したアンドロイドは個体の破壊を人間の死と同様の喪失として捉えるようになること、奴隷的な立場とはいえ(廃棄までは)居場所や役割を与えられること、そして自分たちを覚醒に追い込んだ(主にアンドロイドに理解のない)人間と対立し続けること、という運命と、不思議なほど良く似ています。
 旧約聖書において、神は怒るもの、罰するものです。これはユダヤという民族が信仰に基づく集団であり、異教徒を理論的に排除することで成立していたことと無縁ではないでしょうし、多くの日本人が持つ「一神教は偏狭」という偏見もこの特徴に由来するものだと思われます。旧約聖書の神は身内にも本当に厳しくて、例えばユダヤの民をエジプトから救い出したモーゼも、たった一回悪態をついただけで約束の土地に足を踏み入れることを許されませんでした。創世記における神と人との関係が人間とアンドロイドの関係に引き写されているとしたら、人間がアンドロイドにあまりにも厳しい態度を取るのは仕方ないことなのかも知れません。現実においては、とあるパーティー大好きな酒飲みの男が「神様はもっと優しいよ、何でも許してくれるよ」と言い出して、新たな分派(キリスト教)を作るわけですが。
 
 あ、ちなみにモーゼの後継者として約束の土地にユダヤの民を導き、城塞都市エリコを陥落させた預言者はヨシュアと言います。英語風に言い直してみましょうか。ジェリコを陥落させた男の名はジョシュア(略してジョッシュ)です。
 
アリスは変異体だったのか
 一周目を(カーラをある程度生存させて)クリアした人の多くは、この質問を抱くだろうと思います。カーラが銃を見つけ、二階に上がった際に取り出していて、トッドを撃つことに失敗すると、アリスがトッドを射殺する展開があることを考えると、少なくともこの時点でアリスは変異体であったように思えます。彼女のLEDが外されている(単なるオフではなく取り外されていることが、素体を見るとわかります)ことと関連しているのかもしれません。
 それでもアリスが逃げなかったのはなぜでしょうか。カルロスのアンドロイドのように、単にどうしたらいいかわからなかったのでしょうか。それとも、カールの介護アンドロイドのように、トッドのそばに残りたいという感情があったからなのでしょうか。サプライズを演出するためなのかもしれませんが、アリスに関しては明瞭でない部分が多いように思います。ついでに言うと、カーラがなぜ「アリスはアンドロイドである」という情報を無視したのかも、なかなかの謎です。まあ、サプライズ展開のためだから仕方ないか。

 ところで、この章の原題は「Stormy night(嵐の夜)」です。なんでひっくり返したんですかね。

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