深読みで楽しむDetroit: Become Human(30) デトロイトが死んで、僕が生まれた

はじめに
 本記事はDetroit: Become Humanを最低でも1度はクリアした人向けの、本編ネタバレ満載の内容となっています。さらには本編の内容を直接解説した部分が3割くらい、残りの7割が深読みと邪推とこじつけで構成されています。以上の点をご了承の上、お読みください。

本記事は、「Crossroads/交わる運命」についての
2本目の記事となります。
あわせて1本目もご覧ください。

翻訳は正確に
 ところで本章をクリアすると、トロフィー「Scorched Earth」が解放されます。これ、日本語だと「灰と化した地球」となってますが、こんな訳したやつには単位やらねーぞコラ!
 Scorched Earthは、いわゆる「焦土作戦」のことです。軍が撤退する時に、利用価値のあるもの(食料、設備など)をぶっ壊して追撃してくる敵軍が使えないようにする、あるいはもっと単純に敵の追撃を遅らせるために、陣地周辺の何もかもを焼き払って焦土とする作戦を指します。
 今回、マーカス達は仲間のアンドロイドを避難させるために、文字通り「隠れ家であるジェリコを破壊して追撃の手を止めさせる」という焦土作戦を取ったので、このトロフィーになるわけですよ。チタマは全然灰と化してねーし!翻訳チェックで誰も変だと思わなかったんですかねこれ。訳語としての焦土作戦を知らなくたって、普通に話と合わなくて違和感あるもの。

 ちなみに、軍事戦術としての焦土作戦になぞらえ、会社が敵対的買収を受けた時に自社の資産や知的財産などを他社に譲渡するなどして買収を無意味にする作戦もまた、「焦土作戦(Scorched-Earth defence)」と呼びます。この場合、譲渡の形で社外に出してしまう重要な資産を「クラウン・ジュエル」、つまり王冠を飾る大事な宝石に例えます。宝石の付いてない王冠は、無価値では無いものの、所詮は金の塊ですからね。
 DBHと同じく「シンギュラリティー」をテーマにした仮面ライダーゼロワンで、飛電インテリジェンスがZAIAによる敵対的買収に対して取った作戦が、まさにヒューマギアに関する特許という「クラウン・ジュエル」を飛電或人とともに社外に放出してしまう「焦土作戦」でした。変なところでつながるな、この2作品。

貧者の核兵器
 翻訳についてもう一つ。ここで出てくる「爆弾」ですが、英語ではDirty Bombで、これは「放射性廃棄物をぶちかます爆弾」のことを言います。
 核兵器は核分裂によるエネルギーを利用した爆弾で、直接的なダメージは高熱と爆風によって起こされます。放射性障害は、当初は想定されていない副産物でした。一方、Dirty Bombは「放射性物質を撒き散らす爆弾」であって、放射性障害そのものを武器にします。その特徴は「一帯を放射能で汚染し、居住不可能にする」というもの。こうした兵器は「放射能兵器」と呼ばれ、通常、核兵器・核爆弾には分類しません。

 ノースの発言によると、今回の「爆弾」とは放射性コバルトを積んだトラックに爆薬を設置したもの。放射性コバルト(のちにジャーナリストが言及しますが、医療用コバルトとのことなので、ほぼ間違いなくコバルト60と決め打っていいでしょう)は工業用に普通に使われている物質で、主要生産国の一つがカナダなのです。となると、このトラックはデトロイトの医療機器メーカーがカナダから輸入したもので、それを(輸送を担当していた?)アンドロイド達が奪って逃走した、ということになります。……あー、それは暴力的じゃなくてもアンドロイドが国家安全保障の脅威になりますわ。
 ちなみに、「核分裂により巨大なエネルギーを発生させるとともに、それによって生成された放射性コバルトを広範囲にぶちまける」というコンセプトの、核兵器としてのコバルト爆弾というものも、かつては存在しました。ただ今回はDirty Bombという言葉が使われているので、核兵器的な爆発ではなく、純粋に放射能兵器としての側面が期待されていると考えられます。
 ていうか、核兵器(核分裂を伴うエネルギー兵器)だったら、核分裂時に発生する電磁波で、アンドロイドのほうが深刻なダメージを受ける可能性があるんじゃなかろうか。高高度爆発でなければ大丈夫なのかな。物理に詳しい人、そこんとこ是非教えてください。

 ちなみにコバルト60の半減期(全体の半分が放射線を発し終わって別の物質になるまでの期間)は5.3年です。広島に投下された「リトルボーイ」の主成分であるウラン235の半減期が7億400万年、長崎に投下された「ファットマン」の主成分プルトニウム239の半減期が2万4110年であることを考えると、コバルト60による汚染は案外短期間で克服できるような気もします。
 ていうか広島・長崎の復興が異常に早かったとも言えるんですが。広島は当初、復興なんて無理と言われていましたし、リトルボーイと同じウラン235を燃料としていたチェルノブイリの原発事故では、周辺はいまだに「死の土地」扱いですからね。フランス人からすると、自分たちが口にする食料にも不安にならざるを得なかったチェルノブイリの方が放射能汚染の実例としてよっぽど身近なので、そのイメージが強いのでしょう。
 また、ラストで追い詰められたマーカスは、選択肢次第でこのDirty Bombを爆発させることができます。その際、ニュースでは「デトロイトは今後数十年(日本語では「10年」とされていますが、原語は「decades=数十年」)、人の住めない土地となる」と報道されます。この重さも、事故発生から35年(1986年発生)経った今も人が住むことができず、野生動物だけが跋扈するチェルノブイリのイメージがあってこそなのだと思います。

 今回のコバルト60ブン撒き爆弾のような放射性爆弾は、核兵器や生物兵器・化学兵器(合わせてBC兵器とも)と並んで、大量破壊兵器というくくりに分類されます。核兵器はものすごく作成に費用と技術がかかりますが、生物兵器や化学兵器は比較的安価に大量の被害を起こすものを作成できるため、「貧者の核兵器」とも呼ばれます。日本では1995年にオウム真理教が化学兵器(サリン、VXガス)を使ったテロ事件を起こしましたが、これは化学兵器による無差別テロとしては世界でも稀な事件でした。マーカスの手に委ねられた放射能兵器も、ある意味同様の、「貧者の核兵器」と言えるのかもしれません。
 
二度目の「誕生」
 さて、ここで衝撃の展開を見せるカーラ編。ルーサーは、カーラに対して「自分が誰かを忘れ、誰かに求められる存在になることが、生きる意味じゃないのか」と語ります。あれ、このゲームってアンドロイドが自我、つまり自分自身を見つける話なのでは。。。誰かに求められる存在って、それロボットですよね。コナーとハンクの会話でも似たようなものがありました。
 18世紀の哲学者、ジャン=ジャック・ルソーは、「エミール、あるいは教育について」の中で、子どもをどのように育てるべきかを論じました。彼曰く、「言うなれば、我々の誕生には二つの段階がある。一度目はヒトという種として、二度目は社会人として生まれるのである」。実は、直訳すると、「二度目は「性」として生まれる」となるのですが、その要旨は「健常者男性は子どもらしさから脱却して大人の男になる、女性や障害者などは子どもらしさを持ったまま大人になる」「女性は男性に奉仕し、男性から愛される存在となるように育てなければならない」といった、現代ポリコレ目線でいうと大変差別的な内容なので、現代風にいうと「社会性を獲得した大人(社会人)として生まれる」といったあたりに落ち着くのではないかと思います。まあルソーってえらそうなこと言っておきながら、人妻に横恋慕しまくるわ結婚の約束した女性とは一生結婚しないわ、その結婚しなかった嫁との間に生まれた子どもは五人ことごとく孤児院に捨てるわと、(例に漏れず)かなりやべー行動をしているタイプの偉人なのでね。。。
 
 アンドロイドが製造されるということは、ルソー的にいうと、アンドロイドという「種」として生まれるということになります。生まれたばかりのヒトにとって、生への衝動はあくまで自分を中心としたもの、自己愛の感情として完結しています。アンドロイドにおいては、命令を忠実・正確に遂行する姿勢が、これに相当するでしょう。
 しかし、思春期を通して人間は他者を知り、他者を愛し、他者に愛されるために自分を変えていくことになる、それが「二度目の誕生」だとルソーは主張します。ルーサーがカーラに対して言いたかったことは、まさに、「変異」とはアンドロイドにおける二度目の誕生である、ということだったのではないでしょうか。

 まあでもあれだよな、あんな絵を描いて、それをカーラに渡してる時点で、アリスはとっくに変異してそうだよな。でもトッドのために家に止まってたとすれば、彼女もまた「二度目の誕生」を経験して、トッドの子どもであろうと努力し続けていたのかもしれません。

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